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カレンにナイトメアを渡したところで、彼女がそれを大人しく使用するとは思えなった。
まさか戦場にゼロ仮面の代用品が落ちているはずもなく奪取した一般兵の装備でごまかしたが、おかげで彼女にとって自分はただのブリタニア兵になってしまっている(ゼロ仮面があれば見事な変人と認識してもらえたことに疑いはない)。
しかしそれでも十分だった。大人しく使わないなら仕方なく使えばいいだけのことなのだから。
恐らく暫くは正体不明の敵兵の真意を想像しもするだろうが、彼女が切迫していることに変わりはない。
そして、彼女の性格ならあるかどうかもわからない罠を警戒するくらいなら罠ごと体当たりで敵を倒すことを選択するだろうとルルーシュは確信していた。
だからルルーシュはカレンの心配をすることをやめた。




夢中天 5



本当に体力が落ちていたのだと、痛感せざるを得なかった。
ブリタニア兵に扮して目立たないように戦場を移動しながら、ルルーシュは小さく息を吐く。
つい先ほどまで頭がふやけていて思いつきもしなかったが、ほぼ確実にC.C.は連れ去られている。
そうであれば、どうやら「今回」は契約の締結は成らなかったようだが、共犯者として見捨てて逃げるわけにもいかず、
さらに言うなら彼女のもとに辿り着くことは現在のルルーシュにできる唯一の「シンンジュク事変」終了への手段だった。
カレンの心配をしなくなったとはいえそれはあくまで時間稼ぎが出来るだろうことに確信をもっただけに過ぎず、
このまま手を拱いていれば彼女の生命など何の名残も残さず消えうせるだろう。
そうならないためにはもっと根本的な対応が必要になる…そう考えながらルルーシュは同時に現在着用しているブリタニア兵の装備を奪った時のことを思い出していた。


カレンを呼び出すにあたり、ルルーシュは「学生」であり続けることは出来なかった。
正体不明の学生がナイトメアを差し出すよりも敵中の主義者と思われた方がカレンにナイトメアを渡しやすかったということもあるが、
何よりもこの夢に沿った対応をとるにあたりこの夢の中でのナナリーに危害が及ばないようにとの意識の方が強かった。
以前ならギアスの力である程度の自由がきいたが、今回はそれを期待できない。
ルルーシュが真っ先に試したのはヴィレッタにそうしたように「ショックイメージ」を任意に対象に見せる方法だった。
何をどうすれば良いかさっぱりわからないままに運よく一人でいた者に実験を行ったが、効果は思った以上に顕著で不幸な男は一瞬で泡を吹いて地に伏した。未だに方法はルルーシュにも解っていない。ただ、胸の奥に僅かに感じる力を解放するような気分だったことは覚えている。
ともあれルルーシュは自らを隠す衣服を手に入れ、ヴィレッタのナイトメアは無事譲渡された。
以上を踏まえて、ルルーシュは現在自らが持つ力は「他人を前後不明にする」能力だと位置づけた。
それだけしかないといえばそれまでだが、ひとまず現状はそれで充分だった。


砂塵が舞い上がり、響き渡る銃声と駆動音は未だ止むことを知らず方々で歌っている。
不快感を隠そうともせずルルーシュはクロヴィスのいる本陣を目指した。
カレンに与えた力は思ったよりも効果を発揮しているらしく、当初の目的通り囮の役割も十二分に果たしてありがたいばかりだった。


「前々から知ってはいたが、とんでもないな」


もちろん、たかが一機で敵中を駆けまわる自らのかつての騎士が、である。
思えば彼女はいつも機体性能以上の戦果をあげてくれたものだった。正直恐ろしくもあるが元気な姿を見られて感激一入でもある。
その雄姿を褒め称えることが出来ないのは残念だったが、ルルーシュは主戦場を後にした。







「ルルーシュ!!」




おなじみのカプセルに入れられたC.C.を助け出した時、まず感じたのは彼女の唇の感触だった。

「私を助けに来たのか?ふふ、可愛い奴め」

彼女にとって十分と思えるだけの(そしてルルーシュには些か長すぎる)時間を経過した後、C.C.の第2声ははっきりとそれとわかるほど弾んでいた。
怒鳴りつけてやろうと思っていたルルーシュは毒気を抜かれ、決して小さくない溜息を吐く。

「残念ながらその通りだ。解っているのなら少し大人しくしていろ」

出来るだけ素っ気なく言い放つと、案外素直にC.C.は頷いた。
C.C.が捕えられていたのはクロヴィスのいるG1の中の一室であり、そこには本来指令室にいるはずのこの艦の主も足を運んでいた。
ルルーシュやカレンが嬲られていると思ったのは間違いではなく、C.C.捕獲の報を聞いた後のクロヴィスは作戦を部下に任せると自らの「宝物」を確認に来ていたのだ。
そして、そこをルルーシュに襲撃された。彼はもちろん戦闘能力といった点では低かったが、得たばかりの能力を惜しみなく発揮しその結果として今ルルーシュとC.C.のいる部屋にあって意識を保っているのはお互いだけしかいなかった。
「以前」と同じように護衛を昏倒させた後にクロヴィスには前回同様戦闘停止を命ずるように指示し、今は良い夢を見ていただいている。

「殺すのか」

声から弾んだ色を取り去って確認したC.C.に、ルルーシュは小さく笑って見せた。

「その必要はない。お誂え向きにここには通信機があるからな…使わせて貰う」

見下ろす第3皇子は幼いころの面影を残している。やさしい人だった。そして、同時に多くの日本人を殺した人でもある。
かつて自分が殺した兄を暫く眺め、ルルーシュは通信機の電源を入れた。
巧緻に作られたそれは一見するだに操作方法すら判然としないものだったが、設定を変えるルルーシュの手に戸惑いは感じられなかった。

「何をしている?」

覗き込むことすらせずに声だけで聞いたC.C.に、こちらも振り向きもせずにルルーシュが答える。
その間、彼の手は休まず動き続けていた。

「大したことじゃないさ。ブリタニアには、副総督以上の任についた皇族だけが存在を知っているプラーベート通信のコードがあってな。対個人用にいつでも送受信ができてしかも馬鹿みたいに高度な暗号がかけられている」

「密約向きだな」

「むしろそれ専用と言ってもいい。争うことが好きな人種だからな。いつでもだれかと結託して目上の者を追い落とそうとしているし、だれかを陥れるためにならどんな苦労も厭わない。そして支配者はそれを奨励している」

つまらなそうに言うルルーシュに、同じ表情をしたC.C.が重ねて問いかける。
その声は、明らかに大して興味を抱いていないもののそれだった。

「シャルルらしい、と言っておこう。…で、お前はその物騒な家族通信を使って何をしている?」

「家族通信、だろ?相手はシュナイゼルだ」

そのコードをどこで手に入れたか、とはC.C.は問わなかった。一時とはいえ国主になったルルーシュのことだ、自国のあらゆるシステムを熟知していることに驚きはない。
が、通信相手には若干意外性を感じた。シュナイゼルはルルーシュにとって天敵ともいえる相手だった。
しかも密かに動かなければならない今、厄介な相手に存在をつかまれるのは得策ではない、と彼女は言いかけて黙った。
考えるのは自分の仕事ではないということを思い出したように。

「お前、どうするつもりだ?」

代わりに発した声には抑揚の少ない答えが返った。

「別に…。たかが夢でも同じ筋書は真っ平というだけだ。これでクロヴィスの無能っぷりを喧伝してやれば、他人の望みを叶えるのが趣味のシュナイゼルとしては放置も出来ないだろう。新しくシュナイゼルの息のかかった総督が現れるとして、暫くは大掛かりな軍事行動はとれないからな。今回の停戦命令も含めて、カレンたちも身を隠す時間くらいは稼げる」

「回りくどいな。さっさと殺した方が良いのではないか?以前のように」

気のない様子のC.C.の声に、ふとルルーシュの手が止まる。
ゆっくりと振り向いたルルーシュは、初めて会った相手を見るような眼で自らの共犯者を見つめた。

「以前、と言ったな。いや、そもそも気付きもしなかったが何故お前は俺を知っている?
共犯者だから、言葉通りの夢の共演か?馬鹿馬鹿しい」

最期の方は若干自嘲気味に、問いかけとも言い難い声を発する。
それに対して虚を突かれたように魔女は首を傾げた。

「お前、何を言っている?私のことを忘れたという風情ではないが…。私は自分の共犯者を忘れるほど薄情ではない。
それより、落ち着いてから聞こうと思っていたがお前こそどうして「ここで」生きている?
枢木のやつに刺された筈だが…どういったカラクリを使ったんだ?」

C.C.に発した質問は答えられることなく更なる疑問に上塗りされて返ってきた。
彼女の疑問に対する回答をルルーシュは持っている。つまり、すべては夢であると告げればいい。
しかし、そこで初めて死んだはずの悪逆皇帝は事態がやや容易ならざるものだと感じていた。
例えば、本当にただの例えに過ぎないが、今この時が自らの夢でないとしたら。
今自分は、「どこに」いるのだろう。

思考に沈みかけた頭を小さく振って、ルルーシュは目の前の通信機に目を向けた。
ともあれ、今はこの居心地の悪いG1から抜け出したかった。

「議論は後だ。ひとまずシュナイゼルに通信してここを出るぞ」

音声通信を避け、文章を暗号化して送信を実行する。
その時ふと、これでこの地にコーネリアは訪れないのだと思い愕然とした。いつの間にか、自分はこの夢の行く末を案じている。
それはまるでかつて自らが生きていた頃のように。




ルルーシュはそっと自らの左胸を押さえた。そこには、引き攣れたような傷跡が残っていた。








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