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「何もできないって言うんですか!」

激した声は狭い室内にこれでもかと響いたが、男は何でもないように小さく首を振っただけだった。
見るからに人の良い、僅かに凡庸な雰囲気を纏う男は、目が覚めるような赤毛の少女に対して幼い子供に窮理を言い聞かせるように穏やかに声をかける。

「だが…だからと言って何が出来るって言うんだ。あの日本解放戦線ですら見ての通りの状態だ。
今俺達が駆けつけてどれだけの事が出来る?」

常識としか言いようのない回答に、少女…カレンは小さく息をのむ。
彼女とてそんな状況は分かっていた。
先日のシンジュクの一件で、今やカレンたちのセクションは一活動規模としてすら数えられない程度に弱体化してしまっている。
兄のナオトは依然帰らないし、動けないままの怪我人もいた。
今カレンと一緒に駆けだすことが出来るのは精々5人いるかどうかといったところだろう。
しかも現在戦っている同士の為に振るうべき寸鉄すらも有していない。
だから、カレンも自分の言葉が実現可能なものだと信じている訳ではなかった。

しかし、だからなんだと言うのだと思う気持ちも同時にある。
こうして座して最後の有力な反抗勢力が潰えて行くのを眺めて、いつか日本が戻って来るとは思えない。
敵が強大だから手が出ないというのなら、カレンが、彼女の兄がやっていることは何だと言うのだろう。

何もできない、繰り返すように言う扇の声を聞きながら、カレンは焦れる自分を留める術を見いだせなかった。




夢中天 8




既に夜も更けて周囲には何の音も聞こえない。
そういった事情を斟酌したはずもないが、C.C.はやけに静かに言い放った。

「馬鹿かお前は」

いつもの定位置であるルルーシュのベッドにはしたなく寝転がり、机に向かう部屋の主を見上げながら見下すという奇怪な行動をとりながら、C.C.はやたら大きなため息を吐いた。

「クロヴィスの隙を狙って動き出したアホを助けに行く?
無駄だな。今のお前に何が出来る。
ギアスはない。協力者がいるわけでもない。ただの不死人だろう、お前と私は」

冷徹な言葉を背に受けながら、しかしルルーシュは行動を起こすことに疑問を持っていなかった。
ここから遠くない場所で誰と誰が死闘を演じようと然程気にはならないのだが、役者の一人にかつての自らの親衛隊長が加わるのなら放置出来るはずもない。
だから、行動の先の勝利の方法を考えていた。

「大体、今カレンに何が出来ると言うんだ。あいつは馬鹿じゃない」

態々死にに行くこともあるまい、と続けた時初めてルルーシュが振り向いた。

「カレンが利口ものだったら始めから反政府運動なんかしないだろうな」

しかし彼女は既にそれを行っている。
そうである以上彼女が今この時に座しているかどうかは分からない。
そう言ったルルーシュの言葉に迷いがないことを再確認して、C.C.は億劫そうに体を起こした。
彼女の共犯者は悪魔のごとき知略と策謀の持ち主だが、実行といった点にかけてはやや不安が残る人でもある。
こうとなってはC.C.自身ただ寝転がって心配ばかりしているより話に乗って自分が動いた方がいいと思われた。

「で?具体的にはどうする。
私もお前も何らかの特殊技能を持っている訳ではないし、唯一コードの副作用でショックイメージを見せるくらいの事は出来るが…まさか敵兵全てに接触して回るわけではないだろうな」

実のところ、ルルーシュを悩ましているのはまさにそこだった。
正直、カレンさえ家でゆっくりしてくれていれば良いがそれを望めない以上戦場に何らかの効力を持って接せなければならない。
しかして、その手段が今のルルーシュにはない。

「一つだけ、腹案がある」

だから、この腹案が外れれば処置なしだったと言って良い。








「別に私は正義の味方ではないから構わないがな」

薄暗い通路に立ってC.C.は一人ごちた。
足元に予備灯がぼんやりと点っているだけの細長い廊下で、視界は精々3メートルあればいい方だろう。
隣では、共犯者兼元魔王兼現在コソドロの彼女の相棒が何やら端末を弄っている。
横目で盗み見ると、ぼんやりと端末の光に照らされた彼のひどく整った横顔は薄く笑みを刷いたようだった。

「正義の味方がきいて呆れる」

「元妻の所に盗みに入る亭主に言われたくはないな」

C.C.の言葉にあるように、彼らは現在キョウトにいる。
何も持たないルルーシュにとって、やはり武器と言えるものは思考力と情報のみだった。
そこで、ルルーシュはせめてもの腹案としてC.C.にこの暴挙とも賭けともいえる行為を明かした。






既に深夜と呼べる時間。
あらゆる手段を探ったが何一つ手応えのあるものを見出すことが出来ず、ルルーシュは深く息を吐くと共に重い口を開いた。

「紅蓮を覚えているか」

それはC.C.にとっては意外といって良い問いだった。
忘れられよう筈がないではないか、と言外に思いながら目顔で先を促すとルルーシュは小さく頷いた。

「いくらキョウトに力があろうとコーネリアの監視下、あの目立つKFを日本に持ち込めたかどうかは怪しい。
さらに言うなら神楽耶様は馬鹿ではない。黒の騎士団が多少目立った活動をしたからといって、何の調査もせずに虎の子の新型KFを呉れてやる筈がない。
…つまり、紅蓮は早い段階からキョウトにあったと考えられなくもない」

「推論だな」

一言で切って捨てると、ルルーシュは笑いもせずに頷いた。

「しかし、他にあてがない」

声音から共犯者の本気を感じ取ったC.C.は眉根を寄せて相手の眼を見返す。

「幸い、キョウトの格納庫深部に掛けられている暗証番号は分かっている。
一月に一度乱数表に従ってPASSが変更されている筈だが、記憶から逆算すれば現在の暗証番号を割り出すこともできるはずだ」

ルルーシュは淡々と言うが、それがどれほど勝ち目の薄い賭けなのかC.C.にも分からないでもない。
しかしルルーシュが言い出した事を翻すくらいなら始めから口に出さない筈だと知っている彼女は、一つ息を吐くだけで同行を決めたのだった。
そして策謀の翌日となる今日、彼女達は紅蓮を盗み出すためにキョウト格納庫に侵入している。










「風が凪いでいますね」

夕暮れが作り出す薄闇は緩やかに消え去り、既に周囲には墨よりも濃い夜の闇が立ち込めている。
キョウトの有力者達6人が集まっているこの部屋の主である彼女、皇神楽耶が言ったのは何も今日の天気だけの話ではなかった。
彼女たちがかつての祖国を取り戻すための実行力の一つとして目している日本解放戦線がブリタニア軍に包囲されて、今日で3日目になる。隙を突いたとはいえ戦力差は大きく、見せしめのようにじりじりと被害ばかりが増えているのを彼女は知っていた。
何とか主要人物だけでも助け出したいが、帆船が風のない沖合で舵を失ったように、戦況は何一つ変わらない。
そして、何もできないまま神楽耶が見知っている者達も命を落としているのだろう。
何とか出来ないのか、とは彼女は言わない。
出来ていればやっている筈だし、何よりキョウトの有力者である桐原たちは女の身である神楽耶に戦の話をしたがらなかった。
ただ困った、と言ってしきりに首を捻っている。
馬鹿馬鹿しい。
声に出さずに神楽耶は中座した。それに気づいたものは恐らく誰もいなかった。




供も付けずに一人通路を歩みながら、神楽耶は今の世の不思議を嘆いていた。
彼女より賢い者は貝のように押し黙ってしまっている。彼女より強い力を有する者は悪戯に敵を求めてはその命を散らしている。
そして、彼女より多くの経験を積んだ者は常に首を捻っては困ってばかりいる。
これでは誰がこの国を救うのか分からず、そもそも誰が救って欲しいのかすら分からなくなってしまっていた。

「やはり、夢なのでしょうか」

呟いてしまって神楽耶は後悔した。
神楽耶自身、まだ日本だったころの祖国の記憶が多いわけではない。
既に人生の半分は占領された祖国で生きているのだ、これから先もそうできない訳ではないということをぼんやりとだが知ってしまっていた。
しかし、それでは自分は良くとも国民はどうなのかということを考えると、その身を苛む苦しみに彼女は夜も眠られなくなる。
ある集団を一等の民族として保つには自尊心が必要だった。現在頭を押さえつけられて地を眺めてばかりいる日本人からそれが完全に失われれば、彼女の愛した国民はただの奴婢の集団になる。それを知っているからこそ、神楽耶は喉から手が出るほどに英雄を欲していた。
黙りこむ賢者ではなく、散りゆくばかりの豪傑でもなく、彼女が何よりも軽蔑する良識ぶった大人でもない。
しかし、それを求める事が最早夢物語なのだろうかと思わざるを得ないほどに、彼女は疲れていた。
知らず立ち止ってしまった自らに自嘲の笑みをこぼす。
と、その時だった。
暗く伸びた通路の先から密やかな物音が聞こえてくる。併せて、希薄ながらも人の気配すら感じられて神楽耶は胸が騒ぐのを感じた。
彼女が見つめる通路の先は暗い格納庫に繋がっており、そこには先日混乱にまぎれて搬入したばかりの純国産KFが安置されている。
現在辛酸を舐めている日本解放戦線に助力として届けようにも操縦できるものが見当たらず、虚しく放置されるだけの機体だったが、それの持つ戦術的価値は目を見張るものがある筈だった。
思った瞬間、神楽耶はらしくもなく駆けだしていた。








以前からルルーシュの策が外れることはあまりなかった。しかしそれは入念な下準備を怠らなかったから得られた結果であり、今回のような全くの賭けに関してはその限りではないとC.C.は思っていたのだが。

「見上げた悪運の良さだな」

そう言わざるを得ない。
ここ…紅蓮の足元に辿り着くまで、邪魔な見張りは皆昏倒させた。さらに、途中にある関所は全てルルーシュの手により無事無力化され、辿り着いた格納庫には彼の思惑通り紅い機体が悠然と立っているのを見つけた時には既に感嘆の声を上げるばかりの気持ちになっていた。しかも紅蓮は機体メンテナンスを終えたばかりらしくエナジーフィラーも装填済みとなれば、神ならぬ悪魔の加護でもあるのかと思わざるを得ない。

「何でもいい。早くここを出るぞ」

短く言ったルルーシュには残念ながらこの暴れ馬のようなKFを上手く操ることは出来ない。
それはもちろんカレンの専売特許だったが、しかし運動能力だけで言えばC.C.にも何とか動かせないものでもない。
故に、ルルーシュは自らは周囲の状況を調べるに留まり、C.C.に騎乗を急かした。
強力な兵器も動かなければ鉄の塊に過ぎない。折角だから予備動力をいくつか頂いてゆくこととして、簡単な荷造りを済ませる。
そのための梱包材を持って来ているあたり、準備万端と言うか所帯くさいと言うべきか。
どちらにしろ、全ての準備が終えられようとしていた時だった。二人の不審者の耳に短く切りつけるような誰何の声が響いた。









足音を忍ばせて格納庫に近づくと、神楽耶の耳に聞こえてきたのは憎きブリタニアの言葉だった。
キョウトの支配下にあるこの屋敷内で、好んで敵国語を使う者はいない。さらに、聞こえてくる二人分の声はどちらも酷く若い。
雰囲気で判断すると神楽耶とそう変わらないようにも感じられた。
それほどの若年で紅蓮の存在を知っている人物は神楽耶自身しかおらず、すわ不審者、と思った彼女は厳しく声を上げた。

「何者!」

「…っ…神楽耶様」

不意を突かれたらしい不審者…どうやら男女一名ずつだったらしい彼らの、男のほうが小さく声を上げる。
少年が思わず、といった風に上げた声を聞いて神楽耶はおや、と思った。
彼の短い声は反射的に思わず漏らしてしまっただけ、と言った風情だったがその割には神楽耶を敬称を付けて呼んだ。
彼女は美しく流暢なブリタニア語を操る年若の男に知り合いなどいない。
また、神楽耶はブリタニアの姫君のように内外に広く知られている存在でもないし、この侵入者が何処かで神楽耶の顔を見知っていたとしてもこの闇の中で神楽耶の顔を見る事が出来たとは考えにくい。
つまり、神楽耶の声を知っているとしか思われないのだが、彼女は人前で言葉を発するような位置に今はいない。
さて、と思ううちに少年は気を取り直したらしく生粋のブリタニア語で神楽耶に語りかけた。

「これは…皇の姫君ですか」

わざとらしい。そう思わずにいられないが、常ならぬ場所で相対してしまった以上、こういった形式上の会話が必要であることは神楽耶にも分かっていたため誘いの声に乗った。

「お見知りおきいただき光栄ですわ。でも―――失礼ですが以前お会いしたことがありまして?
貴方のような涼やかな殿方なら記憶に残りそうですけれど」

「ええ、かつて。貴女がまだ皇の姫として物心もつかない頃に」

上の応えに神楽耶は度肝を抜かれる。
彼女は生まれたときから皇の姫だったが、いかにも「皇の姫」として自らを位置付け、身の処し様を考えるようになったのは幼いある日の出来事が切っ掛けだった。何もそのことを正確に突かれた訳ではないが、不思議とその瞬間を思い出すとともにその落ち着いた声にどうも勝手が違うと思わざるを得ない。
しかし、前述の通り声の主は神楽耶と幾らも変わらぬ年齢のようで、その言葉を信ずるならともすれば「以前あったとき」は彼自身子供であったように思われる。これもまた若干人を喰ったような返答であると思われた。

「それは…お久しぶり、とでも申し上げましょうか。
ですが、旧交を温めるおつもりが御有りならわたくしの部屋にご案内申し上げますのに。
このような何のおもてなしも出来ない場所でお会いすると恥しゅうございますわ」

「お気づかいなく。こちらも手土産も持たずにお邪魔しておりますから」

二人の応酬を聞きながらKFの中のC.C.は馬鹿らしい、と息を吐く。
手土産も何もこちらは盗人だし、事こうなってしまえば神楽耶とて人を呼んでも間に合わないということは分かっているだろう。
何しろどれだけの手勢を用いても今やC.C.の支配下にある紅蓮を止める事は出来ないし、そもそも双方にとって騒ぎになることは望ましくなかった。キョウトにとってもKFを内密に開発・入手していたことが公にされる訳にはいかないはずであり、もし紅蓮が衆目に晒されるようなことがあれば知らぬ顔を決め込むほかない。つまり、KFを手に入れる事は出来てもその活用は困難、といった微妙な位置にキョウトはいる。ルルーシュは今回、そのいわば死蔵されている兵力を貰い受けにやって来た訳だが、そのルルーシュにしても問答無用で奪取してしまえば良いものを神楽耶と会話を楽しんでいる節すらある。
しかしながら、そういった感想を抱けるのもつかの間の事だった。

「失礼ですが、皇の姫君。暫くの間この紅の武者をお借りいたします」

突然、ルルーシュがまるで予定されていたことのように言った。
それを予測していたらしく、神楽耶は驚いた様子は見せない。静かに口を開いただけだった。

「暫く…とは?」

「そうですね、貴女が正式にわたしにこの機体を下賜しても良いと思えるまでの間、といったところでしょう。
代わりといってはなんですが、こうやって宝物庫で眠っているだけではない本当の貴女の宝をお手元にお戻しいたします」

「わたくしの、宝…ですか」

暫く考える様子を見せて、神楽耶はやがて深々と頭を下げた。
その可憐な唇から、鈴のように麗しい声が転がり落ちる。曰く、宜しくお願いいたします、と。

それがこの奇妙な会談の最後の一声だった。








帰路。
神楽耶の助力により、紅の機体は何の問題もなく予定された帰途を辿っていた。
紅月カレンの専用機だった暴れ馬はC.C.の運動能力を持ってしても若干操縦が難儀だったが、やがてそれにも慣れると僅かに余裕も生まれ、C.C.はモニター越しにルルーシュの澄まし顔を眺める。
ガウェインと異なり狭い操縦室に二人が座するのは窮屈だったため、ルルーシュは現在紅蓮の右手、長く伸びた爪の隙間に座っている。
何事もなかったかのように無言で進行方向のみを見つめている彼が何を考えていたか計りかね、C.C.は声を掛けた。

「神楽耶に見つかったな」

「ああ」

僅かに、会話が途切れる。ルルーシュは相変わらずの澄まし顔だが、微かに目元がほころんでいるのを見る限り、またしても旧知の人物の息災を喜んでいるのは明らかだった。

「何故神楽耶は紅蓮を寄越した」

そうするしかない状況だったことはC.C.にも分かっている。
しかし、それにしても虎の子の紅蓮を手放すにはあまりにも呆気なさすぎる、というよりも状況に流されすぎていた。
神楽耶という娘は幼い容貌に似合わずなかなかの人物だったということを思い合わせると意外という他ない。

「ああ…神楽耶様はひょっとするとキョウトで唯一、本当に日本を愛している人だからな。
しかも、そのことを周囲に汲んで貰うところが少ない。だから、僅かな可能性に賭けた」

「賭」

「そう、賭けだ。最早兵力を奪われることは確定している。となれば、敵わぬまでも賊を追いまわすよりも多少でも賊を手懐け、やがて意のままに操る方が現在のキョウトの在り方としては可能性がある」

必要最小限の明かりのみ灯した地下通路で、薄く笑みを浮かべたルルーシュの顔はモニター越しの荒い画像で見てもこの上なく美しかった。
だからこそ、C.C.は小さく呟く。

「この性悪」





















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長くなってすみません…








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