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どうしよう。
少女の心はいまその言葉で一杯だった。
とはいえ、困っているのではない。ある意味とても困っていたがそれは彼女自身、自分が舞い上がっていることを自覚しているからに他ならない。
(どうしよう、どうしたらいいの!?)
彼女は必死で考える。もちろん答えは見つかりそうにないのだが。
しかしこれでもう3日、夜も眠られぬ勢いで考え続けていた。
(どうしよう、ってゆーかどうして!?)

彼女の自問に答えは見つからないまま。
少女、シャーリー フェネットは突然優しい瞳を自らに向けるようになった想い人について本日も思いを巡らせていた。





夢中天 7





C.C.との「仮説対策会議」とも呼ぶべき一夜を過ごした後、ルルーシュはC.C.に暫く大人しくして状況判断に努めるよう言い渡した。
もちろんそれは自らにも言い聞かせているものであり、翌日から通常通りに通学している。
しかし、一度は悪逆皇帝に華麗なる転職を果たした彼からすると、それまで怠惰に過ごしてきた学園生活はあまりにも愛おしくてならず、結果恋する乙女シャーリーは彼の第一の被害者となった。

なにしろ、彼女にとってはどんなに望もうと得られなかった彼の愛情が一夜にしてたっぷりあふれんばかりに注がれている状況なのだから困惑するなと言う方が酷と言うべきだろう。
恋する乙女の眼力は伊達ではなく、シャーリーはルルーシュの瞳に宿る愛情の種類を誰よりも早く且つ正確に見分けていた。
自分を含む生徒会の人間に対して、ルルーシュは優しい。
もちろん他の人間にも状況に応じて優しいけれど、それでも仲間内は別格だった。しかし、絶対にかなわない相手がいる。
ナナリー。ルルーシュの唯一にして最愛の妹。
彼女に対した時のルルーシュの瞳からは、常に彼から感じている壁が全く見受けられなかった。尤も、時に何とも言えない気負いのようなものが垣間見えるときがあり、それをシャーリーは若干の不安をこめて見ていたのだが。
ある日突然、彼女の世界は変わった。


「ルル!おはよ」

特別意識しているわけではないが、シャーリーはルルーシュに朝の挨拶をするときその日起きてから一番明るい声を出す。
それは機嫌が良い時もそうでないときも変わらず、時々友人に指摘されて恥ずかしい思いをしたりしているのだが仕方ない。
なにしろ彼女は人生初の大恋愛をしているのだから。
いつもこうして挨拶をして、大体は「おはよう」と返されて、たまに素っ気なく「ああ」とか言われて、考え事をしているときには気付かれなかったりして。シャーリーはその全ての反応を喜んでいた(もちろん返事がない時は悲しいけれどそれもまた彼女なりに受け止めている)。

が、しかし。
この日のルルーシュは一味違った。


「シャーリー!…おはよう」

いつもなら軽く振り向くだけのルルーシュは、態々体の向きを変えて正面からシャーリーに向きなおりそう言って微笑んだ。
誰しもが普段から気軽に使う挨拶にこれ以上ない程の優しさを込め、そして瞳にはきっとシャーリーには向けられることなどないのだろうと半ば諦めかけていた、あのかなしいまでの愛情を乗せて。
それが3日前の朝。
それからずっと、シャーリーは故障中である。







「――――何をやっているんだあいつは」

ルルーシュの私室から外を眺めながら、C.C.はぼそりと呟いた。
その声には多分に呆れと、若干の苛立ちが含まれている。

「私にはこの部屋を出ないようにと煩く言っておいて、自分は外で女とよろしくやっているとは…良い身分だな」

帰ってきたら何かわがままを言って困らせてやろう、とC.C.は心に決める。
とはいえ、少し前に味わった逃亡生活で自分にとってルルーシュがどれほど必要な人間なのか(いろんな意味で)骨身にしみていた彼女は本気で不快になっている訳ではないが。この部屋での生活は極楽と呼ぶべきだとさえ思うほどには満足していた。

だからこれは彼女自身の…彼女が解決しなければならない問題だった。


(ねぇC.C.聞こえているんでしょ?返事くらいはしたらどうなの?)


脳裏に軽やかな女性の声が響く。言葉だけとれば怒っているようにも思えるが、その実彼女の声からは隠しきれないほどの上機嫌が窺えた。当然ともいえる。何しろ、彼女の計画がやっと第一段階に差し掛かったのだから。

(ねぇ、ルルーシュはどう?なかなかの資質でしょ。さすがは私の子よね。普通の子供だったら少し「弄った」くらいであれだけのものにはならないわよ。ふふ、シャルルは嫌がってたみたいだけど、褒めてほしいくらいだわ。それに、この子も…)

響く声は耳鳴りにも似てC.C.を悩ませていた。
会話の主導権は常にC.C.が有していて、彼女の許可なしに声の主…マリアンヌにC.C.の思考が漏れることはないしC.C.の感覚を共有することもできない。しかし、それもいつまでマリアンヌに異常を気付かせずに済むかといえば確証はなかった。
C.C.もマリアンヌも我儘で気紛れだから、気が向かなければ相手のことを暫く無視してもそうおかしなこととは言えないが、それがいつまでも続くようならさしものマリアンヌも何かを感じるだろうし、C.C.には会話をしつつ知らぬ顔を決め込むだけの自信はない。
そして、C.C.は既に彼らと袂を分かっていた。

(これからが楽しみだわ。ねぇ、C.C.?)

歌うような声を聞くのはひょっとしたらこれが最後かもしれない。
そう思ないがら、C.C.は耳鳴りを聞いていた。





一方、その頃のルルーシュ。
遠くない未来に行動を起こさなければならないという点ではC.C.と考えが一致していたが日常に対する愛情は比較にならず、ひとまず彼は彼なりの方法で日常を楽しんでいた。

「ねぇ、ルル。会長が言ってたんだけど」

心中の動揺は収まらずとも取り敢えず表面上は普通に振る舞えるほどには回復したシャーリーが、若干頬を染めながらルルーシュに声を掛ける。振り向くルルーシュに胸を躍らせながら、どうにか伝えることを思い出しつつ、シャーリーは次の声を発した。

「彼女…カレン・シュタットフェルトさん。ほら、体が弱いから部活とかできないでしょ?
生徒会に入って貰うつもりだって…。聞いてた?」

シャーリーが目線で指し示すのは燃えるような赤毛に情熱の色を残しながら、しかし伏せ目がちでどこか他人に遠慮した雰囲気を有する同級生。やわらかで控えめな頬笑みを浮かべる彼女は、彼女の長い病欠を心配した友人たちに囲まれて些か辟易しているよう…に見えるのはルルーシュのみで、一般的にはやはり儚げに微笑んでいた。
シンジュクでの遭遇から2日。学校に出てこなかった彼女にルルーシュは不要と知りつつ心配の念を持ち続けていたが、今日になって普通に登校してきたためようやく安心していたのだが。

「そうか。病弱だから、ね」

ある意味この学園内で最も頑健な彼女が「病弱」と呼ばれることに諧謔を感じながら視線をカレンに移す。
…辟易を通り越して苛々している。
さすがに暴れたりはしないだろうが、万一のことを考えてルルーシュは席を立った。

「カレンさん。ちょっといいかな」

「え?…いいけど」

カレンの友人たちが黄色い声を出すのを、シャーリーがきっぱりと遮る。

「違うから。そーゆーんじゃないから。ね、カレンさん」

何が何やらといった風情のカレンを連れてクラブハウスに向かい、「以前」と同じようにカレンがシャンパンまみれになって。
つまらない毎日だ、そう思いながらルルーシュは微笑む。
なんてつまらない、普通で怠惰で、そして何よりも愛しい。
今度こそ、きっと守って見せる。そう心に誓うのに何の抵抗も感じられなかった。





「服、洗って返すわね」

丈の合わない男性物の服の裾をつまみながら、落ち着いた声のカレンが言う。
もちろんバスルームでのトラブルはなく、カレンにとってのルルーシュの印象はただのシスコン兄ちゃんだった。
ただ、時々ひどく優しい目をする。それがカレンにとってとても大事な誰かと重なるような気がして、ほんの少しだけこのルルーシュという同級生に好感を抱いていた。

「ああ、悪い。…でも、会長はじめ悪ふざけが好きな人間が集まっているから気をつけた方がいい。
ま、気をつけても逃れられないんだけど」

「なにそれ」

「色々とね。イベントが好きなんだ。男女逆転祭りに水着で授業、絶対無言パーティー…多分一通り巻きこまれるぞ」

「…よくわからないわ」

穏やかな会話を交わしつつ、皆が待つ一室に向かう。
覚えている。昔はここでスザクの危機を知ったのだ。それから抜けられない深みに嵌っていった。
しかし今はそれはあり得ない。クロヴィスは生きているし、つい先日本国へ急遽帰還する旨の速報が巷を湧かせたがその時にも枢木の名前は出てこなかった。
あとはクロヴィスの後釜が見つかるのを待って、一連の騒動には一応の決着を見るはずとなっている。

(エリア18を平定したばかりのコーネリアは余程のことがない限り暫く動かない。エリア11は統治としてはまだ十分ではないが態々コーネリアが出てくるほどの要地ではない…。とすれば、本国での力関係からいってアランかエドガー…コーネリアに比べれば凡夫だな。これで、少しは動きやすくなる)

カレンととりとめのない会話をしながら一方でこれからの動向を計っていたたルルーシュは、到着した部屋の雰囲気に僅かに首を傾げた。

「どうかしたのか」

ルルーシュの端的な問いに、何とも言えない表情を浮かべながらリヴァルがテレビ画面を見遣った。

「いや、別に…っていうのも変だけどさ、またあれだよ」

示されるまま画面に視線を移すと、アナウンサーがここからそう遠くない場所を地図で指し示している画面だった。
原稿を読み上げる彼女の声には何の感情もないが、表情はやや真剣なものを装っている。
画像が切り替わり、巻きあがる粉塵と力なく倒れてゆくブリタニア人でない武装した人間の姿が映された。
無感動な女の声が告げる。


『皇帝陛下のご温情を解せぬイレブンの反抗です。
本国に御帰還になるクロヴィス殿下のご多忙をついた卑怯な行為は、しかし当局の読み通りともいえるものでした。
これを機にクロヴィス殿下は卑劣なるイレブンを一掃し、この地に残る我々に最期のご慈愛をお示しくださるとの声明を発表されました』

女の声は次にブリタニア軍の有する最新鋭の兵器の説明を始める。通常であれば情報漏洩ともとられる行為だが、最近のブリタニアにはこれらの行為を許すどころか奨励する風潮があった。
それは、多少の情報くらいでこの劣勢を覆せるものではないとの自信からでたものであり、どちらかというとその情報を見て敵の士気の低下を望んでいるということがありありと窺える。

しかしそんなことはルルーシュにはどうでもよかった。


重要なのは、ここから程近い場所でカレンの同胞が命を落としているということであり、そして。


「怖いわ…ごめんなさい。番組を変えてもらってもいいかしら」

「あ!そうよね、ごめんなさい。ほらリヴァル!!」

「俺ですかぁ」

儚げに俯いたカレンに、シャーリーとミレイが駆け寄り、手を取って詫びている。

「やだ、震えてる」

「本当にごめんなさい」

「…いえ。いいの」





小刻みに震える「病弱な」同級生が実は恐怖ではなく怒りに打ち震えているということだった。



















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