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 今宵が昨日と違う意味を持つと、どれだけの日本人が知っているのか。それを胸中に自問して、その虚しさに神楽耶は重い息を吐いた。投げかける相手も答えも存在しない概念は、ただ自身を倦ませて消える。今夜、作戦が成功すれば日本解放戦線は国外に脱出することになっていた。広く前途を求めるといえば聞こえは良いが、彼らはただ留まるだけの力までをも奪われたということに他ならない。その将兵を責める気持ちはないまま、彼らにもこの国にも何の影響力を持つことが出来ない自身が歯痒かった。いつだって神楽耶は座して眺めている。やがて日本人は駆ける力を失い、歩く希望を奪われ、立ち続けることすら忘れて地を這うことになるかもしれないというのに。
(終わらせたりしない)
 神楽耶は女で、しかも子供といって差し支えない年月しか命を繋いでいない。だが、そのお陰で戦い敗れた男達にはない願いを持ち続けることが出来た。夢物語と笑わば笑え、その覚悟は出来ている。
(ゼロ様、あなたならきっと)
 キョウトの総意を黒の騎士団に預けることは不可能に近かった。老害と呼ぶべき重鎮たちがそれを許しはしないだろう。ならば彼らは何に望みを託しているのか、然程考える必要もなかった。僅かとはいえ戦力を有したまま国外に逃亡する日本解放戦線、彼らは軍を母体とするという由緒だけでも老人たちが縋るに値している。しかし、と神楽耶は考えなければならなかった。しかし彼らにもう革新は望めない。
(皇だけでも…?いえ、それでは弱い)
 象徴として飾り立てられた少女は、その立場ゆえに思考に割く時間は多い。手違いなど許されない、未来への道を探る彼女は常人であれば耐えられないほどの孤独を感じていた。







夢中天 35







 既に時刻は遅く、薄闇に沈んだ港は見晴らしが良いとは言えない状況になりつつある。敵が夜の帳を望んでいることを知りながら、コーネリアもまた宵闇を待ち侘びていた。国外への逃亡を計るテロリストの残党を叩くだけなら敵の出港を待つ必要はないが、先日のナリタでブリタニアもかなりの痛手を受けている。自陣の損害を可能な限り抑えるためには、小うるさいネズミは一つ処に纏めてしまった方が効率が良かった。自身に近づく足音に思考を中断させたエリア11総督は、憂鬱を表現するように長く息を吐く。

「ダールトン…奴は」

「は、今作戦で姫様に忠誠の証をお見せする、と」

 他者であれば汲めないほどの短い問いを、しかし長く傍らに仕えた男は読み違えはしなかった。枢木スザク、色々と曰くつきの男ではあるがその能力はナリタで確認している。現在はブリタニアに頭を垂れているあの少年は、望めば戦況を一変させるだけの影響力を有していた。無論、枢木の独力ではない。それだけの性能を持ったKFが全てを可能にしているのだが、問題はその第七世代を乗りこなせる者がナンバーズにしか存在しないことにあった。コーネリアが統治すべきイレブンの中でも一種異質な存在になった彼を、本来であれば黙殺することが望ましいのは総督にも分かっている。
 しかし、ナリタで枢木に戦場突入の許可を与えたのがユーフェミアであるという事実が彼女を悩ませていた。人を使うことになれない心優しすぎる少女は、肉親の救出を果たした名誉ブリタニア人を気に掛けるようになっている。案外行動的な妹が視察と称して特派に出向いたことがあると知っているコーネリアとしては、今の内に枢木ゲンブの嫡子の動向を確かめておく必要があった。

(イレブンの誓う忠誠など)

 それがどれほどのものかコーネリアには分からない。だからこそ、今回の作戦は実に都合が良かった。海上で狭い船に押し込められた嘗ての同胞を、枢木スザクは動揺なく討てるのか。それが出来ればブリタニア臣民として認める、とは言えない。しかし、それすら出来ないのであれば彼は不穏分子と然して変わらなかった。ダールトンの報告に年輪を重ねた男なりの配慮が含まれていることは分かっている。それを実現するか否か、短い思案に耽っている間も時間の砂は留まることなく流れていった。
 やがて周囲の薄墨が濃度を増す頃、指揮官としての意志を瞳に宿したコーネリアは己がKFに騎乗する。吸い慣れた戦場の空気が、ことの始まりを彼女に告げた。

「姫様、」

「分かっている。…油断はするなよ」

 交わす言葉が消えぬうちに、初弾発射の音が主従の耳を打つ。自らの言葉通り意識を研ぎ澄ませる総督は、しかしこの程度の戦場に自身の槍働きが必要だとは思っていなかった。自分はいわば士気向上のための装置であり、万が一のための備えであり、更に言うならエリア11最大の反政府勢力壊滅の確認のためにいるようなものだろう。

(エリア11最大、か)

 ふと、コーネリアの脳裡に過ったのは人を馬鹿にしたような仮面の男の姿だった。自身の着任と前後するように現れた黒の騎士団がどれほどの力を持っているのか正確なところは分からない。だが、あの男はどこか底知れない雰囲気を持っていた。眉根を寄せた彼女は、しかし次の瞬間には思考を払って息を吐く。放置できる問題ではないが、今向き合わねばならないのは彼らではなかった。集中しなければならない、そう思った瞬間、彼女の耳に部下の不明瞭な声が届く。

『コーネリア殿下、奴です!』

 切羽詰まったような声は端的に過ぎる。報告と呼ぶよりは叫びに近いそれに、コーネリアは息を呑んだ。つい先程脳裡から追い出した影が思い起こされる。確認が逸れたわけでもないその事実を、しかし指揮官は確信した。今この瞬間、ブリタニアに真っ向から挑む者があの仮面の男意外に存在する筈がない。敵の姿を求めて臨戦態勢に入る、その瞬間コーネリアは横殴りの衝撃を感じて膝をついた。

「何っ!」

 振り仰いだ先には、一瞬前までは確かに存在しなかったKFが自身に銃口を向けていた。無頼と呼ばれるグラスゴーの改造機の性能は把握している。常識的に考えて、報告に意識を向けた刹那に己が死角に回り込むだけの運動性はない筈だった。突然の攻撃が自身の油断によるものだったのか分からぬまま反撃に移るが、グロースターの右腕は先の攻撃で動作に支障が出ている。それを庇える状況ではないと理解したコーネリアは、立ち上がりざまに敵との距離を詰めた。前述の通り、運動性はグロースターが上回っている。無頼が突撃を避けた瞬間の隙を狙う筈だった攻撃は、しかし突然目標を見失ってたたらを踏む結果になった。慌てて姿勢を正そうと機体を操る、しかしその時には背後から銃撃を受けてコーネリアは完全に己が状況を疑う。

『姫様!』

 割り込んだギルフォードに敵を任せたコーネリアは、自身が駆る機体が激しい戦闘に耐えない状態になっていることを確認して背筋を凍らせた。何が起こったのか分からない。一つだけ分かるのは、一方的に支配する筈だった戦場で膝をついたのはこれが二度目だということだけだった。












 

 黒の騎士団が現れたと聞いた時、ユーフェミアははっきりと恐怖を覚えた。ゼロ個人をいうのであれば、実のところ嫌いではない。それはホテルジャックの件で得た印象によるものであり、そのすぐ後の通信でスザクの名を聞いたことにも由来している。だが、敵指揮官としての彼をどう思うかと尋ねられれば、恐ろしいという他なかった。幼いころから自慢の誰よりも強い姉を、ゼロは簡単に凌駕してしまう。今日も辛うじて姉の命は失われていないが、本来の目的だったテロリスト殲滅は阻まれていた。
 彼女には、黒の騎士団の…否、ゼロの考えが良く分からない。ブリタニアを倒したいと言いながらも、彼は自分を救った。姉の命を危うくすることは多々あるのに、ユーフェミアには見聞を広めるよう勧めている。自身に対する態度を考えれば、ゼロはまるでブリタニアの敵ではないようだった。正しくは、ブリタニアの敵でありながらユーフェミアの敵でないというべきか。だが、そのようなことが有り得るのか。

(…分からない。けれど、きっと)

 姉のことは心配だったが、目立った怪我がないことを確認したユーフェミアは早々に自室に戻っていた。僅かとはいえ武装した敵を逃した以上、コーネリアが今後の対策を練る時間が邪魔をするわけにはいかない。だが本音を言えば、総督の前を辞した最大の理由は現在向かい合っている無機質な装置にこそあった。エリア11に着任するまで目にしたこともなかったその無骨な箱は、これから先もずっと自身とは無縁なものだと思っている。しかしただ一人、正規の通信相手にはなり得ない相手だけがこの通信機を通してユーフェミアに語りかけていた。
 ユーフェミアが物言わぬ機械を睨むように見つめるのはこれが初めてではない。つい先日、ブリタニア軍がナリタで黒の騎士団と刃を交わした夜、彼女は通信が入ることを確信してその瞬間を待った。結局その日は何の音沙汰もなく過ぎたが、真剣な瞳を通信機に向ける少女は仮面の男の自身への接触が一度で終わるとは思っていない。

(ゼロ、あなたはわたくしとの対話を望んだ…そうなのでしょう)

 そう信じるユーフェミアは、実のところ自身がその役割に相応しいとは思えずにいた。ゼロがこの国の未来に何を見ているにしろ、正式に言葉を交わすなら総督である姉その人しか適任者はいない。だが、弱者の味方を名乗る彼が、ナンバーズを蔑視するコーネリアと敵対するのは自然な流れでもあった。ならば自分は。
 ブリタニアの民は勿論のこと、名誉ブリタニア人であろうとイレブンであろうと、自身が愛さねばならないのだと分かってはいるが、幾らそれを願ったところで実感を持てずにいる。幼児のように無邪気に皆好きよと、そう言えば全てが収まる世の中ではないのだ。愛したい、幸福であって欲しい、しかし手の届かないところにいる自国の民の望みが分からない。それを、ゼロが教えてくれるのではないかと思うのは他力本願と言われても仕方なかった。
 刺すような、探るような視線の先で、通信機に淡い光が点る。慣れない手つきながらも素早く送信元を確認するが、そこには何も表示されていなかった。空白、それこそが彼の名に違いない。通信開始の操作を行うユーフェミアの細い指は、緊張に細かく震えていた。

『…お久しぶりです、皇女殿下』

 それは嘗て交わした言葉と一言一句変わらぬ挨拶だった。機械を通してなお凛とした声も、聞き違うことなど有り得ない。指先を握りこんだ少女は、しかし敢えて記憶をなぞって言葉を発した。

「どなたです」

 自身の言葉に低く笑った彼は、直接その問いに答えはしない。だが、その瞬間流れた空気がユーフェミアに確信を与えた。通信機の向こうの相手は嘗て言葉を交わした人物に相違なく、更に彼には自分に対する害意が見られない。限られた時間を有効に使わなければならない少女は、意図して声を励ました。

「何故、あなた方は武器を取るのですか」

『そうしなければ日本解放戦線の将兵は死んでいた。降伏を申し出たにも関わらず、です。
 彼らの命も貴女が守らねばならないエリア11の人民のものに違いありますまい』

 唐突ともいえる質問に、しかしゼロはあっさりと答える。何の感情も籠っていないそれは、言葉だけを捉えればユーフェミアの責任を問うものだった。副総督としての返事を求められていると感じた少女は、眉根を寄せて言葉を綴る。

「その通りです。彼らにも協力して欲しかった。ですが、戦意を以て平和を乱そうとする彼らに対して、総督の採った作戦は非合理なものではありません」

 茶番だった。姉が作戦開始時には殲滅を決めていたことくらい、ユーフェミアにも分かっている。イレブンと呼ばれる人々がブリタニアに恐怖しているのも、ブリタニアが彼らに安息だけを与えられないのも、全て理解していた。そうである以上、彼らがブリタニアに反目するのが自然な情だと分からないわけでもないのに、副総督としてはそう言わざるを得ない。

『何故平和が乱れたのです』

 そう問われると、一人のブリタニア人である少女には苦い思いが走った。イレブンがブリタニアに恭順の意志を示さないのはブリタニアの政策の所為であるだろうし、それ以前に日本人であった人々が一方的に頭を垂れる状況を作ったことすらブリタニアの罪かもしれない。だが、世界はそうやって歴史を積み重ねてきたのだ。今更、個人としてのユーフェミアがその事実を悼んだところで何も変わりはしない。
 言葉に詰まった彼女は、しかし深く息を吐いて首を振った。ユーフェミア・リ・ブリタニアであれば許されない意見を述べることが出来るのは、通信機越しの彼に対してだけなのかもしれない。録音などの方法を考えれば迂闊な発言は避けるべきだが、そもそもコードゼロで不適格者と話をしている以上、更なる問題など考える方が愚かしかった。

「ブリタニアの版図拡大を悔いたところで、今のわたくしにエリア11を元の姿に戻すことはできません。…いえ、ブリタニア皇族を名乗る以上、わたくしがそれを責めることも…できません」

 会話は初めて直ぐに袋小路に嵌り込む。互いの前提条件が異なっているのだと、少女は痛いほどに感じていた。ブリタニアはエリア11を治めようとするが、そこに住んでいた人々はエリアの成立を認めない。搾取されろと、突然そう言われた人の気持ちを考えれば当然だがそれだけに注意を払っていてはどうしようもなかった。視線を落とすユーフェミアに、ゼロの声は何処までも理知的に響く。

『間違っています、皇女殿下。それは途中経過に過ぎない。考えなければならないのは、何故ブリタニアが武力を以て版図を拡大したか、です』

 思わず通信機を見つめた副総督は、怪訝な表情を浮かべた。つい最近まで通っていた学園の課題でもあるまいし、それでは歴史考察にしかならない。ゼロの意図を理解しかねた彼女は、しかし再度首を捻った。態々危険を冒してまで無駄な会話をするほど黒の騎士団総帥は暇ではなかろう。ならば、この問答にも意味があるに違いなかった。

「ブリタニアが不平等と競争を奨励しているから、でしょうか」

『それは対処論に過ぎない。ブリタニア人はいつも意味もなく他者を害しますか?考えなければならないのは、何故争うかです。ブリタニアは日本の何を求めて兵を出しましたか』

 ゼロの声は理論的であればある程現実味を失って響いた。その夢のような声が、戦争は手段にすぎないと囁く。
 ブリタニアが相争うことを勧めるのは、それが成長に繋がると主張するからに他ならない。ならば、ブリタニアが日本とことを構えて得たものは、と考えなければならなかった。そう思えば、ユーフェミアの脳裡には通信機の向こうの男と初めて見えた日のことが蘇る。呟きは、ほぼ無意識のうちに生まれた。

「…サクラダイト…」

『その通りです。限られた資源を手中に納めようと、ブリタニアは兵をおこした。
 現在のブリタニアの国力を考えれば、他国に侵攻せずとも繁栄は確実です。そのうえで平和を乱したのは、エネルギーの重要性をブリタニア皇帝が良く理解していたからに他ならない。事実、太陽光エネルギーだけでは賄えない熱量がサクラダイトにはあります。ご理解いただけているかは分かりませんが、中華もEUも今となってはサクラダイトの重要性を無視することは出来ない状況です。
 …つまり、現在の世界の不和はエネルギー問題に端を発している』

 ゼロは澱みなく告げたが、ユーフェミアは頭を抱えたい気分になっていた。彼の言葉を信ずるなら、サクラダイトが存在する以上、エリア11から戦争はなくならない。これから先も、誰もがいつかは尽きる資源を我先に手にしようと武器を持つのだろう。そして生まれる戦が勝者と敗者を明確に分けるのならば、世界が悲しみを忘れる筈がなかった。きつく唇を噛んだ少女は、しかし決して折れぬ意志を伴う声を発する。

「だから…だから平和は訪れないと言いたいのですか。
 例えあなたの言葉が正しくとも、わたくしは他の方法があると信じます。きっと…!」

『ならば皇女殿下、貴女は国民を守るための力を付けなければなりません。現在の戦力に頼るのではなく、誰もが見向きもしないような小さな力を育てるのです。ブリタニアは軍事にばかり力を注ぎがちですが、新たな技術を開発しているのは軍人ばかりではない。
 それらの研究者を見つけ、育て、理想が実現するまでの間、貴女がどうやって日本人を守るのか…お手並みを拝見させていただく』

 そう告げるゼロの声を最後に、通信機は用は終わったとばかりに沈黙した。些か呆気にとられた第三皇女は、しかし彼の言葉を心中に深く刻みつけている。自分には力がないと嘆いてばかりいたが、ゼロが言うように力とは武力だけではないのだ。戦力以外の力を育てるため、エネルギーの枯渇した世界での奪い合いから自国民を守るため、ユーフェミアが思い出していたのは近日トウキョウで行われる小さな研究発表会の概要だった。











 男にしては細く優しげな指が通信機の操作を終えるのを見つめていた魔女は、これ以上ないというほど微妙な顔を愛する魔王に向けた。

「お前のホラには慣れたつもりでいたが…何がエネルギー戦争だ。シャルルの頭には欠片もそんなことなかっただろうよ」

 待望のチーズ君を胸に抱いた彼女は、胸中を満たす呆れを溜息に乗せて吐き出す。通信を初めて暫くは爆笑したい誘惑に襲われていたが、それが長引くと別の意味で感心せざるを得なかった。とはいえ、したり顔で通信機に向かう共犯者にどれほど笑いを堪えたことか。

「ユフィは昔から騙されやすかった。変わってないようで安心…は出来ないか」

「で?態々楽しい嘘を吐くために皇女殿下の時間を拝借したのか」

 相変わらず人の悪い笑みを浮かべてルルーシュの真意を確かめるC.C.に、彼女の共犯者は鏡で映したような同質の笑みで答える。魔女は彼のこの表情が嫌いではなかった。楽しそうなルルーシュを見ているとなんとなく嬉しくなる。

「残念ながら、大体の目的はそれだな。
 だが、世界中の遺跡を支配下に置いてラグナレクの接続を実行する!…というのも中々とんでもない動機だ、それよりはサクラダイトが知恵の実だと言われた方が信憑性がある」

 そう言った魔王が本日まともに食事を摂っていないことをよく知っている魔女は、ローテーブルに広げていた自身の好物を一切れ差し出す。 ルルーシュの帰宅に合わせて購入したそれは、まだ十分に温かかった。深夜に近い時間に宅配があれば怪しまれることを分かっているから自ら買いに出たのだ、このピザの価値は大きい。ルルーシュが自分の手から直接それを口にしたことに満足したC.C.は、残りを引き寄せながら疑問を音にした。

「だが、あの女…このままではまた行政特区とやらを作るんじゃないのか」

 地道に方向修正をしている割には、ルルーシュは嘗てあれ程苦しめられた筋道を辿るようにしている。彼女一人なら思いつきもしなかったかもしれない特区構想は、スザクに親しみゼロに助言を受けて、実現が既に想定してしかるべき範囲にあるといって良かった。
 魔女の問いに、魔王は答えない。というのも、割と行儀よく咀嚼する彼は口内に物がある時に発言することを好んでいなかった。きちんと噛んでゆっくり呑み込んで、そうして漸く言葉を綴る。

「だろうな」

 待たせた割に、返事は短い。不服に感じたC.C.が視線で促すと、仕方がないとばかりに息を吐いたルルーシュは詳細を口にした。

「良いんだよ、それで。ユフィには行政特区を成功させて貰うさ。当然、スザクと一緒にな」

「で?不要になった黒の騎士団解散がお前の今回のシナリオか?」

 釈然としない表情のC.C.が言い募ると、部屋の主は僅かに眉根を寄せる。それが自身の言葉に対してでないと知っている魔女は、構わず食事を続けながら返事を待った。どうせ、よく伸びるチーズが垂れたのが気になっているのだ、この潔癖症は。
 だらしない女の姿を見つめて片付けは食事がすんでからだと自らに言い聞かせた男は、気を取り直すように肩をすくめてみせた。

「実際のところ、特区日本…あれは成功したと思うか」

「というと?」

「行政特区、その構想自体は悪くないんだがな。あれは成功しないんだよ、どうしても。
 あそこに集められた日本人たちが、どうやって食っていくというんだ。もともと日本は技術立国。精密機器なら日本の右に出るものはなかったが、そのブランドはもう失われている。その一方で、技術そのものはエリア11、つまりブリタニアに引き継がれている」

 そもそもエリア11には名誉ブリタニア人制度が形骸とはいえ存在した。それなりの技術を有するものは既にブリタニア人には劣るものの好待遇で企業に迎えられている。行政特区が出来るまで追い詰められていた者とは既に別の生活を営んでいるのだ。
 更に言うなら、それまで下に見ていた者たちが突然対等な商取引を持ちかけてきたとして、ブリタニア人の感じる不快感は理屈では説明できない。事業というものは、どれほど上手く軌道に乗ったとしてもある程度までは経費の方が多くかかるのが当然だが、ブリタニア人のどれだけがイレブンですらなくなった者たちのために喜んで納税するものか。

「一方的に優遇された限られた地域を、他の国民がどれだけ我慢できるかが鍵だが…もって5年と言ったところだろうな。「日本人」とイレブンの軋轢もある。
 簡単にいえば、採算が取れない割に国民感情を逆撫でする」

 そう言ったルルーシュの瞳からは一切の感情が失われている。それが彼が「以前」の惨状を思い出していることを示していると気付いているC.C.は、ひどく複雑な気分になった。5年程しか持たない政策だが、その僅かといっても良い年月は黒の騎士団の息の根を止めるには十分に過ぎる。危ぶんだルルーシュの犯した罪を知っているのは彼自身と自分の二人だけだった。
 
「逆にいえば、数年の間は表面上とはいえ平和裏にナンバーズ政策を進められる。その間は、ユフィは慈愛の皇女様、だ。それが彼女の一番の力になる」

「罪滅ぼしのつもりか」

 短い問いに、ルルーシュの視線が自身に向けられる。そこに悲しみが残っていたなら、魔女は魔王が何と言おうと彼を甘やかしてやろうと決めていた。甘やかすのも甘えるのも、互いに慣れていないが為せば成る。だが、彼の瞳の色を見た瞬間、それが杞憂であったことを思い知らされた。

「まさか」

「そうだった。お前が人でなしだということを忘れていたよ」

 言いながら胸中に確認する。自分も彼も、誰よりも性悪の正義の味方ではなかったか、と。最近カレンやシャーリー、ロロなどに構っていたから失念していたが、ルルーシュといえば誰よりもあくにんの笑みが似合う男だった筈だ。
 彼が何を思い誰に愛情を振りまいていようとも、自分と二人の時はこうして悪だくみをすると決まっている。それでこそ共犯者ではないかと思ったC.C.は、深く満足気に頷いた。



















       















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