inserted by FC2 system --> --> --> --> --> --> --> -->
















ユーフェミアは自らの心の動きを静かに吟味していた。
学生でなくなることへの寂寥感。姉と同じ舞台に上がるのだという緊張。皇族としての責任感。
そして、初恋の相手を喪った場所に赴くのだという不思議な胸のざわめき。

(ねぇルルーシュ、貴方がくれた手紙がとても嬉しかったのよ)

胸の裡で語りかけることは、頻繁ではないが珍しいともいえない程度には馴染んだ行為だった。
幼いころ、人形のように綺麗な澄ました表情の義兄に微笑ましいとしか言えないような小さな初恋を抱いた。彼の妹と花嫁の座を争ったことを思い出して笑みを零せるようになるまでユーフェミアはそれなりの時間を要した。二度と会えないなんて信じないと泣きわめいて姉を困らせた日のことを昨日のことのように思い出せる。それからは、とても頭がよかった彼にあやかるように事あるごとに心の中で彼を呼んでいる。
いつも始まりは同じ言葉から。

(ねぇルルーシュ)

返事があると思っていない、というのは言い訳だと彼女は知っていた。
夢のように、同級生が読んでいた少女小説のように、いつか彼が返事をしてくれないかと半ば本気で思っているのだと知ったら心配性な姉はどんな顔をするだろうか。









夢中天 13







「エリア11の動向としは、恐れながら総督不在となっても特筆すべき変化は見られません」

周到に用意された書類に目を落としながら静かな口調で告げたのはコーネリアが格別の信頼を寄せる騎士である利発そうな外見の青年だった。
静かな理性の光を湛えた瞳が時には獰猛な戦士の色を浮かべることを知っているからこそ、コーネリアはこの男の言葉を芯から信じることができる。平和の味を知りすぎた腑抜けでは感じ取れない不協和音を探し当ててほしいとの期待を持って赴任先の情勢を探らせていたが、返ってきた報告は思った以上に平穏なものだった。

「噂では小賢しいネズミの残党があちこちに巣を作っていると聞いていたが…?」

「クロヴィス殿下の最後に実施された掃討作戦が効いているのでしょう。事実地下で何やら動いている勢力もあるようですが、ブリタニアに刃向かうどころか組織としてまとまることさえ出来るかどうか」

「日本解放戦線とやらは」

「残念ながら藤堂は捕縛していませんが、機会を見つけて一度捻ってやれば恐らく即時消滅するでしょう」

そうか、と小さく漏らしながらコーネリアは窓の外に視線を投げる。
今度の赴任はいつもの戦場を駆けるのとは違い、荒事がないからこそ些事に気を配らなければならない、と彼女は思っていた。妹の足場にしようという思いもあるが、嘗て親交の会った兄弟が命を散らした場所でもある。そのことにコーネリア自身こだわりを持ってはいなかったが、ユーフェミアがそうではないということは何かにつけ感じていたから、エリア11を平和な土地にすることは思いのほか収穫の多い事業だった。
瞳に宿る意思を強めて、コーネリアは情勢のほかの事情についてギルフォードに声をかける。

「他に、何か目立った情報は…」

言いながら、珍しくも明確性を欠く自らの発言に苛立ちを覚えた。
通常であれば、コーネリアは不明瞭な物言いを好まない。物事の要点をこれでもかとばかりに掴んだ、曖昧な回答を許さない詰問こそが彼女の望む報告の所作だったが、今回のことについてはそうも言っていられなかった。
何しろ、探れと命じたコーネリアその人が、何についての何を探ればよいのか分かっていないのだ。
義兄であるシュナイゼルのもたらした不確定な情報は正面から相対するには足りないが、看過することもまた出来ないと感じさせる何かがある。
しかしそれについて何を探れば、どのようなことに注意を払えばよいかが分からない。
高い情報技術を有していそうな組織を探らせることは当然やったが、それらしい報告は一切上がっていないし、おかしな動きをする団体も見られない。
そもそも、シュナイゼルの言った通信の話が本当だとして、ブリタニアの高い暗号技術を破って行うことが精々クロヴィスの密告というのがまた解せなかった。
何かある、そうコーネリアは睨んでいたがどちらに向いて警戒すればよいのかが分からないということは彼女にとって珍しい状態といえる。
口ごもるように言葉を切った彼女に、同じように動揺をにじませたギルフォードの応えがあがった。

「変わった、と言えば言えるのかもしれませんが…。以前姫様にご報告申し上げました不穏な企業・組織の一部が不自然な倒産、解体を余儀なくされる事案が散見されます」

それはコーネリア着任の際にはメスを入れねばならないと思っていた政府・企業の要人の黒いうわさについてのことだった。正に大きな変化と言えなくもないそれについてギルフォードが報告を渋っていたことを疑問に感じながら、コーネリアは視線だけで続きを促す。

「それらの事例に共通して言えることですが、それまでに見られないような情報漏洩や資金の散逸が認められています。また、その全てについて言えることですが情報提供者について…」

「情報漏洩…?」

気にしすぎているのかもしれない、そう思わないでもなかったがコーネリアはその単語にひどく反応している自分を抑えることができなかった。
クロヴィスが政治に興味がなかったとはいえ、被支配の元永らえていた小賢しいネズミが、時を同じくして同じように自滅している。そのことに引っかかりを覚えない方がおかしいのかもしれないが。
報告を遮ってしまったことに気付いたコーネリアが微かな声で詫びると、彼女の騎士もまた小さく頭を振った。言葉を探すように逡巡して暫く。

「その、情報提供者についてですが、当然明確なルートは判明していません。
しかし、ネットや噂で囁かれるには、人の行いを糺す人物がいるのだとか…それを、彼らはゼロと呼んでいます」

「ゼロ、だと」

その名を聞いた瞬間、コーネリアの中で何かが音を立てて合致した。
シュナイゼルの言う、コード0を操る空白の人物。
また、情報を思うままに弄ぶゼロと呼ばれる人物。
それが個人なのか団体なのかは知らねど、そこに繋がりがないと考えることは最早不可能だった。

「ギルフォード…どうやら私たちは思った以上に厄介な場所に赴くのかも知れないぞ」

乾いた声で言う主君に、彼女の騎士は己のなした報告の意味を知らぬままに頷いて見せる。
それが、コーネリアが初めてゼロのかける魔術に落ちた瞬間だった。
























「買い物に行こう」

特にすることもないまま生徒会室に入り浸るようになったロロは、ルルーシュの突然の誘いに暫し固まった。どうもこの調査対象は外見からは想像も出来ないほど人懐こい、と言うわけでもないのに、有言実行とばかりに夕食に招待されて以来事あるごとにロロを構いたがる。
そのこと自体は調査対象をよく知らなければならないロロにとって有難いことであるし、逆に突然現れた「親戚」に探りを入れているのだと解することもできた。ロロとてまさか自分が学問習熟のために通学しているとは思っていない。これが何かの仕事である以上、ルルーシュには何かの秘密がある、それは間違いないのだ。そして、秘密を持つ者は近づいてくるものを必ず警戒する。だからこそ、その警戒すら見破らなければならないというのがロロの立場なのだが、そう思えば思うほどに調子が崩れるのを留めることができないでいた。
ルルーシュは簡単にロロをテリトリーに入れる。時に、ロロを残したまま席をはずすこともあった。家の中を勝手に歩いても慌てないし、かといって特別これ見よがしに案内もしない(だから当然ロロの行動は大変驚かれたし、ナナリーの部屋の前にいた時ははっきりと本人がいない時は遠慮しろと言われた)。ロロの用意したものを何の躊躇いもなく食べる。ロロに与える物に不審な点は見られない。
しかも前述の通り別に誰彼構わず優しくして親交を深めているというわけでもないらしく、生徒会の人間と彼の妹、そしてロロ自身を除いては可もなく不可もない程度の付き合いしかしていない。
だから、ロロは実はこのルルーシュという人物が未だつかめていないのだ。
しかし誘われたからには何らかの返事をしなければならない。そしてロロは彼の情報を求めている。

「う、うん。兄さん、何か欲しいものあるの?」

言って、チクリと胸の痛むのを感じる。
「兄さん」
そう呼び始めたのは自分だった。と言うより、初めに強烈な印象と動揺を与えることができればと思ってわざと親しげな言葉を選んだだけだったのに、一旦そう呼んでしまって以来「ルルーシュさん」などと呼ぼうものならせっかくだから「兄さん」と呼んでほしいと本人から言われ、仕方なくこの慣れない言葉を使い続けている。

なお、その際ルルーシュは友人であるリヴァルにとうとうシスコンだけではなくブラコンまで発症したとさんざんにからかわれていた。
そして、その時も彼のよくできた妹は正に天使としか言えないような完璧な微笑みをロロに寄越した。
ロロはどうもランぺルージ兄弟が苦手なのかもしれない。

しかしそんなロロの内心を知ってか知らずか、ルルーシュは大変嬉しそうに言った。

「お前も越してきたばかりで慣れないところも多いだろう。遅れたが学園の周辺の案内と一緒に買い物を済ませようかと思っているんだ。今日は俺が夕飯の作るんだが、もし迷惑でないならお前も食べていくと良い。何か食べたいものがあるか?」

どこか喜々として言われるが、ロロには食べられないものもないが食べたいものもない。
こういうとき何と答えるのが模範的なのか分からなくなって、ロロは曖昧に頷いた。

「兄さんが作るものなら何だって」

言って、自分の選んだ言葉に青褪めた。
これではナナリ−のようだ。
お兄様の作るものなら、とか普通に毎日言ってそうな気がする。普通なら新婚夫婦のようだとでも言うのだろうが、それよりも余程甘くて濃密な時間が二人の間には流れているのだから仕方がない。

(その、ナナリーのような台詞を僕が!)

自分がどういう顔で言ったのか見てみたいなどとは決して思わない。
一生見たくないものが初めて出来た、とロロは明らかに動揺しながら顔を上げた。ルルーシュにおかしな顔をされていないか不安になったのだ。
しかし、ルルーシュがそれはそれは嬉しそうな、更に言えば誇らしそうな、まるでそれこそナナリーに向けるような微笑みを浮かべていたものだから、今度こそロロは完全に固まった。

「そうか、ロロは何でも食べられるんだな」

偉いぞ、と頭を撫でられる。そのルルーシュの微笑みが何故だか胸に痛かったので、ロロは今日の夕飯のメニューは決して忘れないように覚えていようと思った。



そして買い物に向かった先の雑貨屋でランぺルージ家に置いておくのだと言って「ロロ専用の」マグカップを購入されて、ロロは本当に、心から選ぶべき感情に迷ってしまうのだった。











同時刻、シュタットフェルト邸。
病弱なお嬢様の擬態を制服と一緒に脱ぎ捨てたカレンは厳しい目で液晶画面を眺めていた。
あの戦場からこっち、扇たちからの連絡はない。そして、何らの作戦能力を失った彼らに頻繁に連絡を入れる必要性を感じなくなったカレンからの連絡も最近は途絶えていた。
扇は兄の友人だしグループの人間とのカレン個人としての付き合いもあるが、サークルに入っているのではないのだから、意味もなく会ったりはしない。意味のない馴合いはいざというときの邪魔にしかならないのだと分かっているし、何よりもカレンには扇たちよりももっと待たなければならない先があった。

「…ゼロ」

都市伝説としては出来がいいものではない。
未だに日本人を名乗る弱者や、明らかに立場の低い者にとって悪魔のように憎まれた存在が最近目立ってその立場を失っている影に、正義の味方がいるらしい。
誰も正体を知らない彼を、誰が初めに名付けたのかは知らないが、ゼロと呼ぶらしい。
馬鹿げた話だとカレンは思う。嘗て日本で好まれた子供向けのアニメや特撮ヒーロー物でももう少しはマシな設定を思いつくだろう、と。
しかし同時に、心の一番深いところでカレン自身にもどうしようもないくらい騒いでいる感情がある。
カレンを助けた誰か。
カレン自身が驚くほどに彼女を大切にしている、もしくは必要としている誰か。
それがこの荒唐無稽な噂話につながっている気がするのだ。

(私はここよ…。いえ、知っているはずね?だったら、早く私を呼んで!)

それは何も出来ないという絶望が生んだ空想なのかもしれない。
しかし、それでも構わないと思えるほどにカレンは強い確信を抱いていた。
何もできないちっぽけな紅月カレンを必要としている誰かがいる、その誰かがカレンの名を呼ばわってくれたなら病弱なふりをするばかりの毎日を送るカレンにも出来ることがあるのだ、と。

カレンはずっと、紅い鬼神と共に目覚めるときを待ち続けていた。

































戻る  進む













inserted by FC2 system