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鼻歌を歌おうとして、それができないことに気がついた。
小さく首を傾げて、何故なのかを考える。
メロディーを一つも知らないわけではない、幼いころから教養として多くの楽曲に親しんできた記憶はあるし、今この瞬間にイントロクイズでも出題されれば古典に限ればほぼ満点を取る自信もあった。また、既知の曲の内で音階に不安がないものも多く思いだすことができる。
それにもかかわらず鼻歌一つ嗜めないことが不思議でもあったが、意外にもすぐに理由に思い至ることができた。
つまり、今まで自分はそんな気分になったことがなかったのだ。我ながら随分気を張って生きてきたものだと思う。

「でも、そろそろ全てが終わる」

誰にともなく確認するように呟いて、V.V.は笑みを深くした。
地中深くに位置する研究所の空気は、外見に比例するように幼い響きの彼の声を吸い取り、何の余韻もなく消し去ってしまう。
V.V.は苦痛なまでの孤独を感じていたが、それに耐えることができた。
それというのも、孤独には終わりがあってその瞬間はもう間近に迫っているのだと感じることが出来るからだと幼い外見の彼は思う。

「そう、漸く全てが終わるんだ…長かったね、シャルル」

ここにはいない弟に向かって語りかける声には少年の声に似つかわしくない疲労の色が強く滲んでいる。ゆったりと笑みを浮かべながらV.V.が思い出したのは以前彼を邪魔した不愉快な女のことだった。
多くの人間に、その吐き出す嘘に囲まれて疲れ果てていたシャルルに取り入った妖婦。マリアンヌ。邪魔で仕方がなかったから始末した。計画が八割以上の仕上がりを見せ、やがて自分の行いは弟の知るところとなってしまうが、弟はそのことを責めないだろうと少年は確信していた。

「楽しみだ、本当に」

不要だったマリアンヌを殺害した結果、計画の要の一つだったC.C.は姿を消した。やや慌てた自分に、弟は速やかに対策を打ち出してくれた。即ち、用済みのあの女の子供たちを使ってC.C.を誘き出そうと。C.C.は甘いから、きっと過去に釣られて姿を現す。彼女の警戒心を無くすためにも、ブリタニア本国ではなく他国に…やがて植民エリアにする地域の一つに子供たちを放り出せばきっと食い付く、と彼は言ったのだ。
とてつもなく嬉しかった。やはり弟にもあの毒婦の子供たちは不要なのだと確信できた。
ただ、毒を持つ生き物の子はやはり危険だから、素養の高かった長子に制約を一つ加えて計画の一部として利用することを提案した。弟は勿論一も二もなく賛成してくれた。
最近になって、C.C.は長子…ルルーシュのもとを訪れたらしい。用心深い弟は、彼とその周囲を監視する必要を説いたので、それらしい小者を一人派遣した。
任務は特に言い渡さなかった、精々良く気をつけて見ておくように、程度で。
どうでもよかった。もう計画は完成しつつあるのだから。ルルーシュが多少何をしようと、C.C.が見つかりさえすれば詰んだも同然。

「これで、嘘のない世界が始まる」

言って、少年はふと恥じるように笑った。

「独り言が増えるのは年をとった証拠、だっけ」

それも仕方がないと思う。本来なら自分の髪は全て色を失うほどの老齢の域に差しかかっているのだから。しかし、自らの肉体が時を進めることはもう無い。それを思えば皮肉だと、少年は声もなく笑う。




この時彼は気付いていなかった。老化を忘れたはずの自身の体が成長の兆しを見せていることに。
「以前」皇帝によってコードを奪われ、コードを有さない肉体のみが蘇った今、彼はただの少年と何ら変わることがなかった。しかし、権威という力を手に入れ、ギアスを使わなくなった皇帝がギアスの消失に気付かなかったように、V.V.もまた危険のない研究所内で自らの不死性が失われていることに気付くことはなかった。











夢中天 15












ロロは移動教室の際、いつも一人だった。転校したばかりで友人がいないというわけではない。基本的にロロは他人に興味を抱かないが、周囲から浮いていては任務に障りがあることも少なくないので簡単な友人は既に作っていた。
しかし、今回の任務中はロロは一人でいることを好んでいる。それは空き時間に学年を異にする調査対象と接触を取りやすいということもあるし、また彼について考える時間を多く作れることを喜んでもいる。
しかし、今はそのような事情は抜きにしても学友の誰一人としてロロに話しかけようという勇気ある人物はなかった。というのも、現在のロロはゴーゴンの化身でもあるかのように鋭い目つき…表現を変えるならば視線で人間を殺すことを熱望しているかのように凶悪な表情をしているのだ。

(枢木スザク…元首相の息子。イレブン。否、名誉ブリタニア人。そして、兄さんの旧友)

先日任務の対象であるルルーシュ・ランぺルージを訪ねるともなく一人の男が姿を見せて以来、ロロはずっと脳裡に同じ言葉を溢れさせていた。平穏だった対象の生活が、唯一あの男の出現に関してのみ不透明になる。
本来であれば、ロロは任務の対象について与えられた資料以上の情報を求めない。
それは対象の偏った情報から誤った先入観を持つことを防ぐためだった。たとえロロの感じた印象が間違っていなかったとしても、ロロの判断は必要とされない。彼は常に求められた結果を機械のように緻密に正確に成し遂げれば良かったのだ。任務に対して求められた以上のことを為さねばならないという義務感すら、この原則を上回るものではない。
また、同様に彼は対象についてあらゆる想像を巡らせなかった。理由は前述の通り、ロロの予測と現実が大きく異なった場合の不都合を排除するために。無感動に、冷徹に、そして与えられた使命のままに対象を殺害することがこれまでのロロの手法だった。
しかし、今回ばかりは様相を異にしている。
まず、ロロは枢木の来訪以来ルルーシュについて独自に情報を収集した。そして断言できないまでも、一つ
の結論に至る。即ち、兄は廃嫡された皇子「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」と何らかの関係を持つのではないか、と。同じ名を持ち、嘗て故皇子がエリア11での拠点とした枢木の息子と既知の仲であるのならば、或いは。
次いで、ロロはさらなる禁忌を犯す。自らに与えられた仕事について、ロロはいくつかの仮説を立てていた。
例えば兄が故皇子であるとして、ルルーシュを懐かしんだ皇族が彼を呼び戻そうとしているのではないか。そのため、間違いなく皇子本人であることを確認しようとしているのではないか。
若しくは、幼いころから将来有望という評判を恣にし、今なお明晰な頭脳を誇るルルーシュを自陣に迎えるための下準備ではあるまいか。
はたまた、呼び戻すことは叶わぬまでも遠い異国で健やかに生きる彼ら兄妹を不逞の輩から守らんと欲しているのかもしれない。

(…枢木、スザク)

そこまで考えて、ロロは苦く男の名を脳裡に喚起する。
平穏な兄の生活に突如現れた不穏分子。兄の様子から、連絡をとった結果の待ち合わせとはとてもではないが思えない。虐げられた男が学生としての生活を謳歌する同い年の少年に何を思ったのか、想像するだけでロロは身震いするほどの悪寒に襲われた。
恐らく自分はこのような事態からルルーシュを守るために派遣されたのだ。きっと本国が行動を起こすまでの僅かな時間、自分はルルーシュの傍で彼を守りさえすればいい。
恐らく任務が終了した際には自分はもう彼の近くにはいられないだろうが、それでよかった。

必ず守り通して見せる、と決意を新たにするロロは、自らの想像が偏った方向に肥大し、客観的な視点を爪の先ほども有していないことに気付けない。
架空の任務の下、思い込みに過ぎない敵意を漲らせながらも、ロロの毎日は意図せぬままに充実したものだった。
















「駄目だ…」

「そうか」

椅子にかけ、ぐったりと項垂れる人形のような外見の男を眺めながら、同じく人形のような女は小さく零した。否、人形のようだという形容は今この瞬間には瞬間には相応しくない。彼女の口の端からはだらしなく伸びたチーズが片手に持ったピザに続いているのだから。
限界まで伸びて重力に従いゆっくりと垂れるそれを神経質な眼で見遣り、失意の表情のまま甲斐甲斐しく世話を焼くこの男は、恐らく性別を間違えて生まれたに違いないとだらしない女ことC.C.は思う。彼が女に生れていればきっと自分は男で、たおやかな女と豪胆な男でこれ以上ない似合いの夫婦になれる。
と、そう考えてハタと思う。
例えばカレンが男なら、細やかな女と勇敢な男として。
シャーリーがそうであれば奥ゆかしい妻と明るく大胆な夫として。
はたまたミレイの場合は家庭的な女性と行動的な男性として。
これが神楽耶であったら…そこまで考えて止めた。
代わりに、心を込めて呟く。

「お前、思った以上に哀れな奴だったんだな…」

「そう思うならベッドで物を食うのはこれっきりにしてくれ」

「断る」

「だろうと思っていたから期待はしていない」

そう言った表情が相変わらず沈んでいたから、チーズを拭ってもらった礼も兼ねて話を聞いてやることにした。目顔で先を促すが、思考に没頭しているらしいルルーシュには通じなかったらしく、口の中で何やらぶつぶつと繰り返している。仕方なく急いで咀嚼し、ついでに飲み物を一口飲んでから口を開いた。

「さっきから何を嘆いているんだ。順調だろう、お前は。
かわいい天使の妹はお前の悪魔のような裏の顔には気付いていないし、哀れな子羊の新しい弟はお前に懐くこと山の如しだ。素敵な生徒会役員の面々は今日も元気だし、そうやって嘆く権利があるのはむしろ虚しく放置されたままのカレンの方だろう」

言ってやると、異様に熱の籠った目線が返される。こういった場合、ルルーシュは前日もその前も不眠不休で考えていた、というケースが多い。そして、今回もその例に漏れないらしく忌々しげなルルーシュが語った内容は以下の通りだった。

「カワグチ湖、あの忌々しいホテルだ!シャーリーに行き先変更をするように言ったが、会長の今回のコンセプトが『美しい湖畔を眺めながらかっぱめしを食べる』だから変更は出来ない、だと!あまり執拗に反対すれば訝しがられる。もし何もなければ良いが、以前の通りの事件が起こった場合、必ず強硬に反対されたという印象は残る…これ以上の反対は危険だ」

流れるように話すルルーシュの剣幕に押され、C.C.は暫し口を噤んだ。
「以前」、ナナリー以外にも愛すべきものがいるのだと気付いたことはルルーシュにとって大きな前進だったと思うが、こうやって必死になって案じるクチが増えたのは本当に喜ばしいのか考えかけて止める。
喜ばしいに決まっているのだ。何故なら自分はこれ以上誰も愛さないと決めていた時よりも、目の前の男をいとおしく思っている今が明らかに幸福なのだから。
考える代わりに、些細な疑問を口にする。

「かっぱめし?」

「キュウリの浅漬けに長芋、または大和芋のすりおろしに調味料を混ぜたもの、これを炊き立てのご飯にのせ、刻み海苔とゴマをトッピングしたものだ!
ちなみに、食べたいのであれば用意すると言ったが逆に説教された!!」

曰く、「湖畔で」の要素が重要だとか。また、店舗によって細部に相違があるらしくそれを楽しむ目的もあるらしいがルルーシュにはどうでも良かった。
ぶつぶつと愚痴を零すように見せかけてその実凄まじい速さで可能性の検証・吟味を繰り返す苦労症の共犯者を眺めながら、C.C.は欠伸を噛み殺した。彼は悩むのが趣味なのかもしれない。

「もういっそのこと、出たとこ勝負で良いんじゃないのか。
相手の作戦概要は分かっている。決行日時も変更にはならないだろう。こちらの欲する情報は揃っているんだから、ギアスがなくともお得意のハッタリでなんとかできるだろう」

割かし本気で言った提案は神経質な少年のお気に召さなかったらしく、元より釣りあがった眦を更にきつくして大いに反論される。
その際の、馬鹿にしたような大きな溜息が異様に気に障った。

「いいか、C.C.。俺の持っている情報が常に変化の危険にさらされていることは分かっているだろう。
しかも今回はないよりマシ程度とは言え前回は一応役に立った扇たちがいない。人数を恃んだ作戦は取れない。予測される時期から考えて、カレンの協力を求めることは可能だが信頼のおける部下を作る時間はない。作戦を事前に了解していることを利用した下準備…例えば通風口などに爆弾を仕掛けておくなどの行為は開催者側に気付かれれば会議の舞台を変更される可能性が高い。
シャーリーたちのことを考えればそれも一手だが、コーネリアに対する牽制球を失うことになる」

一気に言い放ったルルーシュは俯き、固く眼を瞑る。
これは案外参っているらしい、とC.C.は思うが、しかしルルーシュの言う穴を全て回避した策を自ら考え付くとも思えないし、そもそもそれは相棒の仕事だなので彼女は頭を捻ることもなかった。
唯一、ロロという札が手元にあると言えばあるが、幾ら懐いたとはいえ彼に作戦行動をとらせることは自殺行為と言わざるを得ないだろう。
食べ終わったピザの箱を畳むこともせずに指で突いていると、低い笑い声が響いた。
音源を確認するまでもない、これはルルーシュの自棄になった時の癖だとすぐわかる。

「そうか、それならそれで対応してやろうではないか!」

強く言い放つと、電源を入れっぱなしだったPCに向かってキーボードに指を走らせる彼を見遣り、魔女は小さく笑った。いつもながら飽きない男だと思いながら。

「方策は決まったのか?」

「ああ。人手がない。ギアスがない。今の俺にあるのは情報と金だとは良く言ったものだ。
例のホテルの一般向けの部屋を全て借り切る。
借りた部屋に爆弾を設置すれば人目を避けて通風口周辺をうろつく必要がなくなるし、会長たちが巻き込まれることもなくなる。今日聞いた話ではホテルの予約はまだしていないらしいから、今空室になっている部屋を全て借りれば条件はクリアだ。周辺の別のホテルに宿泊しようが巻き込まれないのは前回の事例が証明しているからな」

「以前」ナリタでの土石流の反省を活かして学んだ物理の応用で、どの部屋にどれだけの爆薬を設置すればよいかは大体分かる。そうでなくとも以前もホテルの爆砕は成功しているのだ、難易度があがったとは思えなかった。架空名義で会議を跨いで前後10日も借り切れば問題ないと思えた。

「馬鹿馬鹿しくも思い切った作戦だな。それでピザが何枚食べられるのかと思うと胸が痛むが」

「いつも人の財布から遠慮もなしに注文し放題の女の言葉とも思えないな」

肩の荷が下りたとばかりに息を吐くルルーシュは、ふと真顔になって窓の外を見遣る。
その方角に何があるのか、心当たりが多すぎてC.C.には正確に計ることができなかった。ただ、彼が今誰のことを考えているのかは分かる。
ひたすら狂おしく、まるで恋情のように思えるほどにルルーシュを待っている少女のことだ、と。
それは話の流れからも判じることができたし、彼の瞳に宿る僅かな罪悪感からも読み取れた。
この愛情の強すぎる魔王は、カレンがそれを望むだろうと予測しながらも彼女を、嘗ての忠実な親衛隊長を新たな戦火に投じることを未だ躊躇している。
しかしそれはC.C.から言わせれば杞憂の一言に尽きた。彼女は必ず、ルルーシュの采配で戦場を駆けることを至上の喜びと感じるだろうと断言することすら出来るが、しかしC.C.はそうしなかった。
ルルーシュの向き合うべき感情だと、そう思って。


















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