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紅月カレンはそっと振り返った。
突然の停戦命令が下された時、既に借り物のナイトメアは活動を停止していた。
十分駆けまわって動力切れが近づいていたので敵の機体に体当たりさせたのだ。もちろん、優秀なパイロットである彼女は無事脱出し、それ故ここで回想に耽ることが出来るのだが。
ともあれ彼女は生きている。だからこそ、多くの疑問を抱えて振り返った。
あの時会ったブリタニア兵は何のつもりだったのだろう。仮説はたてられる。
例えば、何かの罠だった。
しかし、罠の発動よりも早く機体がスクラップになってしまったため不発に終わった。
例えば、彼は主義者だった。
常日頃からブリタニアの在り方に疑問を感じ、今日この日に彼なりの反抗が始まった。
それとも、例えば。
やはりあれは罠だった。そして、カレンの気付かない方法で今まさに効力を発揮しようとしている。
もし、そうだとしたら?
カレンには疑問が山積していたが、その答えを得る方法が分からない。
振り返った彼女の眼には、彼女と同じ陰鬱な表情の同胞の姿だけが映った。





夢中天 6




傾きかけた太陽の下紅月カレンがそっと溜息を吐いたその時、ルルーシュとその共犯者は暗い地下道を黙々と歩いていた。
クロヴィス以下重鎮ともいえる顔触れが昏倒している今、敵陣は身動きが取れないため追手の心配はないが些細な詮索も避けるべきだと判断したかつての魔王が提唱した「比較的安全な」帰路である。
湿り気を帯びた空気に二人分の足音が低く響いている。それを聞くともなく聞きながら、ルルーシュは只管考えていた。

今は意識を失っているクロヴィスの部屋から送信した秘匿文書は、恐らく暫くも待たずにシュナイゼルの下に届く。
ただの風聞、讒言として伝えられれば黙殺されるであろうそれは、ただその通信手段によって注目されることは間違いなかった。
そして、その内容もただの讒言として切り捨てられない程度の真実は伝えてある。
即ち、クロヴィスのナンバーズ政策の実体と彼が秘密裏に行っているらしい「怪しげな研究」について、である。
それらが人の噂となりクロヴィスの風評は今や聞くに堪えない…とかなんとか。
後半部はやや捏造だが、全くの嘘でもない。そしてシュナイゼルがそれについて調査をすればそれは真実になる。
さらに重要なことはその秘匿通信がクロヴィスの通信機より発信されたことだった。
通常であれば堅固な暗号化により通信元は確定できないようにされるが、今回に限りルルーシュはその暗号を大変簡易なものに変えた。
そのことにより、クロヴィスの立場はさらに悪化している。
なぜなら、今エリア11に副総督となる皇族はいない…つまり、秘匿通信の存在を知る者はクロヴィス一人でなければならない。
その鉄則が、実態を伴って破られているのだから。
彼の失脚はまず間違いない。だからそれについての心配はいらない。
何度目かそう考え、ルルーシュは大きく息を吐いた。
上記のような内容は実行前に解っていることであり、そうでなければあの送信ボタンは軽々とは押せない。
しかし、彼の本当に知りたいことに関しては何から考えればいいのか分からない…だからこそ彼は何度も思考をループさせていた。

「C.C.、一つ聞きたい」

発せられた声はそう大きくはなかったが、先ほどからルルーシュの様子に注意を向けていたC.C.には十分な音量だった。
無言で先を促すと、ルルーシュは僅かな逡巡の後言葉を続ける。

「俺は死んだはずだ。…何故生きている」

「わからない。私はてっきりお前の仕掛けだと思っていたが…その様子だと、違うらしいな」

暗い通路に反響する声は、余韻だけを残して消える。
ルルーシュの発した問いについては、それぞれが「目覚めた瞬間」から考えていた。

「俺は…何もしていない。ただ、あの時刺されて、意識が遠くなっていく中で――――お前の声を聞いた。
驚いて目を開けたらあそこに立っていた。…お前と、契約を結んだ場所だ」

「私も似たようなものだ。
不思議なものだな、離れていても私にはお前が刺された瞬間がわかったよ。ひどい気分だった。
目の前が真っ暗になって、何かが失われたとはっきり感じた。お前の名前も、呼んだかもしれない。
後はお前と変わらない。私はあの男に殺されていて、そしてお前が助けに来た」

彼らにとって状況は殆ど同じだった。
二人はかつて共犯者であり、短い時間を共に過ごしてやがて死に別れた。
そこで終わるはずだった物語はしかし、フィルムを巻き戻したように一番初めの状況から再度構成されている。
同じ場所、同じ人物、同じ出来事…しかし、少しずつその様相を変えているものもあった。

「―――C.C.、俺はまだ長い夢でも見ているようだ」

「かもしれないな。命が消える前の儚い夢。…だとしたら、今まで出来なかった事でもしたらどうだ?」

茶化すように微笑む彼女の声に、その実揶揄の色はなかった。
そのことが、返ってルルーシュの思考を僅かに明瞭にする。

「先ほどから俺はギアスを使おうとしたが発動しなかった」

突然話を変えるルルーシュを目を細めて見遣り、C.C.は次の言葉を待つ。
これが「夢」でない場合を模索しているのは分かったが、正直にいえば面白くなかった。
かつてあれほど努力したのだ。今の世界が夢であれ現であれ、ルルーシュはその望み通りに生きればいい、と彼女は思っている。
その真意に全くと言って良いほど気付かずにルルーシュは言葉を進めた。

「ギアスを使えない―――つまり、俺は今はただの人と変わらない。
その上、俺はあの軍人に頭を射抜かれて死んだはずだ。それが、こうやってお前と話をしている。
…傷は、もう無くなっている」

「夢だからではないか?」

「そして、ギアスが使えない代わりに以前お前がして見せたように他人の脳に何らかの衝撃を与えることが出来るらしい」

「便利な夢だ」

「そして俺を知らない周囲の中で、お前だけが俺と同じ記憶を持っている…」

「お前の夢だろう?光栄だな」

つまらない返事を繰り返すC.C.を見つめて、ルルーシュの眼光が鋭くなる。
怒っているのではない。しかし、少々苛立ってはいた。

「ふざけた言葉遊びはやめろ。何が起こっている」

「わからない、と言っているはずだ。―――ただ、お前のその状態はギアス能力者よりもコード保持者に近い、とだけ言っておく」

口にする通り、彼女にも現在何が起こっているのかは解らなかった。
ルルーシュの言葉を聞けば彼はコード保持者であるようだったが自分は未だコードを持っているし、もうひとつのコードは消滅した筈だった。しかも、もしルルーシュがコードを保持しているとしても現状の説明にはならない。
コード保持者は生命活動の停止と肉体の老化がみとめられないだけで、時間を巻き戻したり空間を飛び越えたりなどということは出来ない。
彼がコードを有しているのなら、枢木に心臓を貫かれたあの場所で息を吹き返す筈だった。
また、彼にはコード保持者特有の雰囲気がない。
それは、言い換えるなら。

「コードの気配が、薄い…?」

ぽつりとC.C.が呟いた言葉を、ルルーシュは黙して聞いた。
心中、ルルーシュもコードについて考えている。現在に限って言えば状況はコード保持者のそれに近かった。
しかし、ルルーシュはコード継承の条件は満たしていたが、コード保持者を倒した後にもギアスを使っている。
コード継承後はギアス能力が消滅すると聞いている以上、それはあり得なかった。

「そう、俺はコードを継承しなかった。コードは消滅したはずだ」

発した言葉に促されるように、再度心中に問いかける。
『本当に?』
コード保持者は死なない。それはもう何をしても死を迎えることはない。
かつて、深い海の底から「生還」した時C.C.はそう言って笑った。
それほどまでに堅固なコードが、しかし今回は消滅したという。違和感は、そこに端を発していた。

「C.C.、コード継承の条件は」

「十分に発達したギアス能力者が、コード保持者を殺害すること、だ」

「殺害…」

殺害、はしていない。しかし、彼は消滅し生命を繋ぎ止めることは出来なかった。それは殺害に近い。
自らが否定した両親の姿を思いながら、ルルーシュは目を伏せた。

「他には」

「他…まさか」

言ってC.C.は自らの胸の下に手を当てた。
そこには、忘れることもできないコード継承の日、高らかに嗤うシスターにつけられた傷跡が今もまだ残っている。
現在C.C.の体にある唯一の傷跡だった。

「条件なのかどうかは知らない。ただ、あの日…私も、通常なら命を落とすほどの傷を受けた。
―――その痕は、今でも残っている」

迷うように告げた彼女の言葉は、ルルーシュに一つの可能性を与えた。
コードの継承が、一方の死のみで行われないとしたら。
そして、コードは簡単に消滅せずに、次の「宿主」の命が消える瞬間を息を潜めて待っているとしたら。
枢木スザクに刺し貫かれた瞬間、ルルーシュはその資格を得たことになる。
沈黙したルルーシュに被せるように、C.C.は言葉を紡いだ。

「しかし待て。お前がもしもコードを継承していたとしても、この発現方法はおかしい。
何故時間が巻き戻される?しかもこんなにも過去に、だ。
コードにそんな作用は」

「ない、とは言い切れない」

ルルーシュが呟いた声に、反論することは出来なかった。
それほどまでに、C.C.ですらこの力のことを知らなかった。
それから先は言葉も交わさず、ただ只管に家路を急ぐ。互いに考えることは山積していた。









が、しかし。

「おかえりなさい、お兄様」

自宅に帰ったルルーシュを出迎えたのは、微笑みも麗しい愛すべき妹。
未だ開かぬ双眸にしかし十分すぎるほどの優しさを浮かべる彼女に、ルルーシュの思考回路は見事に故障した。

「ナナリー!」

帰るや否や自らを熱く抱擁する兄にナナリーは慌てた様子も見せずに微笑んだ。
本当は少しだけ、頬が赤い。

「どうかしたんですか、突然」

すまない、と言って離れる兄の気配を感じながら、ナナリーは小さく首を傾げる。
兄の様子がいつもと違っていたので気付くのが遅れたが、そこには兄のほかに誰かが立っていた。

「ああ、紹介が遅れたな。ナナリーこちらはC.C.」

「C.C.だ。よろしくな」

そっと差し出される手の気配。その優しい所作に、自分と同じような体の人との付き合いに慣れた人だろう、とナナリーは思う。
右手に応えながら、小さく返礼を返した。

「あの、C.C.さんは、その…」

どう聞いて良いか分からずに口ごもる彼女に答えたのは、彼女にとっても誰よりも愛しい兄だった。
しかし、この兄は外見からはそうは思えないほどに時々酷く鈍感だと評判でもある。

「友人だよ。とても大切な」

「友人、か。まぁいいだろう」

兄の言葉に少々ではなく複雑そうな女性の声が続く。
声音から女性の気持ちを少しだけおしはかって、兄の同級生の少女のこと思い出しながらナナリーは微笑んだ。
再度、C.C.に向きなおって。

「よろしくお願いします、C.C.さん」

彼女は来客を歓迎した。






その夜。
帰るふりをして以前のように部屋にいついた居候を前に、ルルーシュは帰路に考えていた言葉をさらに吟味しながら並べた。

「皇帝が有していたコードについては、俺が持っている可能性が高い」

言いながら、かつて親友に貫かれた胸の傷を押さえる。昼間は気付かずにやっていた所作だったが、現在はそこに以前見たC.C.のそれと同じものが刻まれていることを彼は知っていた。
複雑な表情の魔女は、かつての共犯者の瞳をじっと見返している。

「そのうえで問う。お前は昼間、コードの気配が薄いと言ったな。どういう意味だ」

「そのままだ。お前がコードを持っているような気がしない。もちろん、ギアスもだ。
第一次東京決戦の時ナナリーのことを言っただろう。あの時のような…コード保持者の雰囲気がないんだよ」

以前、彼女はコード保持者V.V.の動向を端的にではあるが感じていたらしい。
そのようなときに感じた雰囲気がルルーシュにはないとのことだが、それは到底ルルーシュにはわからない感覚だった。

「俺はコード保持者ではない…?しかし、状況はそれを指している」

「それはその通りだ。しかし、お前には何かが足りない」

言われてふと、ルルーシュの脳裏に閃くものがあった。
それは、彼がコードの深みに触れたときの記憶だった。

「ミュージアム…お前が俺を匿った、あの記憶の美術館はコード保持者なら誰しもが持っているのか」

質問に、C.C.はひどく面喰ったように答えた。

「当り前だろう。あれは連綿と続くコード保持者の記憶の集大成だ。
私は、ひょっとするとあれを残すためにコードは存在しているのかとさえ」

「―――それだ」

C.C.の言葉をさえぎってルルーシュは呟いた。
決して強くないその声はしかしC.C.の気を引くには十分の力を有しており、彼女は小さく首を傾げる。

「お前が気配が薄いといったように、俺のコードは現在十分ではない。
その、記憶の集大成とやらを俺は感じないからな。そして、それがこのふざけた巻き戻しの原因だ。
思えば、ギアスは周囲の者に変化を与える能力…そして、それに振り回されずに事態を観察できるコード保持者はただの記録者としてはうってつけという訳だ…。今回の状況も「事例」の一つ、か…?」

自ら納得するように呟くルルーシュの真意が見えず、C.C.は説明を求めた。
そうしながら、ふとおかしなものだと思う。彼女の感覚ではもう生きてルルーシュに会うことはかなわない筈だったのだ。
それが、こんな風に苛々しながら彼に説明を求めている。
それが彼女にはとても幸せだった。だから、この状況が夢であろうと現であろうとひょっとしたら知らぬうちに手を出していたリフレインによるものだろうとかまわなかった。それほどに幸福だった。

「つまり、コードの目的は…コードに、存在目的があるとすれば、だが…記憶、だ。
コードはあらゆる情報を記録して覚えていることに重点をおいて存在している。
それはただの人の一生も、ギアス能力者の変化も、それによってさらに変動する世界情勢も…だ。
それらの情報を繋ぎつつけるためにコードがあるとすれば、この巻き戻しの原因は俺のコードが不確かであること。
そして、解消方法は一つ。
―――先代の保持者を殺害することだ」


恐らくそうやって記憶は引き継がれる。
ルルーシュの声は低かったが、C.C.にとっては感謝してもし足りないほどだった。




















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*不必要な補足*
逆行の理由が思いつかなかったのでこんなふうに。
原作でコードって何??と思っていたので利用させていただきました。
神様もいることだし、レコーダーがあってもいいんじゃない、位の気持ちです。







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