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鳴り物入りで就任した新総督のお披露目は、しかし一般人から見ると他と大差ない、何も目新しくない挨拶に終始した。
暫しの総督不在の期間に弛んだ気分を払拭し、一日も早い治安の安定と生活レベルの向上を目指し、広く住民にはそのための協力を義務付ける…等、特別聞かずとも予想の付く範囲の訓戒を述べる。
儀礼的なそれに大した意味がないことはコーネリア自身よくわかっていたが、それでも必要なけじめというものは存在する。

良いように編集された画像がニュース番組で使いまわされるであろうことを視野に入れながら、それを見るはずの不特定な「誰か」に対する強い感情を込めて、コーネリアは嫣然と微笑んだ。
骨のある人物との対峙は彼女の嗜好に大変一致していた。








夢中天 14







「変質者だ」

口の中で小さく呟いて、しかしその場を立ち去る気になれず、枢木スザクは小さく息を吐いた。
眼前には絵本の挿絵にでもなりそうな一部の隙もなく美しい光景。立派な門から奥にまっすぐと伸びた道を辿れば、そこにはスザクと同年代の少年少女が勉学に励む白亜の学舎が鎮座している。一時間程前に正午の鐘が鳴ったため、恐らく現在は午後1コマ目の授業が行われているのだと推測できた。それを証明するように、門から連なる壁の向こうは静かな静寂に沈んでいる。周囲には人影もない。
そんな状況で門にへばり付いて内部を窺う自分は、はっきり言って変質者にしか見えないと思う、とはここに立ち始めてから既に30回以上は脳内に反芻していることだった。
しかも自分は名誉ブリタニア人。見る人が見れば不穏なことにもなり兼ねないのだが、やはりどうしても立ち去る気にはなれない。

「ルルーシュ…君は此処にいるのか…?」

先日、シンジュクで僅かな邂逅を果たした時、彼は学生服を身に着けていた。
その時は何の情報もなく、ただ彼が生きていたこと、詳しい状況は分からないなりに学生というある程度の生活の基準が垣間見えたことに感激していたのだが、上司の都合で引っ越しを余儀なくされてスザクは頭を鈍器でしこたま叩かれたような衝撃に見舞われた。
何しろ、勤務先の向かいにある高校の生徒がルルーシュと同じ制服に身を包んでいるのだから。
見間違いということは考えなかった。何故なら、あの日のルルーシュとの短い再開の瞬間は毎夜スザクの夢で繰り返し再生されているのだ。極限状態で意識に焼き付けた光景を見忘れるほど自分が馬鹿でないことは既に知っている。今でも忘れられない幼少時の赤い記憶がそれを証明していた。
遠く眺める校舎に、枢木スザクの嘗ての行動の理由が生きている…そう思えば、身の内が焼け焦げるほどの焦燥を感じる。
大切な友人たちの姿を確認して、あの日の自分は間違っていなかったのだと思いたかった。
否、間違っていたのだ。それは十分承知している。ただ、例えそうだとしても誤った選択肢の中でも何かの意味があったのだと思いたい。
あの健気で美しい兄妹が無事に成長していれば、あの日のスザクは二人分だけ救われるのだ。

そういった自分の気持ちに気付くことなく、スザク個人としては心から友人の無事を祈って、彼はまだそこに立ち尽くしていた。












「暇人が」

短く吐き捨てた美少女は、芳しいピザの香りに包まれながらにんまりと悪人の笑みを浮かべた。
おもえらく、正義の味方はあくにんが務めた方が良い。だとしたら自分にも根暗にPCに向かう無駄に整った外見の男にもその素質がありすぎるのだ。自分の才能が怖い。
意地の悪い笑みを断続的に零す不気味なC.C.に、慣れたものだという表情を隠しもせずルルーシュは溜息を吐いた。

「暇人ではない。便利で優秀な、お前が寄越したもので唯一有用だった欠陥付きのギアスが使えない以上、頼れるのは金だ。幸いにも情報操作では圧倒的な能力を誇っていたブリタニアの知識が通用する内に、貰っても心が痛まない処から融通してもらうのは今後のためにも必要なことだ」

気持ちよく勘違いしたルルーシュの御託を聞きながら、C.C.は緩やかにほほ笑んだ。
彼の言うとおり、様々な操作を重ねて、今や彼の隠し財産は「前回」の黒の騎士団所有の財貨に比して軽く数倍ではきかないだろう。数十倍なのかそれ以上なのかは知らないが、金にあかせて暗躍する正義の味方もシュールで麗しいと思った。

「全くだ。黄金色のお菓子が世界の趨勢を決めるのは珍しくはないな。
しかし、どうするつもりだ?カレンは切り捨てられないにしても、今のお前には実行力がなさすぎる。
まさかサブリミナルな動画を配信して愚かな人民を洗脳するのだ!!とか」

「俺がいない間に訳のわからない文化に触れたようだな。なんだその夢見る世界征服計画は」

思い切り呆れられて、ピザを愛する少女は鼻で嗤った。
はっきり言って彼の父たる皇帝は実際夢見て世界を制圧していたのだから、ネットの痛い書き込みくらい笑って対応できないでどうするというのだ。
何も言わないまま視線だけを固定していたC.C.に対して、どうやら一仕事終えたらしい彼女の共犯者は丁寧にPCの電源を落としてから振り向いた。

「心配しなくても元々俺の実行力はあの扇たち一派だけだった。
カレンは異常なまでの拾い物だったが、それ以外は数として計上することもできない。だとすれば、紅蓮とカレンを上手く使って実際のパフォーマンスをしてやれば前回のように兵隊を集めることは不可能ではない。それどころか、前回以上に資金は潤沢だし相手の穴も知っている今の方が物事を運びやすい」

「そう上手くことが運ぶか?」

「運ばなければ俺たちで動かせばいいだけだろう?」

言って、見蕩れるほどに優美な極悪人の笑み。
その表情に筆舌に尽くし難いほどの愉悦を感じながら、C.C.は計画の成功を確信した。
だって、これほどまでに彼は正義の味方に相応しい。

「手始めに何をするのか、決めているんだろう?」

「勿論。まずは放っておけないことが一件。
カレンの母親はリフレインへの中毒症状がひどいようだった。末期になればなるほど頻繁に手を出していたはずだから、前回よりも早い段階で彼女を薬から隔離出来れば、回復は飛躍的に早くなるだろう」

それをカレンの心を掌握するための手段として利用しないあたり、彼はやはりまだ正義の味方としては未熟なのかもしれない。
その証拠として、彼の浮かべた表情はとても名だたる悪人のものではなかった。









ともあれ、ルルーシュはC.C.のそのような感慨も知らぬまま教室に戻った。
午後一番の授業を受け持つ講師は随分と気の抜けた人物なので、定期考査の結果さえ基準値を満たしていれば揉め事は起こらないので内職の時間にシフトし易くて好感がもてる。
授業の終了とほぼ同時に教室に戻ると、心配していたらしいシャーリーに叱られた。

「こら、ルル!リヴァルがいるから大丈夫かと思ってたのに、一人でサボりに行ってたでしょ」

まずそれはないと思いながらも体調不良の可能性を考慮していたため、叱責の声にも力が入る。
適当に会話を流していると、調子に乗ったリヴァルまで薄情だと訴えるため苦笑した。
放っておくと話が長くなりそうだったので早めに方向を変えてしまうことにする。

「ごめん、気をつけるよ。それはともかく、そろそろ会長の血が騒ぎ始めるころじゃないのか?
シャーリー何か聞いていないか」

「もうっ直ぐ話を逸らすんだから!」

逸らさせてほしい。
正直こんな時でないと会長の祭り好きは利用できないのだから、話のネタ振りにくらい役立っても良いだろうとルルーシュは思う。
怒気を顕わにしていたシャーリーも思い人のサボタージュについては慣れたもので、ひとしきり小言を聞かせて気がすんだのか、顎に人差し指をあててミレイの言葉を思い出していた。
ルルーシュが知る別の人間がやれば芝居じみて嫌味なその仕草も、明るく可愛らしい雰囲気の彼女がやれば大変微笑ましい(勿論彼の天使ナナリーは何をやってもその愛くるしさを損なわない)。

「えっとね、そう、旅行に行きたいよねって。
会長がちょうどいいところ知ってるんだって。ルル行ったことある?河口湖」

「駄目だ!!」

朧気な記憶を引きずり出した彼女の返事に、ルルーシュはこれ以上ないというほどに声を荒げた。
一瞬教室が静かになって生徒の視線がルルーシュに集中する。普段物静かな副会長の厳しい声を初めて聞いた者も少なからずいたため、誰もが目を見張っている。
それに気付いたルルーシュは暫し言葉を探し、やがて言い訳のように呟いた。

「…考査が終了したタイミングでは河口湖のあたりは騒がしいから、他を探した方が良いだろう。
サクラダイトの分配会議があると言われているし、別にそのタイミングである必要はない」

「そう?」

「って、軽いなぁ」

おかしな剣幕のルルーシュの言葉に対する返答としてはあっさりとしたシャーリーの声に脱力しながら、リヴァルが苦笑する。それで教室の空気は通常のものに戻った。
まるで計ったかのように午後2コマ目の開始のチャイムが鳴り響き、物音と共に席に着く生徒たちを横目に眺めながら、ルルーシュは内心冷や汗をかいた。
河口湖のことを失念していたわけではないが、状況が変わった以上シャーリーたちが事件に巻き込まれた際の安全は保障できない。
勿論事件自体は良い舞台として利用するつもりだったが、対策はこれまで以上に綿密にしなければならないだろう。それは勿論彼女たちの小旅行の目的地を変えさせることも視野に入れて。
知らないはずのことを知っているという事実によって疲労感を覚えるのはこれが初めてで、ルルーシュは少しめまいを感じた。













「ルルーシュ…!」

またもや、めまいを感じた。
あれ、何でこんなに疲れているのだろう、と他人事のようにルルーシュは思う。
そうだ、疲れているのだ。今日はロロを連れて租界を歩くのは止めにして、昨日咲世子が買った新しい茶葉を振る舞うのも良いかもしれない。ナナリーもきっと喜ぶ。
しかし生徒会で話題になった期間限定の焼き菓子を、珍しくもロロが食べてみたいと言ったんだ。
それなら、希望を叶えてやるのが兄としての務めだろう。いや、むしろ無上の喜びだ!
任せろロロ、これからもリクエストはいつでも受付可能だ。お前は自分に好き嫌いがないと思っているようだが、好みの味のものを口にした時は少しだけ幸せそうに微笑むんだ。
そんな簡単なことに誰も気づいてやっていなかったんだな、大丈夫だ、これから好きも嫌いも一緒に探していこう。

「…どちら様ですか」

これ以上ないほどに警戒心に溢れたロロの声に、漸くルルーシュは目前の事態に対面する気概を取り戻した。小型犬のように警戒した(その実力を考えれば軍用犬に近い)ロロがきつい視線を向ける先には、何と言えば良いのか分からないとばかりに動揺した嘗ての友人が茫然と立ち尽くしていた。

(スザク…!どういうタイミングなんだ…!!)

そういえばスザクは以前大学に間借りしていると言っていた。それから考えればスザクと自分との邂逅は特別不自然なことではないと言えるだろう。しかし、何も出待ちする必要はないはずだ、とルルーシュは思う。
ロロを伴ってお出かけ、と門を潜った瞬間に感極まった声で名を呼ばれ、対応が遅れたばかりにロロは分かりやすい反応を示していた。
勿論ルルーシュとてスザクが自分を心配していたことは痛いほどに理解している。
しかし以前「僕たち他人でいよう」と白々しいことを言うだけの知能があったならもっと目立たない方法で様子を見て欲しかった。実際、心配でいてもたってもいられなかった様子のスザクはこれから先のことについて何も考えはなかったらしく、気まずげに佇むばかりだった。
ふと、自室で嫌な笑みと共にC.C.が零した言葉が脳裏に蘇る。曰く、暇人め、と。

(あの性悪、気付いていたのか)

やはり彼女の愉快犯的性格とは上手く付き合えない。
暫くピザを与えないことも考えたが、不満を呑んで退屈した魔女の暇潰しを想像すると胸が苦しくなるのでやめておこうと即座に決めた。

「…兄さん、知り合いの方?」

「兄さん!?」

控え目なロロの質問に、今度はスザクが噛みつく。茫然とルルーシュと「その友人」を見つめていたスザクの瞳に険呑な光が宿りルルーシュは頭を抱えたくなった。
現在のルルーシュをどう呼んでいいのか判断に窮したらしいスザクは視線で友人を捉え、底冷えのするような声で問いを発する。

「兄さんって、どういうこと」

「こちらの質問が先です。見たところ名誉の方のようですが、うちの兄さんとどういったご関係ですか」

心なしか、「うちの」の箇所に力が入っている気がする。
外見とはとてもそぐわない荒い溜息を吐いて、ルルーシュは遅ればせながら事態の回収に乗り出した。

「ロロ、彼は俺の友人だ。幼い頃ちょっとした切っ掛けで親しくなってな。
スザク、こちらは俺の遠縁の親戚のロロだ。最近越してきたばかりなんだ」

言って、スザクに視線を投げる。あまりにも空気を読まない性格の友人だが、不思議とアイコンタクトは成功することがある(確率は不問としたい)。
ルルーシュは小さな奇跡に賭けてスザクに頷いて見せた。

「…ルルーシュの古くからの友人で、枢木スザクといいます」

アイコンタクト成功。呼び名が間違っていないことは上手く伝わったらしいが、どこか釈然としていないのは声音からも明らかだった。
それが友好的な雰囲気を欠片も有していないとはいえ、年長のスザクが自己紹介をしたからには黙っているわけにもいかず、ロロは相変わらず訝しげな声で告げる。

「ご紹介にあずかりました、ロロ・ランぺルージです。兄さんには毎日とても良くしてもらっています」

ロロとスザク、互いに探るような視線に耐えかねたルルーシュは小さく咳払いをする。
片や任務に関わる可能性のある事態の発生、片や友人の身を案じてくれている有難い心遣いで、分かっているからこそ気まずくて仕方がなかった。

「スザク、お前このあたりに住んでいるのか?もし良ければ近いうちにゆっくり話でも」

「兄さん、ナナリーが待ってるよ」

挨拶混じりに終わらせるはずだった会話をロロに無残に断ち切られ、ルルーシュは再度頭を抱える。
しかし今度こそ上手く空気を読んだらしいスザクが、小さな苦笑をルルーシュに向けた。

「忙しそうだから、僕はここで…。ルルーシュ、君が無事でよかった」

言うが早いか、きっぱりと踵を返して大学の構内に姿を消す。それがスザクなりの、大学に連絡を寄越せというメッセージなのかそれともルルーシュならスザクの足跡を辿ることくらいたやすいという信頼の証なのか…或いは今後の連絡を望んでいないという意思表示なのかは判じかねたが、ひとまず睨み合いが終了したことに安堵して息を吐く。
ロロが物言いたげにしていたが、特別フォローが必要な局面でもないと割り切った。

「悪かったな、待たせて。行こうか」

言うと遠慮がちに、しかし明らかに嬉しそうに微笑むものだからルルーシュは苦笑した。















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