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「自然な」微笑みを演出して、眼前の人物の心境を観察する。
大変美しく整った顔が次にどのような表情を浮かべるかでそれを推し量るのだと教わったのがどれ位前のことだったか覚えてはいないが、その技術は身についていた。
ほんの一瞬の顔面の筋肉の動きを注視する自分をどう思ったのか、「対象」が浮かべた表情は何の変哲もない困惑だった。






夢中天 12





「中学までは本国にいたのですが、両親が事故で他界して…。
施設に入るように言われたのですが、生前両親が兄さんたちのことを話していたのを思い出したんです。まだ幼い時分には一緒に遊んでいただいていたとか。
どうせ知らない人たちの中で生活しなければならないのなら、少しでも近しい人の傍にいたくて」

すらすらと自らの境遇を語る少年に、元気で単純、朗らかが取り柄のシャーリーは涙ぐまんばかりに同情し、言葉を区切るたびに大きく頷いていた。同様にリヴァルも表情に憐みを乗せない様に留意しているものの、相槌の声は当然ながらやや重い。これもまた少年の心情を慮っているのは明白だった。勿論それはいつもの定位置であるPC前の椅子を回転させて少年を見遣っているニーナにも同様のことが言える。
愛すべき生徒会メンバーを視界に納めながら、ミレイはそっと副会長の様子を窺った。
自分とルルーシュ、その妹以外は知りえないことだが、彼らに気安く「親戚」を名乗る者が現れてはならないことを思えば、ルルーシュの反応はこれからの指針を決定するために必要な情報の一つである。
理事長である祖父に転入生だと紹介され、生徒会に参加させるように指示があったのは祖父もまたロロと名乗ったこの少年の身元を危ぶんでいることを示していた。
また、祖父が危ぶむにとどまり何らの対応もしていないということは、彼の前歴が祖父の力ではたどれないということでもある。
心中激しい危惧を抱きながらルルーシュの対応を待つが、やはりというか、彼は一般的な「困惑」の表情を浮かべていた。

「遠縁…?すまない、よく覚えていないんだが」

戸惑いを乗せたまま一旦言葉を区切り、複雑な微笑みを浮かべて少年に向かい合う。

「ご両親のこと、大変だったろう。辛いこともあるだろうが俺でよければ何でも力にならせてもらう」

そう言って、改めて自らと妹の紹介を済ませると、それまで様子を窺っていたナナリーは穏やかにロロに声をかけた。それは両親を喪ったロロを気遣うものであり、またこれからの良好な関係を願う大変友好的な挨拶だった。
それを見遣ったミレイは、ひとまずロロの言う「境遇」の通りに振る舞うことが無難であるとみて、生徒会長の役割に戻る。

「ロロは高等部1年だから、わが生徒会にも後輩の仲間入りね!
ロロ、ナナちゃんは中等部だけどイベントなんかの際は一緒になるからよろしくね。
後は…今日は病欠だけど、もう一人高等部に生徒会役員がいるから、次の機会に紹介するわ」

ミレイの声を合図にシャーリーとリヴァルの自己紹介が続き、ロロははにかんだような表情で再度よろしくお願いします、と挨拶をした。


それが、ロロ・ランぺルージの入学した日の一幕。






数時間後。
平時は使用されないクラブハウスの一角で、ミレイは低くルルーシュに疑問を投げかけていた。

「親戚、ですって…?ルルちゃん、どういうことかしらね」

「さて。ランぺルージ性を名乗ったということは母方、であれば確かに俺たちが把握していない親戚がいても然程不自然ではありませんが」

分かり切ったことを言うルルーシュに、ミレイは視線だけで続きを問う。
不自然ではない、それは間違ってはいない。
マリアンヌは庶民の生れであったが、彼女が地位を極めた際にその親族は何の反応も示していなかった。
それはマリアンヌが天涯孤独であったとも考えられるが、同様に能力主義を専らとするブリタニア国内で、その親族がマリアンヌの栄達と自らを完全に切り離して考えていたとも取れる。
そうであれば「ロロ・ランぺルージ」の存在は然程不自然ではなかった。
ともあれ、彼の出自の真偽よりも問題とされるのは、何故彼がルルーシュの許に現れたか、である。
ルルーシュがエリア11にいることは誰にも知られてはならない情報であるはずが、彼はなんでもないことのように遠く海を越えてアッシュフォードへの入学を果たしている。
これに何らかの作為を感じずにいることは出来なかった。
しかし、ミレイの視線を受けたルルーシュは何でもないことのように小さく笑って言う。

「大丈夫ですよ、会長」

「ルルちゃん?」

普段であれば神経質なまでにナナリーの身辺に注意を払うルルーシュが今回だけは明らかな異変を看過することに不安を感じるも、ルルーシュの表情はミレイのよく知った…つまり、勝利を確信した時の性悪の笑顔だったのでミレイはそれ以上の追及を諦めた。

「OK、ルルちゃんがそう言うならひとまずはいいわ。
何か気をつけることはある?」

諦観の溜息と共に言う彼女に、ルルーシュは一つだけお願いをした。
即ち。

「いつも通りですよ。あなたは誰よりも楽しい学園生活の在り方を考えていてください。
但し、予算の範囲内で」








自室に戻ったルルーシュには、考えるべきことが山積していた。
まず、ゼロという存在の演出について。
ブリタニアに反逆する理由は以前からは若干変化したが、皇帝とマリアンヌの浅はかな野望を打ち砕くために、更には現状のブリタニア支配体制を崩すためにも、明確な足掛かりが必要だった。
それには、幾許かの不安要素があるとはいえ「英雄ゼロ」の虚像が大変役立つということは実証済みであるため、再度世界にゼロを認識させなくてはならない。
しかし前回使った舞台としての枢木救出は行われていない。また、世に訴える最も効果的な主題であった「クロヴィス暗殺」さえも実施されていないのだから、余程効果的な演出がないとゼロの存在は人の意識に残らないだろう。

また、皇女コーネリアについて。
彼女は武断政治を好むが、今のエリア11にその統治はそれなりに受け入れられるだろうことは想像に難くない。コーネリアとユーフェミアの分かりやすい飴と鞭に日本人が陥落させられた場合、衛生エリアへの昇格がなされれば戸籍改めがあることは分かっている。
そうなればナナリーの身の安全を確保することは一学生としてのルルーシュには困難だった。

そして、弟であるロロについて。
しかし、この問題についてはミレイが知れば激怒しそうなほどにルルーシュは危機感を抱いていなかった。
勿論、ロロの能力を疑っているわけではない。彼が本気でルルーシュの身辺を洗えばそう遠くない未来、ルルーシュの手は後ろに回ることになるだろう。しかしそれはあくまで彼が本気になれば、である。
正面からルルーシュの親族として接触させた敵の思惑を読んでしまえば彼が本気になることはひとまずないといえた。
つまり、彼を送り込んだのは恐らくマリアンヌ。前回との差異を考えれば分かるが、交信をしなくなったC.C.に対する牽制と様子見がロロに与えられた任務だと仮定すれば、ギアスの通用しないC.C.にロロの能力を活用するよう指示があるとは思えない。
今回ロロが送り込まれたのはあくまで有事の際に対する保険だろう。また、親族が現れた時のルルーシュの反応をもはかっていることが予想される。そのためにも、外見的特徴に類似点を有するロロを送り込むことは理屈として理解できた。
だとすれば、ルルーシュがロロに行うべきはただ一つ。
以前できなかった分だけ、弟を愛してやりたいと思った。


「甘いな」

突然投げかけられた声に若干うんざりしながら、ルルーシュは振り返ることもなく舌打ちした。
長くもない共同生活を通して、彼女が自分になくてはならない存在だと認識するには至ったが、それでも気に食わない部分がなくなるわけでもない。
視線だけを投げかけると、珍しく厳しい表情のC.C.が冷たい目線を返してきた。

「お前があの弟に含むところが多いにあるのは分かっているが、油断すれば足元を掬われるぞ」

「分かっている」

「どうだか」

それだけ言ってしまって、後は興味を失ったように鼻で嗤う。
気に食わない部分はなくなるどころか少しばかり増えたかもしれない、とルルーシュは思った。
溜息を一つ吐き、寝台にだらしなく寝そべる魔女にゆっくりと向き合う。

「ご心配いただき恐縮だが…生憎ロロにばかりも構っていられる状態じゃない。
早晩、ゼロとしての活動を始めなければならないだろう。覚悟をしておけ」

平坦な声で言いきったルルーシュに対して、C.C.は平時より大きな瞳を更に見開いて相方の顔を凝視した。
その表情にははっきりと意外であると書かれており、ルルーシュは僅かに意表を衝かれた思いがする。

「ゼロとしての活動、だと?ギアスもないお前が何かを始めるには用意が悪すぎるようだが。
今のお前に何ができる。確かに最強ランクのKFを一機有してはいるが、世界を巻き込む動乱の火種としては小さすぎるだろう。
何を焦っている?」

言い聞かせるように言葉を連ねる魔女にいつもの性悪の笑みを返しながら、魔王は彼女の言葉の先を促す。
言うべきことを全て吐き出してしまった寝台の上のしどけない女性は顎を引いて魔王を見遣った。長くもない付き合いだが、ルルーシュがこの笑みを浮かべた時は説得が通用しないものだということを思い知っていたため、多くの言葉は必要ではない。

「C.C.、分かっているとは思うが以前は外的要因としてゼロの出現を急がされていた。
それは枢木スザクにかけられた嫌疑が、また虜となった生徒会メンバーがその要因として。
しかし、具体的事象は生じていないとしても、俺たちに時間がないことは何も変わっていない」

耳に心地よい声が流れるように自らにとって不利な要件を挙げ連ねてゆく。
曰く、皇帝の野望を阻止せねばならない。これにC.C.の協力がないため計画が失敗に終わるとしても、それを原因にシュナイゼルの台頭がおこることはまた明確。
皇帝の野望を砕き、返す刀でシュナイゼルの政権を倒さねばならない以上、カリスマとしてのゼロの存在は不可欠である。
個人的事由としてもエリア11には不安でない程度の混乱が存在していないとならない。
等々、ルルーシュの声は澱みなく続いた。結果、降参とばかりに大きな息を吐いたのは当然ながらC.C.の方だった。

「それで、まず何をするつもりなんだ」

「活動を始めるとはいっても実行力に窮しているのはお前の指摘通りだ。
だからこそ、一先ずは『正義の味方』としての概念を確定するためにも、エリア11の不正役人や程度の甚だしい裏社会の屑を情報面から崩していく。
初めはゼロの存在はまあ都市伝説レベルで受け取られれば上々だろう。
実体としてのゼロの演出はそれ以降、時期を見て…ということになるだろうな」

「偽者が現れそうだな」

「それも一興だろう。都市伝説は真に受ける者が多ければ多いほど利用し甲斐がある」

そう言って、誰もが目を奪われんばかりに美しい笑みを浮かべた少年を魔女は何とも言えない面持ちで眺めた。










「ルル、これ何処に持っていけばいい?」

尾を振る仔犬の様子を思い起こさせるような表情で声を上げるシャーリーを見遣り、嘗て魔王と呼ばれた台所の支配者は短く指示を飛ばす。
催事好きの生徒会長の企画した祭りという名の大掛かりなお茶会は、時期悪しく学力試験の前になってしまい、一般からの参加を募ることは出来なかった。
それで大人しく諦めてくれれば話は早いのだが、良くも悪しくも生徒会役員ともなれば学力に極端な不安がある者はおらず、それなら試作会だ、とばかりにいつもより豪華なお茶会が実施される運びとなった。
勿論、名目上は「万国博覧」スイーツビュッフェとして、である。

「中央のテーブルに、人数分に分けて配置してくれ」

「りょーかいっ!」

見ていて心地よいほどくるくるとよく働くシャーリーの傍らでは、それなりに馴染んできたらしいカレンが信じられないものを見るような眼で徐々に飾りつけられるテーブルを眺めている。
彼女自身料理は一切できないため、学生有志のお茶会などたかが知れていると思っていたが、生徒会長および副会長は魔法の指先でも持っているのかもしれない、と思わざるを得なかった。
それはカレンよりも生徒会役員としての日が浅い少年、ロロも同様だったらしく、幼さを残す表情を驚きの色に染めている。

「あの、料理、得意なんだね」

やや茫然としながら車椅子に座すナナリーに向けて呟くと、まるで自身が褒められたかのように嬉しげに頬を染めた少女はやや大げさなほどに頷いた。

「そうなんです。お兄様は昔から何でも出来るんですよ!
今も咲世子さんと交代でご飯を作って下さるんですが、いつもとても美味しいんです」

へぇ、と漏らすしかできないロロに、仕上げとばかりに美しい甘味を持って現れたルルーシュの声が掛る。

「もし良かったら今度一緒に夕食でもどうだ?」

「素敵です!」

ロロにかけられたはずの声にナナリーがまず反応を返し、その提案を喜ぶ旨を伝える。
完全に呑まれたロロは何とも応えをし難く、なんとなく視線を巡らせた。視線の先では何とも羨ましそうなシャーリーがルルーシュの背中を見つめていて微笑ましい。
返事をすることができないまま、ロロはなんとなくいたたまれないような気分になった。

思えば今回の任務は意味が分からないことだらけだ。
突然普通の学校に通えと言われ、よくわからない前歴を用意された。それだけなら特段珍しくもないが、任務の内容はこの学校に通うランぺルージという兄弟と親しく接するよう、の一文だけだった。
勿論それを文面通りに受け取るつもりはない。恐らくこの兄弟に変事があった際には報告すべし、の意味が隠されているだろうことは分かっていたが、その変事の方向性も分からないとなれば行動の仕様もなかった。しかし、と思う。ロロが所属している組織には恐らく穀潰しはいらない。それは勿論どの組織についても同じことが言えるだろうが、ロロの思う「要らない」はもう少し積極的な、即ち役立たずはその存在を消されるに違いないという確信だった。
直接命を奪われることはないかも知れない。
しかし、あの薄暗い場所で誰からも何も期待されずにただ存在を黙殺されるような生活を送るのだと想像するだけで、ロロは底知れない恐怖を覚える。
ロロは今まで役に立ってきた。それを嬉しいと思ったことはないが、それが自分の在り方だとは思っている。だからこそ、今回の任務でも予測された範囲を上回るだけの実績を上げなければならない、とも。
それを思えば、この誘いは好都合だった。接触し、通常の彼らの様子を知り得なければ彼らの変化に気づくことは出来ない。
意を決して、小さく息を呑んで声を発した。

「良いんですか?嬉しいです。是非ご一緒させてください」

作り物の笑顔と歓喜の声は意識しさえすれば直ぐに生み出すことができたので、ランぺルージ兄弟にはそれが作為的なものだとは思わせなかったとロロは確信する。
何故なら、傍らの盲目の妹だけでなく、その兄である副会長も心から嬉しそうに微笑んだのだから。





それは着任が決まった皇女コーネリアがエリア11に訪れる1週間前の出来事だった。
















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ロロの学年が公式と異なりますが、
まぁ潜入なんて実年齢関係なく適宜やるんじゃ、と思っています。







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