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高く青い空に、遠く鳥の声が響く。
思わず見上げるが、肉眼で確認できるのは狭い操縦席の天井だけだった。そのことに気を削がれて、カレン は軽く息を吐く。どうせ鳥の影を見つけたところでそれが何という名かも分からないのだから、それよりは 前を向いていた方が良いと思えた。
突然演習を行うと言ったゼロに、結成間もない黒の騎士団の面々が何を思ったかは分からない。
ゼロの名を慕って合流するものも陰ながら支援するものも少なからずいたが、カレンには彼らが何処となく 浮ついて感じられていた。
それらの気を引き締めるための演習であるということは理解できるが、その結果黒の騎士団がどのように変わるのか予想も出来ない。
ただ、何であろうとゼロは自身が守ると、それだけを貫けば良いのだと信じてカレンは山頂を目指した。











夢中天 27








その日、スザクは個人の持つ影響力というものを身を以て感じていた。
今朝教壇に立った時には周囲の視線は突き刺すように冷たかったが、とある少女の発言以来その雰囲気は一気に緩和され、現在自身を取り巻く気配は好奇心がその大半を占めている。
勿論、嫌悪の念が一掃されたわけではない。ごく少数、しかし強烈にスザクの存在を拒む意志も依然としてそこにはあった。
そのことに驚きはない。それよりも、目の前に座す少女こそがスザクを驚かせていた。

「久しぶり!まさか転校してくると思ってなかったから、驚いちゃった」

スザクが着席すると同時に話しかけてくる彼女は、間違いなく生粋のブリタニア人であるにも関わらず、自身をまるで友人の様に扱う。
否、聞き間違いでなければ確かに彼女はスザクを友人だと言った。これだけ多くの人の前で、被差別階級であるスザクを。

「あの、シャーリーさん」

「ん?あ、ひょっとしてルルのこと?今日もサボってるみたいなんだよね。
折角スザク君が転校してきたのに、間が悪いったら!叱ってやらなきゃ」

比較的小声で囁き合ってはいるが、HRが終わっているわけではない。教師も物言いたげな視線を二人に投げたが、結局何も言わず連絡事項を淡々と述べた。
教師が話しているのに私語を止めないという、目上の者に対する無礼を詰られない感覚がスザクには居心地が悪い。一変した周囲の温度も気にかかった。

「…シャーリーさん」

「ね、スザク君。私のことはシャーリーって呼んで」

シャーリーはスザクの戸惑いに気付かない様子で微笑む。
その、破顔と呼ぶに相応しい温かな表情に、スザクは漸く自身が感じている居心地の悪さが歓喜であることに気付かされた。
どれだけ貢献できたか分からないが、河口湖の事件で少なくともスザクは何かを行うことが出来た。
そして、その場にいたシャーリーがこうして微笑んで、スザクを友人として遇している。
その時初めて、ランスロットを駆ることと自身の理想が一致したように感じられた。
勿論、件の事件では副総督も居合わせていたことを失念している訳ではないが、ユーフェミアはスザクにとって雲上人すぎる。彼女は奉じ、従う対象だった。
しかし、シャーリーは違う。
彼女は、スザクにとって守ることが出来るものの象徴とも呼ぶべき存在に感じられた。
柔らかく視線を向けてくるシャーリーに何かを伝えたいと思うが、胸が詰まって何も言えない。
ようよう口を開こうとしたところで、痺れを切らしたらしい教師が二人に声を掛けた。

「おーい、ぼちぼち授業を始めるから、積もる話は後でにしなさい」

「あっ、すみません。
スザク君、またあとでね」

「…うん、後で」

嘘のように柔らかい会話だった。
微笑んで「あとで」と言える世界。夢のように美しい現実を、ランスロットならば守れるのかと期待せずにはいられなかった。
















「授業中すみません、このクラスに枢木という生徒がいませんか」

先の会話から、即ち授業が始まって数十分が経過したころだった。学園の事務員が上記の声を掛けながら扉を開く。生徒の視線が扉に集まり、次いでスザクに集中した。
教師も何も連絡を受けていなかったらしく、首を傾げてスザクと事務員を見比べる。

「あの…僕ですが、何か」

手を挙げたスザクがそういうと、事務員は不要領に言葉を濁した。

「あぁ、君か。何でも君の関係者とかいう人物が呼び出しを依頼してるんだが…セシルという人を知ってるかい?」

通常であれば、学園は生徒の保護者として立場がはっきりしている者を除けば、突然の呼び出しには応じない。しかし、スザクは入学の手続きが急だったことに加えて名誉ブリタニア人という特殊さ、更には軍属であるという説明を行っていることから、一応の配慮をしたのだということがうかがえた。
若干申し訳なく感じつつも、セシルの用件を知る筈もないスザクは疑問を抱きながら短く肯定の声を発する 。

「はい、お世話になっている方です」

「そうか、それなら良かった。
何でも外せない用事があるとかで帰ってきて欲しいそうだから、荷物をまとめてついてきなさい」

「はい」

身支度が早いのは軍人として最低限の特性でもある。
返事とほぼ同時に席を立ち、事務員の待つ扉に向かった。教室を後にする際振り返って教師に一礼し、次いでシャーリーに視線を向ける。
突然のことに僅かながら驚いていたらしい彼女は、スザクの視線を感じて表情を綻ばせ、音にはしない言葉を口にした。

『またね』

唇の動きでそれを読み取ったスザクは、小さく頷いて教室を後にする。
本来であれば今日は一日学校にいられる筈だった。否、他に用事のない日を選んで入学の手続きをしたのだ からそれが当然といってよい。それが半端に終わってしまい残念でもあるが、それでも初の登校は予想して いたよりも随分暖かった。
それは過去に手放してしまった、守りたかった温度と酷似しているように思える。
不思議な充足感と共に歩みを進めていたせいか、セシルの待つ応接室は酷く近くに感じられた。












「お帰りスザク君!初登校の感想はどうだった?」

特派に足を踏み入れた瞬間に向けられる無駄に高いテンションの声に、スザクは何故か酷く脱力した。
学園からの短い帰路、聞きたいことは無数に脳裡に舞い踊っていたにもかかわらず、その全てがどうでも良いように感じられる。これが眼前の男の計算であれば大したものだと思った。

「どうだった、じゃありませんよロイドさん!
折角の初登校をダメにしたんですから、きちんと理由を聞かせて貰いますからね」

スザク以上に腹に据えかねているらしいセシルは、学園の応接室でまずスザクに謝罪した後、自らも何も知 らされていないのだと語った。
突然迎えに行って来いと指示され、理由を尋ねてもスザクがいなければ言わないの一点張りだったらしい。
仕方なく言われたとおりにしたものの、納得していないのはその表情から見ても明白だった。

「それがさぁ!実は今日、ランスロットのデータ収集のチャンスなんだよ。
セシル君は知ってるよね、ナリタ」

「ナリタって…でもロイドさん、特派には出撃命令が出ていませんよ。
しかも、本隊はとっくに出発してるじゃないですか」

ロイドの声に反応出来たのはセシルだけで、スザクは言葉の意味も分からずに首を傾げた。
自分が呼び戻されたのが実験のためだというのならそれは理解できる。学校に行かせてもらえるようになっ たとはいえ、自分は軍人だ。
その為に何処かに出向くのならそれも分からないではないが、セシルの言葉を聞く限りでは「ナリタ」では本日はブリタニア軍が動くらしい。ただでさえ煙たがられている特派がそこに割り込むのは得策ではないよ うだが、ロイドには何か考えがあるのかも知れなかった。

「そう、出撃命令は貰えなかった!
ランスロットは実戦での戦功がないのに河口湖での派手なデモンストレーションの印象があるからね。
実際、あの方の肝いりとはいえ煙たくって仕方ないってところかなぁ?
でもさぁ「待機命令」も出てないじゃない?
馬鹿正直に時間通りに付いて行ったら「帰還命令」が出るかもしれないけど、今からなら僕らが実験のため
に何処に行っても…自由、だよねぇ?」

「ロイドさん!」

厳しい声を発するセシルとは対照的に、スザクはこれ以上ない程に毒気を抜かれていた。
腹案があるのかと思って聞いていたら、正にただ横槍を入れるつもりだったとは、呆れるを通り越して感心 してしまう。
あまりにも現実的でないロイドに言葉を失うスザクに、特派の主任は薄く笑って見せた。
瞳の奥まで笑っているくせに柔らかさの欠片もない、薄氷の様な笑み。うっかり踏み抜いてしまったら、き っとただでは済まないと思わせるような表情だった。

「勿論それだけじゃない。
軍の方では誰も気にしてなかったみたいだけど、どうも今日のナリタは雲行きが怪しいみたいだよ?」

「雲行きって、何かあったんですか」

それまで沈黙を守っていたスザクは、ロイドの視線に促されるように声を返した。
特派主任の態度に不満を感じているセシルも、会話の主体が自身から移ったことを感じて沈黙する。

「そう!あったんだよ、馬鹿みたいなことが。
君は覚えているよね、黒の騎士団!彼らが軍の動きをリークしている。
誰も信じちゃいないけど…信じてないからこそ、彼らは動くんじゃないのかな」

「黒の騎士団…」

呟きながら、世界を見て欲しいと言ったユーフェミアの夕日に彩られた横顔を思い出した。
弱者の味方であると声高に言うテロリストたち。
その姿を、スザクも見ておきたいと強く感じる。そこに副総督の意向が反映されていることは明らかだった 。

「セシルさん…ロイドさんの言うようなことがあるかどうかは分かりません。
分かりませんが…見ておきたいんです、今日のナリタを」

意を決したスザクは、思案気な表情の女性上官に真摯な眼差しを向けた。
この場の最高責任者はあろうことかロイドなので、本来であれば彼の決定があれば他に承諾を必要とはしな い。しかし、この場で最も親身に自身を心配していてくれる人物が誰なのかを知っているからこそ、スザク は自らの決定をまずセシルに告げた。
眉根を寄せていた彼女は学生として歩み始めたばかりの准尉の視線を真直ぐに受け止めて、やがて小さく息を吐く。

「…分かったわ。
でも、今日はランスロットを起動させることは出来ないと思っておいてね、良い?」

そう言ったセシルの表情は、既に柔らかく綻んでいた。
短く、確と頷くと彼女の表情は更に暖かくなる。よろしい、そう言われたようで面映ゆく感じた。

「ロイドさんも、良いですね」

「あは~、「そう」なると良いね、セシル君!!」

上機嫌を声にしたようなロイドの返事に、そもそも笑顔だったセシルの笑みが深くなる。
満面の笑みを通り越した朗らかな表情は、何故かスザクの背筋を凍らせた。
極上の笑顔を向けられたロイドも即座にびしりと音がしそうな程に背筋を正す。

「あら、私はロイドさんの意向を確認してるんですよ?
返事が違うようですけど?」

「はい、そのように努めます」

「よろしい」

短いセシルの声は、偶然にも先ほど自身の胸に宿った是認と同じ言葉でありながら、与えられる迫力は段違いという表現ではあまりある。
何事も想像と現実は異なるものだと、スザクはいやに感心してしまった。





















「え…何あれ…ブリタニア軍!?」

カレンが着替えの手を止めてモニターに視線を向けたのは、上記のようなざわめきのせいだった。
ゼロに指定されたとおり掘削機の設置を終えて暫く、カレンはゼロの傍らに張り付いていたが本日の演習についての説明は殆どされていない。
只一言、今日の成否は君にかかっているとだけ告げられていた。
自分でもお手軽だと思うが、その一言で気力が充実したことが分かる。ゼロの言葉さえあれば、例えどんなことでも出来る気分だった。
しかもいつもゼロから離れないC.C.も今日は姿を見せていない。黒の騎士団発足以来最大の演習で、誰よりも頼りにされているのが自分だと思えば、嬉しいと思わない方が嘘だった。
しかし先ほどの声に冷水を浴びせられたように感じて息を呑む。
周囲のざわめきは増すばかりだった。

「おい、どういうことだよゼロ!」

声を荒げたのは玉城だった。
彼もその友人である扇も、独自での作戦行動が不可能となった「扇グループ」を解散させ、黒の騎士団に参加している。とはいえ、その構成要員は全てそっくり黒の騎士団に入団しているため、解散というよりは吸収といった方がカレンには分かりやすかった。
彼らは偶然にも騎士団で再度行動を共にすることになったカレンを少なからず頼りにしている向きがある。
それ自体は問題なかったが、ゼロの懐剣を自負するカレンの側にいるせいで、ゼロとの物理的距離も狭まっていることは大いに問題といえた。例えば、今回の様に。

「お前が俺たちをこんなところに連れてくるから!
どうすんだよ、帰りの道も」

「もう封鎖されているだろうな」

興奮した男の金切り声に応えたゼロの声音は、機械越しにも酷く落ち着いていることがうかがえた。
そのせいか、緊張して強張っていたカレンの背筋から力が抜ける。大丈夫だと、意味もなく確信できた。
それだけではない。カレンはゼロが自分を暖かく、しかし時に客観的に評価していることを知っていた。
そのゼロが、ブリタニア軍に囲まれた場所に自信を伴い、且つ頼りにしていると言ってくれている。
ならば自分にはそれに応えることが出来るし、期待以上の働きをして見せる、自然とそう思えた。
無論、入団して日の浅い団員達がそう思うには無理がある。
玉城の絶叫は周囲の言葉を代弁しているかのように天に響いた。

「じ、冗談じゃねえよ!
やっぱりお前みたいな怪しい黒づくめに付いて来たのが間違いだったんだ!
もういい!ここから先はお前じゃだめだ、こうなったら俺が!」

「ちょっと玉城!あんたゼロになんてこと!」

勇んでコックピットを開いたカレンを、ゼロが片手を持ち上げることで制する。
その仕草を正しく読み取って黙した彼女を背に、仮面の男は懐から銃を取り出し煩く吠える玉城に向けた。
言葉が過ぎた彼に対する粛清かと顔色を失う面々を意にも介さず、ゼロは手の中で銃を反転させる。
それは明らかに他に銃を差し出す行為であり、自身に向けられた銃口が指揮官の決意を物語るようだった。

「既に退路は断たれた。生き残るにはここで戦争をするしかない。
この私抜きで勝てると思う者は、誰でも良い、私を撃て」

ゼロの言葉に、誰もが声を失う。
只一人、ゼロを微塵も疑っていなかったカレンだけが鋭く周囲に視線を走らせていた。
誰かひとりでも血迷って彼を傷つけようとする者があれば、それを排除するのは自身の務めだと信じて。

「黒の騎士団に参加したからには選択肢は二つしかない。
私と生きるか…私と死ぬかだ!」

静まり返った団員たちを見据えながら、カレンは心中ひっそりと笑った。
自身は、その二つのうちどちらかを選ぶつもりなど全くなかった。
彼と共に生き、命果てるときすらも彼とありたい。どちらの選択肢も手放したくはなかった。
きっとルルーシュは知らない。
カレンがこれほどまでに彼を想っていること、そして恐らくC.C.も同じような感情を抱いていることを。
これだからゼロは私が守らなければならない、彼女のその決意は恰もそれが当然のことであるかのように胸に馴染んでいつまでも消えなかった。






















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