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狭い空間で前傾姿勢をとりつつ、C.C.は彼女の共犯者の言葉を思い出していた。

曰く、目立ちすぎるな。
勝が過ぎると敵を本気にさせるだけだ。
今回はカレンが戦場にいた場合、その命を救うだけが目的だということを忘れるな。
そのためにも、戦闘を早期終結に導く。
お前の反撃は日本解放戦線の死兵が最後に見せた足掻きに過ぎず、正面から相手をする必要がないと思い込ませろ。
間違っても紅蓮を敵に見せるな。指示どおりに物陰から敵をしとめろ。
…敵にとって白兜が必要になるような状況を招くのだけは避けろ。

ひとしきり思いだした後、彼女はその注文の多さに辟易した。
しかし気を悪くしていない自分に気がついて、小さく舌打ちする。
ルルーシュが注文をつけるということはそれだけの信頼を得ているからだと知っていて、その信頼を喜んでいる自分に腹が立っていた。

「この貸しは高価いぞ、ルルーシュ」

ごまかすように呟いた声にまで喜色が滲んでいたことには気づかないふりをした。





夢中天 9





結論から言うと、ルルーシュの作戦は気味が悪いほどに中った。
日本解放戦線の当初の狙い通りクロヴィスが本国帰還の準備に追われていたため彼の直属部隊も戦闘には参加せず、常日頃から何かと下に見られていたエリア守護部隊の士気は最後まで然して上がることもなかった。
そこに中華がことを起こそうとしているという風聞が届く。
それはルルーシュの流した噂であり、同時に彼の情報操作に踊らされた大宦官の動向を若干大げさに伝えただけの真実でもあった。
C.C.には理解できなかったが、現時点で大宦官が無謀な戦略に血道をあげ、無駄な増税を行い且つ作戦に失敗することは今後の布石として重要な意味を持つとはルルーシュの言である。
ともあれ壊滅寸前のテロリストの思わぬ反撃にあっていたブリタニア軍は、大義名分とともに戦闘を終結へと向かわせた。
古来死兵は勝利を求めていないため、より多くの道連れを欲すると相場は決まっている。放っておいても滅びるしかない敵に態々正面から相対し、負傷することをクルヴィス指揮下のブリタニア軍人は望まなかった。








『これで満足か、ルルーシュ』

聞き様によっては無情にも取れる涼やかな声が通信機から響いて、ルルーシュは僅かに肩の力を抜く。
紅蓮を駆使し戦場を駆けるC.C.と異なり生身のままのルルーシュは、辛うじて戦況の確認ができる程度の場所からC.C.の通信機越しの状況報告と敵の通信状態から指示を出し続けていたが、それ故に今ひとつ戦況に対して実感が湧いていなかった。
しかし凡その事態が決した今、C.C.の普段と変わらない声は彼女の無事と作戦の状況を何より雄弁に物語っており、無理をさせた自覚のあるルルーシュにとっては何より有難い通信と言える。

「カレンは結局現れなかったな」

『だから言っただろう。あの女はそれほど馬鹿じゃない』

溜息混じりに指摘されて、ルルーシュは小さく胸の中で同意した。
一生を終えたはずの自分が過ぎ去った時間の中で生きているという不可解な現象を受けて、神経質になりすぎていたと今なら思える。
しかしそれを素直にC.C.に言ってやる気にもなれず、努めて事務的に指示を出した。

「恐らくブリタニアは仕上げに中距離爆撃を仕掛けてくるが、そこまで付き合ってやる必要はない。
隙を見てルート3を使って退け。くれぐれも」

『紅蓮を見られるな、だろう。それはもう聞き飽きた。それよりお前こそドジを踏むなよ』

軽い言い合いをする間に、ルルーシュの言葉を証明するかのように低い地響きが両者の耳に届いた。
以前から分かっていたことだが、ブリタニアは先住民族である日本人に対する遠慮が一切ない。
この爆撃も、どうせ整備もされていない土地であればいっそ更地にして利用するかといった程度の考えで実施されているのであろうことが感じられ、ルルーシュは僅かに眉根を寄せる。
施政者としてのブリタニアに以前のような憎悪ではなく、単純な、そしてそれだけに強烈な嫌悪感を抱きながら本陣の方向を睨むルルーシュの足元に微弱ながらも爆撃から生ずる振動が響き、もと皇帝であった少年は思考を中断させた。
主戦場は遠いが精度を求めず実施される爆撃の衝撃が現在地にまで及ぶ可能性があるため、予定より若干早い撤退が必要になるかも知れない。そこまで考えたルルーシュは、周囲の異変を探すように目を配りながらC.C.へ繋ぎっぱなしになっている通信機に唇を寄せた。









『予想より進展が早い。お前もできるだけ早く』

普段はそうでもない様に装っているが実は大変な心配症である共犯者から撤退について再度の連絡を受け取り、少しばかりからかってやろうと思っていたC.C.は、不自然な声の中断に首を傾げる。
日頃から断定的な言葉づかいを好む彼が言葉を途切れさせるのは珍しいことだった。

「どうしたルルーシュ。まさか呆けているわけじゃないだろうな」

一切の揶揄を含まない声に応えたのは、通信機が落下したものと思われる風を切る音と、ほぼ同時に鈍い衝撃音。
慌てて声をかけようとしたC.C.の耳に、明らかなまでの必死さを感じさせるルルーシュの声が響いた。


『カレン!』


既に無線をその手に持っていないためだろうかやや鮮明さの欠ける音声だったが聞き間違いということはないだろう、彼女の共犯者は彼がとても大切にしている嘗ての部下の名を叫んだ。

「おいルルーシュ!どうした!?ルルーシュ!」

我ながら冷静さの欠片も感じられない声でルルーシュを呼ぶが応える声はない。
ただならぬ状況に息を呑むと同時に、いつの間にか思ったより近くに来ていた爆撃の衝撃に紅蓮の体が揺れた。ルルーシュの指示を脳裏に思い出しながら、C.C.はそれとはまったく異なる選択肢を採る。
機首を翻してルルーシュのもとに駆け付けんとする彼女に、作戦の成否は既に思慮の外のことになっていた。









先ほどから繰り返される爆撃の振動を感じながら、カレンは自らの無力を噛みしめていた。
扇のグループでは一番の実行能力を有していることに慢心しているつもりはなかったが、嫌でも驕りがあったのだと認めざるを得ない。
それが、なす術もなく遠く主戦場を眺めているばかりのカレンの偽らざる本心だった。
一人駆け付けることによって何ができるわけがないことは初めから分かっていた、それでもここに立っているカレンはただ同胞の死にゆく音を聞いていることしかできない。
何度噛みしめても変わらぬ無力を胸の裡に刻みつけながら唇を噛むと僅かに血の味がした。

ここにいても何もできないことは最早痛いほどに分かっていたが踵を返すこともできずに立ちつくすカレンは、足元から僅かに感じられる振動からこの場所が必ずしも安全ではないことは承知している。しかし、今までカレンを支えていた反骨精神が無力感とともに壊されてゆくようで、現実感を感じることができずにいた。
先の戦で破壊されたまま修繕されることもなく雨風を受け続け脆くなっていた建造物が、立て続けに生じる振動に崩壊の臨界点を迎えようとしているのを茫然と見つめる。
ひょっとすると、自分の人生はあの廃ビルのようなものだったのかも知れない。既に壊れた、ただ崩落するまでの時間を待つばかりの過去の遺物。
そこまで考えて、不意に目頭が熱くなるのを自覚した。自分はそれでも良い。本当は良くなどないが、あきらめることができる。しかし、兄はどうなのだろう。昔から自慢だった、優しい兄。それが、侵略者に破壊され、崩れゆくためだけに用意された人生だったとしたら。
カレンは圧倒的な怒りを覚えて、いつの間にか俯いていた顔を上げる。
そこには無力を噛みしめるばかりの敗者の面影は既になく、飽くなき闘志を湛えた戦士の決意が宿っていた。

自らの指針を再度確認したその時、彼女の耳に突如聞きなれぬ声が届く。




「カレン!」

え、と呟こうとしてその暇もないまま、振り向くことすらできずに突然背中を押されて膝から倒れこむ。
荒れ放題の地面に強か打ちつけた足が痛みを訴えるより若干速く、カレンの耳に地が割れるような轟音が響いた。
驚きの形に開かれたままの唇の間から細かい砂塵を吸い込み、激しくせき込みながら彼女は自らの身に起きたことを理解しかねて素早く振り向く。そこには未だ収まらぬまま砂埃が立ち込めていた。

「なに、これ…」

誰にともなく問うように言いながらも、目の前の光景が先ほどぼんやりと眺めていた建造物の崩落だということは分かっている。
分からないのは、先ほどまで自分がいたところに起こった崩壊になぜ自分が巻き込まれていないのかということ、さらに言うなら恐らく崩落の瞬間、自分を呼んだ声が誰のものだったのか。
埃を吸い込んだ喉が貼り付くような痛みを訴えるがそれに構うこともできず、カレンは応える者のないだろう問いを再度繰り返した。
今頃になって膝が痛み始めていたが、それよりも「誰か」に押された背中の方がひどくカレンを苛む。

「なによ、これ!」

土埃が収まるにつれてカレンを襲う戦慄は強くなっていった。
朽ち果てたコンクリートの塊、突き出した錆びて腐った鉄筋。それらが乱雑に積み重なって視界を遮っている。
大小の瓦礫が山積しているが、そこには意外なほどに隙間と呼べる空間がなかった。それが何を意味するのか、理解を拒否したカレンの眼の端に見慣れた赤茶の液体が映った。
瓦礫の下から滲みだすその色彩が何なのか、カレンは良く知っている。
ただ、どうして自分が無事でその色を他人事のように眺めているのかが分からなかった。命の色をした水溜りは静かに範囲を広げていた。


『やはりか。思ったより…いや、思った通りの馬鹿だな』

突然響いたスピーカー越しの女の声に、カレンは息を呑んだ。
日本解放戦線にはもうまともなKFはない。もしあったとしても、それは遠く主戦場で駆けまわっていなければならないはずだった。
つまり、涼やかながらもどこか苛立ちを含んだこの声の主は彼女の敵のものであるはずで。
突然現れた敵に理解の及ぶ範囲はとっくに臨界点を超えていたが、振り向きざまカレンはその紅いKFを睨みつけた。
それは彼女たちがよく目にするブリタニアの兵器と趣を異にしていたが、細かい意匠はこれまた彼女の理解の範疇ではない。ただ、無力ながらも日本人として敵に相対した以上、おびえたまま背後から殺されることが我慢ならなかった。
しかし、戦意もあらわに視線を投げるカレンに対して、KFの女は小さく舌打ちするなり機体の膝を折りハッチを開いて見せる。
そのまま音もなく降り立ち、カレンと同じ地に足をつけた女…否、カレンと同年代程にしか見えない少女は先ほどからの無感動な声音を崩すことなく声を発した。

「お前も馬鹿だな、カレン。おとなしくしていれば良いものを…。来い。戦場を離れるぞ」

文句なしに麗しいと言えるほど整った容貌にバランスよく配置されたその瞳からは敵意が感じられず、今更ながらに驚きが戻ってきたカレンは声を返すことすら出来ない。
それを見て小さく息を吐いた少女は、早くしろ、と急かすでもなく言いながら簡単に背中を向けた。
その身のこなしから戦闘に関してまったくの素人でもない様子の彼女があまりにも呆気なく自分に背を向けたことに戸惑いながら、カレンは声を荒げる。

「ちょっと待ってよ!戦場を離れるって、何よ!どうして私のことを知ってるの!?」

ほかにも聞きたいことはあった。なぜ自分を伴って移動しようとするのか…まるで迎えに来たとでも言うように。なぜ「紅月カレン」を知っているのか、そしてなぜ自分が戦場にいることを把握しているのか。ここに来たことは扇にすら言っていないというのに。
他にも、何よりも聞きたいことがある。ただ、それは恐ろしすぎて声に出すことができないだけで。
それについて質問をしようとして、突如振り向いた女の眼光に言葉を奪われる。

「うるさい喚くな。質問にはいずれ私以外の奴が答える。それよりもここを離れるぞ。
…次に崩落が起こった時、私はお前を庇わない」

感情が見受けられないほど静かな瞳で告げられた言葉に、カレンは先ほどから抱いていた疑問を確信に変えた。
ビルの崩壊からカレンを救った人物と目の前の少女は仲間であったらしい。しかし、何故という疑問はそのままカレンの胸に残る。

「待って。お願い、瓦礫の下に私を助けてくれた人がいるの」

混乱は収まらないまでも状況を理解しようと努めたカレンは、目の前の少女に見知らぬ誰かの窮状を訴えた。生きているのかは実は分からない。それでも、このままにはして行けなかった。
しかし、言いつのるカレンに向けられたのは先ほどまでと全く変わらない無表情と、それに反して明らか過ぎるほどの怒りを込めた瞳だった。

「黙れ。お前を生かして逃がす、それがお前に生きていてほしいと願ったものの意思だ」

それ以上の言葉をつづけなかった少女の肩が僅かに震えているのを見て、カレンは息を呑んだ。何が起こっているのかは分からない。分かるのは「誰か」が切ないほど必死にカレンの身を案じているということだけだった。
瓦礫の山を振り向くと哀しい色をした水溜りはまだ乾いてすらいない。ごめんなさい、そう呟くことすら憚られたカレンは少女に目顔で頷いた。


















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文章に不調の影が色濃く現れております…。
読みにくくて申し訳ない。









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