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深い溜息と共にPCの電源を落とす、それが準備完了の合図だった。
それまで静かにルルーシュを見守っていたC.C.は、皮肉な笑みを唇に乗せて言葉を発する。

「まだ引き返せないこともない」

飾り気もなく率直に届けられた言葉の内容は、それまでの彼女らしくないものだった。
反射的に目を細めた魔王は、ベッドに横たわる女の表情から真意を読もうとする。
魔女の瞳は沈痛なまでに無表情を保っていて、それが口元だけの笑みと一致せず、ひどくアンバランスな印象を受けた。
結果、ルルーシュは彼女の真意を計る労力を放棄する。掛け替えない共犯者であるとともに底知れない愉快犯でもあるC.C.の言葉の裏に囚われて事を仕損じるのは本意ではなかった。

「引き返すつもりなどない。
それに、万が一そのような気になったとしても全てはもう始まっている。
既に騎士団構成員の数名をナリタに派遣した。
…彼らには出来るだけ派手に、ここ数日でナリタが戦火に包まれることを喧伝して回るように指示してある」

そうは言いつつ、日本解放戦線が…そして噂通りの作戦を進めているブリタニア軍自身も風聞が確かなものだと信じる筈がないとルルーシュは確信していた。
否、その確信こそが作戦の中心にあるといっても過言ではあるまい。
影に生きる人間には陽光の下の情報はあまり意味を為さない。それが彼ら独自で欠片も察知していない情報であればなおの事だった。
日本解放戦線は「黒の騎士団」を信じず、それを分かっているからこそブリタニア軍も作戦を変更させはしない。むしろ、情報の一部が漏れているにも関わらず対策を講じないテロリストに対して慢心が生まれる可能性もあった。
冴えた瞳で明日の作戦を脳裡に躍らせるルルーシュを色のない瞳で見遣って、C.C.はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「忘れてはいないと思うが…以前、兵士にも家族がいると話したことがあったな。
愛するものを失う悲しみを生まない戦はないと。
お前は、誰かの恨みに濡れた手であの女の誘いに乗れるのか?
血ぬられたチケットを携えて聞く音楽は麗しいと思うか」

それはルルーシュにとって最も避けては通れない問いだった。
しかし、それと同時に既に答えが決している問いでもある。
例え誰が涙しようとも、どれ程怨嗟の声が地に満ちようとも、ルルーシュは自身の愛する人たちを守るためならば如何なる非道も厭いはしないと。
それは嘗て魔道に堕ち、そして今なお修羅に生きる男にとっては不要な問いであったかもしれない。
共犯者の目の色からそれを読み取ったC.C.は、そっと目を伏せた。











夢中天 26











「おはよ、シャーリー」

「あ、うん。おはよう」

隣席の友人に挨拶を寄越されて、シャーリーは些か気の抜けたような声を返した。
彼女の視線を辿った友人が、訳知り顔に笑みを浮かべる。

「あー…うん、ルルーシュ君欠席かな」

友人内では既に何憚るもののないシャーリーの恋心は周知の事実だった。否、友人でなくとも気付く人は少なくない。何も知らぬ顔で澄ましているのは恋心を捧げられた当の本人だけだと周囲は思っていた。
そして、愛しの君が不在であればシャーリーは目に見えてテンションが下がる。
それもこれだけあからさまであればいっそ微笑ましかった。
しかし、今日の彼女の懸念はそれだけに限られないらしく、暫く言い淀んだ後で小さく声を発する。

「そ…う、なんだけど、その、カレンさんも欠席だよね」

「あ!この間の、気にしてるんだ!
でも、彼女が休みがちなのは今に始まったことじゃないでしょ。考えすぎだって。
それに、あのお淑やかなカレンさんがルルーシュ君と学校サボって平日デートとか無いでしょ」

「へ、平日デート…!?」

「いや、だから無いって」

苦笑する友人は知らないことだが、シャーリーは生徒会室でのカレンの姿が忘れられなかった。
真直ぐ姿勢を正してルルーシュを好きだと言い放った時の、あの。
いつもたおやかなカレンのあの側面を知れば、誰もが言葉を無くすに違いないと断言できた。
だからこそ、シャーリーには慢心も手抜きも許されない。きっと二人は同じ土俵で戦っている、更に言えば気持ちを言葉にしただけ彼女の方が上手だった。
真剣な表情で考え込むシャーリーに肩を竦めてみせた友人が次の言葉を発しようとした瞬間、HRの到来を告げるチャイムが鳴る。

「ま、あんまり気にしない方がいいよ」

「…うん」

そう答えるしか出来ずに微笑んだシャーリーの表情はいかにも無理が滲みでていて、友人はそれ以上の言葉を呑込んだ。こういうときは、何を言っても意味がないどころか逆効果になる可能性もある。

(考えすぎ、か…。うん、そうかも知れない。
でも、それは「今回は」ってだけで、やっぱりゆっくりしてなんていられない)

コンサートが週末に控えている。その時の告白を決めてはいるが、もっと早くに言った方が良いのかもしれない。しかし、この時期に手に入れたチケットが何かの意味を持っているようにも思えて仕方なかった。

(うん、急ぐけど焦らない!大切な気持ちだもん。私が大事にしないと)

「―――では、自己紹介を」

「はい、」

自身の中で結論が出た瞬間、外界の音声が耳に飛び込んでくる。
何処か聞き覚えがあるようなその声に釣られて視線を巡らせ、「彼」を見つけた瞬間、シャーリーは人目もはばからず立ちあがっていた。
















17歳なのですってね。では、わたくしの代わりに学校に行ってください。
そして、そこで見たものを教えてください。
…貴方が見たこの世界を。
そういった貴人の言葉を、今でもスザクは正確に思い出せた。否、忘れる筈がないと言って良い。
彼女はスザクの持つ「皇族」のイメージを一日で塗り替えてしまった。
同時に、副総督が一部の周囲から…若しくは、一部の周囲を除いて…軽んじられているという現実に大いに納得する。彼女は美しい。しかし、人は理想のままには生きてゆけない生き物だった。
彼女の言葉が現実を知らない夢物語と打ち捨てられていることは想像に難くない。

(だけど)

彼女の存在はスザクにとっては蜘蛛の糸に等しかった。彼女の理想が実現すれば、その際に誰かを蹴落とすことさえしなかったら。
そう思った瞬間、スザクは確と頷いていた。そもそも物怖じしない性格である彼は、良かれと思った決断を濁しはしない。
希望があれば配慮したいと言われた編入先だったが、間借りしている大学の高等部が道路を挟んだ向かいにあるため迷う必要はなかった。

(それにここには、ルルーシュがいる)

親しくは出来ないことは分かっているが、時折でも彼ら兄妹の健やかな生活を垣間見ることが出来ればと願わずにはいられない。勿論自分が入学することで彼らの出生の秘密が明るみに出る可能性を考えなかったわけではないが、明らかな好条件を無下にして他の学校を選べばどうしたって怪しまれる。
それならばいっそ自分の入学を…そして背後にあくまで善意とはいえ皇族がいることをルルーシュに知って貰った方が良いように思えた。
無論、全て都合のよい言い訳と言われればそれまでだが。
しかし、ある程度の覚悟を決めて「ブリタニアの」学校に入学しては見たものの、やはり周囲の目は痛い。
教員に連れられて訪れた、本日から自身が所属する教室には不穏と言って差し支えない空気が流れている。
大人の冷ややかな蔑視ではなく、子供の無邪気な敵意でもないそれは、凡そ好意的なものとは程遠かった。
中には刺のない眼差しも含まれていないではないが、それも精々好奇の範疇を出るものではない。
常人であれば針のむしろと感じても不思議ではない視線の雨を受けとめながら、スザクはゆっくりと教室に視線を走らせた。
ルルーシュは、いない。

(当然か。何クラスあるかは知らないけど、そう都合よくは)

そう思ったところで、しかし彼は見知った顔を見つけて視線を留めた。
真直ぐに伸びたオレンジ色の髪は記憶の通りなのに、太陽の様に眩しかった表情は今は曇っている。
スザクから視線を逸らすように頬杖をついたその姿は、別人だといわれれば納得してしまいそうな程に冷たかった。

(…シャーリーさん)

教員がスザクの名を紹介した時も彼女は視線を上げなかった。
恰もイレブンに知り合いなどいないと言いたげな徹底した無関心はスザクの胸を締め付けたが、それを非難する権利は誰にもない。
自身がどれ程浮かれていたかを今更になって理解しつつ、教員に促されるままにスザクは短く言葉を紡いだ。
筈だった。しかしそれは半ば以上少女の声に掻き消されてしまう。

「スザク君!」

溌剌とした声を追いかけるように、突然立ち上がった彼女の椅子が後ろ向きに倒れてにぎやかな音を奏でる。
教室中の視線を一身に集めたシャーリーは不思議そうに周囲を見回し、そこで漸くここが教室だということを思い出したらしく頬を赤く染めた。

「あ、あの、すみません!」

言って着席しようとするが、椅子が倒れていることにまで気が回らなかったらしく座り損ねて再度大音量が教室にこだまする。それまで仏頂面で立っていた教員が苦笑した。

「ああ、落ち着けフェネット。
で、何だ。お前枢木の知り合いか」

がたがたと騒がしく、今度こそ着席したシャーリーは、羞恥に染まった頬をノートで隠しながらしかしはっきりと言い放つ。

「はい!友達です!」

「じゃあ枢木の席はフェネットの後ろでいいな。
フェネット、後で学校を案内してやれ。その時は転ぶなよ」

説明は不要とばかりに視線で促されたスザクは、目の前で起こっていることが理解できずに瞬きする。
戸惑う視線の先では、既に以前あった時の様な眩しい笑顔を取り戻したシャーリーが手を振っていた。
























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