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「スザクさん、スザクさんなのですか」

 素朴な驚きの色合いを強く含んだ少女の声は、それ以上に明らかな喜色に満ちていた。少年の手を優しく撫でて記憶と照合させるその柔らかな掌が震えているのが、傍目にも良く分かる。まだ幼いまろやかな頬には、戦争で離ればなれになっていた彼との再会とその無事を喜ぶ感情の波が滴になって流れた。

「…僕だよ、ナナリー」

 言葉だけをみるなら端的に応えるスザクの声も、普段よりも深みを増しているように思える。それはルルーシュにとって一つの理想といって良い光景だった。嘗ては、それが永遠に続くようにすら願った程に。無論、今となってはスザクにも、当然ナナリーにも違う未来を望んでいる。「今回」も彼らの未来を操作しようとしていることを思うと、愚かにも変わらない自身の傲慢さに呆れを覚えないでもなかった。

「ナナリー、スザクはアッシュフォードに編入したんだ。これからは…いつもではないが頻繁に会える」

「本当ですか…!」

 小さな箱庭の平和の中で、微笑む少女は善意の象徴のようだった。








夢中天 36








 政庁での自身は副総督であり、軽々しい行動は慎むべきだ。それを分かっていながら、ユーフェミアは小走りでエリア11総督を探している。先日日本解放戦線を逃した彼女は、しかし当然ながらその不手際を引き摺りはしなかった。今日は、イシカワの不穏分子を叩くために兵を出すらしい。反ブリタニアの中心的存在でもあった日本解放戦線が国外に逃れた今、各地に散らばるテロリストを殲滅するには良い機会であることは確かだった。
 無論、その中には黒の騎士団も含まれる。
 ユーフェミアは将としての姉の力量に不安を感じている訳ではないが、戦場を駆けるということは覚悟を忘れないことでもあるのだろうと思っていた。それを姉も、あの黒い仮面の男も知っている。

「総督!」

 漸く見つけた姉の姿に、短く声をかけながら駆け寄る。声に応えて視線を寄越した彼女は、普段通りの自信に満ちた静かな戦意を伴っていた。姉の騎士であるギルフォードも傍らに侍しており、それだけを見れば何の心配もないようにも思える。

「すまないな急で。美術館の方は良いのか」

「式典は午後からです」

「そうか。…どうやら、随分慣れてきたようだな。この間も学会に参加したと聞いたが」

 出陣の準備をしていたコーネリアは、溺愛する妹のために柔らかな笑みを浮かべる。しかし、話を向けられたユーフェミアは暫し返す言葉に詰まった。美術館の件はともかく、先日の学会はどちらかというと個人的な意欲の向きが強い。しかもそれをほのめかしたのは姉と命の遣り取りを繰り返している反ブリタニア勢力のリーダーだった。若干言葉を濁して頷いた副総督は、自身の行いを省みる。総督としての力を存分に振るう姉と異なり、自分は無力という言葉ではすまされないほどに何も持っていなかった。力を得るための行いは、ユーフェミア個人のものか、副総督としての責務の内なのか。

「そう不安な顔をするな。こちらにはダールトンを残してゆく。
 …それと、そろそろお前も騎士を持つべきだろう」

 柔らかな姉の表情と総督としての厳しいそれを織り交ぜた笑みを見せたコーネリアは、己が妹に一つのファイルを手渡す。その言葉と手の中のファイルが持つ意味に、ユーフェミアは目を瞬かせた。目顔で促されるままに中を確かめると、そこには若く凛々しいブリタニア人の写真が並んでいる。彼らの共通点はそれだけではなく、全ての者の瞳には自らに対する強い自信が表れていた。

「お前の騎士はこの中から選ぶように。どれも優秀だ。家柄も確かだしな」

 そう告げる落ち着いた声は、同時にどこか誇らしげでもあった。それも当然なのかもしれない、とユーフェミアは思う。イレブンを蔑視する姉の思想の根底には、ブリタニア人こそ最も優れた人種であるという信念がある。その能力を誇るのは、何ら不自然ではなかった。
 見るともなく写真に目を走らせながら、副総督は先程の言葉を脳裡に思い返していた。姉は優秀だといった、それは頭脳も体力も、そして戦働きの巧みさをも示しているのは間違いない。それは、明らかな力だ。だが、それだけではない。

(家柄…)

 当然のように付け加えられた条件もまた、ブリタニアにおける力の一種だった。総督が挙げたそれらの条件が絡まり合って、この社会の序列になる。

(わたくしは、)

 呑み込めない何かを胸に抱えてしまった副総督は、敵である男の声を思い出していた。戦力ではない、既存の力ではない何かを見つけろとその声は囁く。それに従いたいが、自分の予定は既に決められていた。美術館に赴き、記念式典を執り行う。

(無力? いいえ、違うわ。これだってきっと、一つの機会)

 姉なら一笑に付すだろう。美術館を建てた兄ですら趣味の範囲に留めるに違いない。しかし、現実は違うのではないかと思わずにいられなかった。平和を愛し美しいものを尊ぶ、その精神は力にはなり得ないのか。
 仮面の男であれば何を言うだろうかと考える程度には、副総督は彼の声を重んじるようになっていた。









 くすんだ色の実用的な衣服を身に纏った四人の男女の視線に窺うような光が宿っていることに気付いているゼロは、芝居じみた鷹揚さで頷いた。

「お受けしよう」

「…有難い!」

 そう言った厳つい男の名を、ゼロは忘れてはいない。仙波崚河、彼はかつて太平洋奇襲作戦で命を落とした。彼の声に励まされるようにやや緊張を解いた面々が「前回」は適度に…あくまで適度に、扱いやすい駒だったことも良く覚えている。その彼らが上司である藤堂救出の助力を必要としていることも、キョウトが彼らと黒の騎士団の仲介をするのも「以前」と何も変わっていなかった。
 変わっているとしたら一点のみ、つまり黒の騎士団における藤堂の重要性だけといって良い。現在、黒の騎士団は「以前」に比して格段に強力な一団として成長を遂げていた。それはルルーシュの持つ単純な知識だけではなく、それを基にした潤沢な資金や変化した流れが齎した戦力によるもので、今となってはコーネリアに対しても余裕ある戦術展開を許している。それ故に、ただ藤堂一人が必要かと問われれば否と応えることも可能だった。

(それだけではない…片瀬が生きている以上、藤堂の動きを完全に制御することは難しい)

 日本解放戦線を国外に逃がした、それは日本人に対する宣伝効果のみを狙ったのではない。むしろそれは副次的なもので、中華に逃れた片瀬には後々派手に動いて貰う必要があった。その時、頑迷な思想に足を掴まれた藤堂が自陣にいることはマイナスになりかねなかった。それを思えばここでブリタニアが藤堂を始末するに任せるのも一つの手段ではあるが、ゼロとしてはともかくルルーシュとして見過ごせない事情がある。スザクに、知己の人物を手に掛けさせるのは忍びなかった。

「黒の騎士団は弱者の味方だ。あなた方の要求に応えることは然程難しくはない。
 …だが、これだけは覚えておいて貰おう。我々が救出するのは、あくまで囚われのいち日本人。奇跡の藤堂の今後の身の振り方については、救出とは無関係のものとさせていただく」

「なに、」

 ゼロの言葉を受けて、藤堂に心酔する青年が僅かに視線をきつくする。彼らからすれば今回のことは本隊である日本解放戦線を逃すための混乱時にブリタニアに強襲されたものであり、捕われとはいえ未だ藤堂の力に対する信は失われていなかった。それを今後の戦力として期待するのであればともかく、まるで不要であるかのように切り捨てられるのは納得できない。気色ばんだ彼を周囲が視線で抑える、それを見てゼロの背後を守るように立っていたロロは低く笑った。

「当然です。黒の騎士団には既に十分な戦力がありますから」

 得意げに語る彼は敢えて「戦力」という表現を選んだが、正確には自らと兄さえいれば他には何もいらないとすら思っている。無論カレンの実力は認めているし、黒の騎士団も兄が作っただけあって実に優秀な一団だとは認識していたが、それだけだともいえた。
 その子供らしくも無遠慮な発言は、先のゼロの言葉も相俟って朝比奈の神経を分かりやすく逆撫でする。敵意とまでは呼べないまでも不快感をあらわにした彼に、ゼロは心中息を吐いた。

「部下の非礼はお詫びしよう。ともかく、今後のことは時を移して協議させていただく。
 無論その時は、藤堂にも同席いただくつもりだ」

 反論や意見は不要とばかりに言い捨て、その場を後にする。事実、藤堂や四聖剣については彼らのリーダーである藤堂を欠いては話題に上げる意味もなかった。嬉しそうに後をついてくるロロには一言注意が必要だが、それに関しては既に考えがある。それを告げるためにも、ゼロは足早に自室に向かった。









「あ、ゼロおかえりなさーい」

 扉を開くと同時に掛けられた声に、ゼロはその肩を落とした。元気になってくれたのは嬉しいが、やや暢気すぎる。後に続くロロが部屋のロックをかけたことを確認して、軽い音をたてて仮面を外した。

「…ただいま、シャーリー。頼みがあるんだが、いいか」

 挨拶を返しながら告げると、自室を守っていた少女の瞳が輝いた。実家を捨てて黒の騎士団で起居するようになった彼女は、今のところ何らの仕事も任されてはいない。ただのブリタニアの一市民であった彼女には、実用的な知識の前に「ブリタニアの教育」から離れた世界の実情を理解して貰うことから始めなければならなかった。そうでなければ、何の気なしに零した一言が彼女の安全を奪うことも考えられる。
 ともあれ、自室で地道な勉学に励んでいたシャーリーにとって、何であろうと想い人の役に立てるというのは嬉しいことに違いなかった。

「うん!!何でも言って!」

 意気込む彼女に優しく微笑んで、ルルーシュは背後の弟を仕草だけで呼んだ。小さく首を傾げて歩み寄るロロの肩を掴んだルルーシュは、疑問符を浮かべたままの彼には構わず言葉を紡いだ。

「今日一日ロロの面倒を見てやってくれ。ロロは今日の作戦には不参加だ」

「うん、」

「待って兄さん!」

 分かった、そう告げるシャーリーを阻むように上がったロロの声は悲鳴にすら近かった。今日の作戦といえば、先程の四人が持ち込んだ元軍人救出のことだろう。敵の軍事施設に乗り込んで捕虜を強奪するという力業に、自分が役に立たないとは思えなかった。必死の想いで見遣った兄の瞳は、既に決定事項だとでもいうように一切の迷いを削ぎ落としている。

「ロロ、お前は留守番だ」

「…さっきの軍人崩れを怒らせたから?」

 冷静な指揮官の言葉に、ロロはどうにかして原因を探り出そうとする。兄の言葉の根拠を探して打ち壊してしまわないことには、彼は自分のいない戦場に赴くというのだ。そのような事態、とてもではないが了承できない。何のために自分がここにいるのかとすら言いたかった。
 ロロの焦燥を知ってか、ルルーシュは緩やかに首を振る。

「そんなことはどうでも良い。ロロ、問題はギアスだ」

 そう言われて、ロロは先日の作戦でコーネリアに対して自身の特殊能力を使用したことを思い出した。どうしても使わなければ勝てない相手ではなかったが、ギアスの使用はロロにとって「仕事」とセットのようになってしまっている。兄に止められていたのは覚えているが、それ以上に彼への貢献度を上げたいばかりでその言葉に従わなかったのは事実だった。

「あの、あれは」

「言った筈だ。いずれお前の力を借りることになる。その時まで、ギアスは使うな。俺の指示以外で使って良いのは、お前の命に危険が迫っている時だけだと思え。
 …今回だけじゃない、今後もお前が勝手にギアスを使えばその次の作戦は留守番だ」

 厳しく言い放ちながら、ルルーシュは弟の柔らかい髪をそっと撫でた。その手が言葉以上に彼の心情を伝えるものだから、ロロは泣きたいような気分になる。兄は自分の能力のリスクを知っていた。当然だ、ロロはルルーシュに付くと決めた際に自身の全てを彼に預けて自ら打ち明けたのだから。
それを間違っているとは思わないが、彼の心配は暖か過ぎてこの身には慣れない。
 渋々頷きながら、不図素朴な疑問を覚えた。兄は何でも出来る人だし、その発想力たるや自分など遠く及ばない。しかし、戦場という混乱した場面でロロの周囲のたった数秒の変化に気付くものだろうか。自身がそれを願い時が止まった時に異変を感じることが可能なほど兄が傍にいたのだとしても、彼も同様に静止する以上それに気付くのは大変に困難なことだと思えた。

「じゃあシャーリー、ロロが逃げ出さないようによろしく頼む」

「任せて! 大丈夫、ロロとは仲良しだから」

 胸を張って良く分からない根拠を持ち出すシャーリーに、ルルーシュは淡く微笑んだ。彼らの会話からも完全に立ち位置を決められてしまった少年は、疑問のままに首を傾げる。その仕草をどう思ったのか、今夜の作戦指揮官は皮肉な笑みを浮かべた。

「ロロ、お前の専用機をラクシャータに頼んでいたんだが…今回使わせて貰う。先に使われるのは業腹だろうが、これも行いの結果だ」

「そうじゃなくて…いや、それも嫌だけど仕方ないんだよね。そうでなくて、どうして兄さんは僕がギアスを使ったのに気付いたの?」

 訥々と言葉を綴ると、人形のように美しい兄の顔が虚をつかれたとでも言いたげなものになる。しかしそれも刹那のことで、次の瞬間にはいつも通りの底知れない笑みが戻っていた。細い指が掴んだままの仮面を、流れるような動作で装着する。そしてその表情が分からなくなってしまってから、機械越しの声が答えを告げた。

「知らなかったのか、ロロ。…俺にはギアスは効かないんだよ」

 仮面と変声機が邪魔をして、ロロには兄がその時どのような心境でいたのか想像する手掛かりすら与えられなかった。無論、その言葉の真偽すらも。
 それ以上の言葉を重ねず部屋を辞すゼロを見送りながら、ロロは自分が兄の言葉を信じていることを感じていた。ルルーシュは嘘吐きだが、それを信じるのは個人の自由だろう。そして自分は、例えそれがどのようなものであろうと兄の言葉を信じ続けることに躊躇いはなかった。
 ぼんやりとそう思う彼は、その後朗らかな先輩にギアスって何、と質問攻めにされてしまい、説明に困り果てるのだった。

 

 




 
「本丸に攻め込むのは紅蓮と私だけで良い!各員は月下を中心に敵を撹乱しつつ各個撃破せよ!」

 綿密とは言い難い指示だったが、今回ばかりはそれで良かった。奇襲を受けた防衛部隊がそれほど優秀な指揮官を有していないことは以前の記憶からも間違いない。ならば、各自の判断で敵を討つ経験を積ませるための部隊としても何ら問題はなかった。ここでの問題は藤堂を救出した後の運びだということは間違いない。
 紅蓮に藤堂のもとまで先導させながら確認した戦況は、四聖剣の助力もあって上々だった。カレンの戦力とロロの参入は有難いが、目を離しても問題ない部隊という意味ではやはり元軍人の彼らの経験は有用といわざるを得ない。問題は、藤堂が何を思って刀を取るかだ。

『ゼロ!』

「ああ、間違いない。大穴をあけてやれ」

 暫しの思考の間に、目的の建物は眼前に迫っていた。溌剌としたカレンの声に短い指示を出しながら、ゼロは嘗ての藤堂を思い出す。彼は「以前」将と仰いだ片瀬が命を落としていることを理由に、戦意を喪失していた。当然同じ精神性を有しているであろう今回、彼が片瀬を追って中華に渡ることは想像に難くない。ならば、そう思った瞬間周囲に轟音が響き渡った。指示どおりに外壁を破壊した紅蓮の肩越しに、居住まい正しく端座する男の姿がある。精悍な顔つきに驚愕を浮かべた彼は、小さく呟いた。

「…ゼロ…」

「藤堂鏡志朗、七年前の戦争で唯一ブリタニアに土を付けた男…」

「お前も私に奇跡を望むか」

 探り合いのような会話に、ゼロは小さく笑みを零した。それは相手にも伝わったらしく、張りつめた表情の中で片方の眉が上がるのが見える。冷静な男だと評して良いだろう。彼はブリタニアの敵で弱者の味方と名乗る黒の騎士団が、即ち自分の味方だとは思っていないようだった。自身が藤堂に価値を見出すとすればその点しかあるまいと知っているゼロは、低く声を紡いだ。

「奇跡…何のための」

「何?」

 夜闇に響いたゼロの言葉が予想の範囲を脱していたらしく、藤堂は分かりやすく問いを返した。彼の意識が会話に集中していることを確認して、ゼロは心中笑みを深める。その間も防衛部隊と黒の騎士団の交戦状況を把握することは怠らなかった。無論、現状何の問題もない。

「エリア11の抵抗運動が他よりも激しいのは、余力を残して降伏したせいだ。厳島の奇跡、その幻想を抱いたままで。
 藤堂、お前はあの作戦の先に勝利を求めたと断言できるか。武士の一分として、足掻いただけではなかったのか」

「ゼロ、貴様なにを!」

 問いかけられた男が色めき立つのも無理はなかった。他の愚将であればともかく、藤堂はゼロの言葉に思うところがあるのだろう。一方的に追い詰められたあの戦争で、局地的勝利は既に無意味に近かった。無論軍人が目前の勝利を求めるのは当然だが、その価値も藤堂ほどの男なら知っていておかしくない。

「それだけではない。日本解放戦線、名前だけは立派だが彼らにそれを成し遂げることが出来ると、本気でそう思って戦場を駆けたのか、藤堂? 結果を見ろ。彼らはブリタニアの日本人に対する悪感情だけを煽って自らは国外に逃亡した。これが本当に解放になるのか」

「片瀬少将を愚弄するか!」

「違うな、間違っているぞ藤堂! 愚弄したのは彼らだ、この地に生きる日本人たちを!」

 厳しく言い放つ仮面の男に、元日本軍所属の男は言葉を失った。今更態々他人に指摘されずとも、この七年間で自分たちがどれほどの同胞を救ったかは知っている。否、救えなかったか、を。結局藤堂達が必死で繋ぎとめてきたのは、自分たちの自尊心だけだった。当然行動の結果、日本を取り戻せばそれが同胞のためにはなるだろうが、それが現実的かと問われれば答えに窮する。しかしそれでも、藤堂達はそうやって生きるしかなかった。
 突然現れて薬害から、同胞の身食いから、そのほかにも大小様々な日本人への影響を齎した黒づくめの男は、夜闇を背景に悠然と藤堂に手を伸ばす。

「藤堂、お前の力は惜しい。それを片瀬のためではなく、全ての日本人のために使え」

 そう言われてしまえば、藤堂は苦笑するしかなかった。片瀬への忠義が消えたわけではない。だが、戦地を駆ける男として、この得体のしれない指揮官の描く絵に乗ってみたいと思うのは自然な感情だった。







 合図をもとにトレーラーを突入させて、藤堂のための機体を戦地に運ばせる。全ては予定通りだった。否、「記憶」通りと言うべきか。

「皆、手間をかけさせたな。
 …ゼロに協力する!ここの残存勢力を叩くぞ!」

 指示することに慣れた男の声が響くと、彼の配下達は明らかに弾んだ声で応えを返す。何かをふっ切ったような藤堂の声に自身の狙いがなんとか当たったことを知ったゼロは、仮面の下で口角を上げた。頑固な元軍人は、そもそもが国民のために戦うことを自らに課した存在でもある。そこを突くのは間違いではなかったようだ。

(残る問題は一つ…)

 思った瞬間、空を裂いて高い音が届いた。それが何であるか確認するよりも早く、赤い影が自らを守るように飛翔する。中空で弾かれたそれがスラッシュハーケンであることを認識すると同時に、越えるべき障害が現れたことを理解した。白兜、ここの防衛部隊全てよりも手ごわい敵だった。

(スザク…お前の腕、信じさせて貰う)

 彼を討ちとるわけにはいかないが、ただ藤堂を救出しただけで逃げ出すのも黒の騎士団としては不十分であることは間違いない。基地を落とすことにそれほどの意味はないが、潮は必要だった。その為の達成基準として、白兜に一太刀浴びせるという状況は実に分かりやすい。

『ゼロ、この機体に関するデータはあるのか』

「打つ手はある。ここは私の指示に従って欲しい」

『良かろう、ここは君に任せる』

 鷹揚に頷く男の表情まで見えるようで、ゼロは薄く笑みを浮かべた。彼の思い切りの良さはその経験に基づく自信の表れに違いない。駒として見た価値だけでない藤堂の人格も嫌いではなかった。幼いことの関係から考えても当然なのかもしれないが、スザクは彼に似ているところがある。

(そう、スザク…今にして思えば白兜の動きは実にお前らしい)

 感慨深くなりながらも厳しい指示を飛ばすと、現実はゼロの望んだとおりの結末を弾き出す。交戦は長く感じられたが、実際の時間は短かった。数分の対峙の末に、枢木スザクはその姿を衆目にさらすことになる。








 煌びやかに飾られた美術館の中で、映し出された被差別民の姿に一同は騒然とした。忌々しい黒の騎士団に一騎ながらも互角に渡り合っていた白騎士が、誰の目にも明らかなイレブンの姿をしているのだから無理もない。それを分かっていながら、ユーフェミアが感じたのは憤りだった。無理もない、確かにそうなのだろう。しかし、決められた通りのことしかできない自分の曇った表情と異なり、彼の瞳は自らの意志を乗せて輝いていた。

(スザク、あなたも戦っているのですね)

 それは単純な戦闘の意味だけではない。彼は自分と同じように、この世の不条理と戦っているのだろうと思った。ぬるま湯の中で足掻く自分はこのままでは何処にも行けないが、寒風に晒された彼もいずれは吹き倒されるのかもしれない。それぞれに、一人で戦うだけでは。

(させない)

 視線の先では、藤堂を奪取した黒の騎士団が援軍を前に戦場を離脱していた。スザクも善戦したが多勢に無勢は明らかで、直ちに彼らを追うことは出来ない状況になっている。それを口々に罵る知識人たちの、判断基準は彼がブリタニアの血を有するか否かでしかなかった。
 姉の言葉を思い出す。次いで、ゼロの言葉を。
 力を求めよといった彼は、きっと自分の判断をも見通しているのだろう。しかしそれでも構わなかった。今は彼の手の中で踊らされようと、いずれそのことすらも力に変えてみせる。

「皆さん!わたくしの騎士についてご質問いただきましたね。
 お答えします。わたくしの騎士となるのはあのお方、枢木スザク准尉です」

 高らかに告げながら、ユーフェミアは心中胸を張った。この判断を間違いだと思うことはない、そう断言しても良い。そう確信できるほどに、画面に映し出された枢木スザクは凛とした眼差しを有していた。









「で? 説明して貰いましょうか」

 拠点に帰るや否や自室に放り込まれたゼロは、自らの騎士とも任ずる女性の前で正座させられていた。日本人の血を半分有する彼女には分からないだろうが、ブリタニア人にはこの座り方は実に辛い。しかし、それを訴えられる状況でないことは確かだった。

「え、どうしたのカレン。ルル…また何かやっちゃった?」

 心配と興味を半分ずつ表情に乗せたシャーリーと、慣れない情景に眉根を寄せるロロも小さくなった総帥を見下ろす女戦士に視線を向ける。問われて荒々しく息を吐いたカレンは、敬愛する相手に向けるものだとは思えない鋭い瞳を更に吊り上げた。

「シャーリー達はまだピンと来ないかもしれないけど、ずっと私たちの邪魔をしてたイヤな奴がいるのよ。白兜っていうんだけどね…それが、そいつに乗ってたのがあの枢木スザクだったのよ!」

「え、スザク君ってあの?」

「あの怪しい兄さんの友達ですか」

 自分を置き去りに情報共有をされるのは地味にいたたまれない。しかも、目の前で。不機嫌を顕わにした弟が、やっぱ殺しておけばよかった、などと呟くので肩身の狭さは弥増した。しかし、最も激しい怒りを覚えていたらしいカレンはそう言ったロロの額を指で弾く。

「馬鹿、違うでしょ。ルルーシュにとって大切な人は殺さない。
 誰だって好きな人のために戦ってるんだから、贔屓したって良いじゃない」

「え」

 彼女の声が信じられずに視線を上げると、それまでのルルーシュの態度に幾らかは溜飲を下げたらしいカレンが不敵な笑みを見せた。

「私が怒ってるのは、どうして知ってたくせに何も言わなかったか、よ。
 今更そんなことで私の気持ちが変わると思った? 頼りなさいよ、ルルーシュ。白兜に邪魔をさせるな、でも奴を殺すな…そう言ってくれても良いじゃない」

 悪戯っぽく言った彼女は、はっきり言って藤堂よりも遥かに男らしかった。それが褒め言葉になるか否かは不問とする。彼女の言葉に一応の納得を見せたらしいロロも、真剣な瞳を兄に向けた。

「兄さん、僕も! 僕も枢木を殺さないでなんとかするから、次は絶対に連れて行ってね」

「そっかぁ、スザク君怪我しないと良いね」

 交わされる言葉の数々は現実のものでないようにルルーシュに優しい。自分のしていることが戦争だと、命の奪い合いだと理解している黒の騎士団総帥は目を瞬かせた。スザクを重要視するのは自分の言わば我がままであり、彼女たちがそれに付き合う必要はない。のんびりと元級友の心配をするようなシャーリーにしたところで、戦で望まぬ命が散ることを誰よりも深く理解している筈だった。その彼女が、戦闘の原因とも呼べるルルーシュの要望を微笑んで受け入れているという現実は、悲観的な思考に陥りやすい魔王の想像の範疇を超えている。
 そのお伽噺のようですらある会話が、ゼロとして、ルルーシュとして選択してきたことの一つの結果だということを、彼は気付いていなかった。



















       















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