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煌びやかな装飾に溢れたその部屋は、実用性もさることながら足を踏み入れる者に対して威圧感を与えることを目的に作られているかのようだった。

絶対君主制を掲げる神聖ブリタニア帝国に於いて、最も貴い場所…即ち皇帝の執務室である。重厚な調度品と、それに比例するかのように重苦しい空気の中、場違いなほどに朗らかに少女は笑った。

「計画は順調よ。C.C.もあの子に接触しているし」

部屋の主のためだけに存在する椅子の肘掛に腰掛けながら、まさにその椅子に座す皇帝に話しかける。
肘掛に腰掛けることのみならず、背中越しに最高権力者に声をかけるなど、本来であれば決して許される行為ではなかったが、現在その行いをとがめる者はここにはいない。
意味もなく室内に視線を巡らせながら少女は尚も笑った。
王権神授を基礎とするブリタニアは、血統を尊ぶ。そのため、歴代皇帝の肖像画が執務室の壁に飾られており、少女の視線はその様を嘲るようでもあった。歴代皇帝には男も女も老いも若いも存在したが、全ての先人が愚物に見えるということは、彼女にとっての不幸であったかもしれない。自らと同じ桃色の頭髪をもつ過去の女帝の肖像画を眺めながら、少女は言う。

「だけれど、最近様子が少しおかしいのよね…。気まぐれが長引いてるだけでしょうけど。
だから、手駒を増やしてみてはどうかしら。V.V.のおもちゃの中に監視にはちょうどいいのがいたでしょ?
ただの保険よ、でも…失敗は避けたいもの、ねぇ?」

悪戯に振り替える少女の視線を受けて、老齢に達する皇帝はゆっくりと頷いた。
そもそも、彼は彼女の意見に反対するつもりは毛頭なかった。







夢中天 11








「どういうことだ」

「私に聞くな」

最近上記の遣り取りが盛んに行われていることを思い出して、少年と少女は同時に息を吐いた。
そも、記憶は本日の昼に遡る。

最近息を潜めるように…とはいっても身を隠すためではなく、何らかの変化を見逃さないように周囲に注意を怠らない意気込みを見せる紅月カレンを交えて、本日は生徒会の集まりがあった。
とはいえ、今年度の予算編成も終了しており時期的には然程忙しくはない。そして、そういう時期ほど我らが生徒会長の血が騒ぐらしく。昼休みに全校放送で「祭りだ!全員集合!!」とわけの分からぬ呼び出しをいただいたのである。
これは無視しても事務的には何の支障もきたさないが、後々のことを考えるとそうも言っていられない。
呼び出し無視のペナルティーも然ることながら、企画が決まった後の拒否権放棄を強いられることになるのだ。ノリだけで全てを遂行しようとする向きのある彼女を止めることが出来るのは名実ともにルルーシュのみなので、カレンの様子見も含めて本日の呼び出しには素直に従った。

以下、時間を遡ること半日。




「じゃあ、万国博覧隠れ鬼で決定ね!」

「却下です」

毎度の如く行われる遣り取りに、最早既存の生徒会メンバーは顔色一つ変えない。
慣れない風情のカレンだけがやや引き攣った笑みを浮かべていた。

「え〜どうして?楽しいのに」

「予算は。時間は!そもそも高校生にもなって、隠れ鬼って何ですか」

「そこは我らが副会長の腕の見せどころでしょ?楽しいと思うんだけどな、民族衣装でかくれんぼ」

「民族衣装を着る意味が分かりません」

言い合いを続けるミレイとルルーシュを横目に、カレンは表情と同様にやや不自然な声を出した。
今のルルーシュから見ればかなりの割合で仮面が剥がれ落ちているが、「お嬢様」であることを続けようとする様が何とも微笑ましい。

「あの…話には聞いていたけど、やっぱりその、お祭り…みたいなことって、いつもやっているの?」

質問を受けたシャーリーが、なんでもないことのように朗らかに頷く。

「うん。大体会長とルルの妥協点が見つかるまでに30分くらいだから、そろそろ終わるんじゃないかな。カレンさん砂糖いくつ?」

「あ、ミルクだけで」

紅茶を淹れる片手間に話が終了してしまう。
随分と言えばあまりに随分な平和さ加減に、カレンは隠せぬ溜息をついた。彼らは強者だ、そんなことを実感している。カレンたちが拙いながらも民族の尊厳や自らのプライドを守ろうと、その為になら命をも賭けて良いと思っている同じ時間に、同じ年齢の彼女たちは大掛かりな遊びの提案や午後の紅茶の準備を楽しんでいる。
不公平だとは思わない。ブリタニア皇帝は殺したいほどに憎いが、彼の言う人は不公平であるという言葉には一理あった。だからこそ、不公平だなどと不満を漏らしたくはなかった。
胸の奥に燻ぶる衝動をやり過ごして、カレンは穏やかにほほ笑んだ。これが誰もいない山奥であれば、自分は声の限り吠えていたかもしれない、そういう瞬間が最近増えていると思いながら。
だからこそ正体の分からぬ『誰か』の接触を待ち望んでいるのだが、その兆候は一切なかった。
そもそも前回の打撃を受けて、扇たちのグループは活動不可なまでに弱体化している。参謀としてのナオトを喪った今、たった数名のセクションではないに等しかった。
苦労して手に入れたグラスゴーもまた破壊されている。そこまで考えて、カレンは自宅の一角に隠したKFのことを思わずにいられなかった。
今までに見たこともない、どう考えても異色な紅の機体。あれを上手く使えば、と思ったことがないと言えば嘘になる。しかし、そう思うと同時に思い出されるのは嘗て無力に立ちつくした戦場の景色だった。
ただ、一人の人間としての紅月カレンに何が出来るかと考えさせられたあの日。カレンの哀しくも優秀な頭脳が弾き出した答えは「無」だった。
何も出来ない。その力がない。そして同時に、その思想もない。ただ、自らを焼く感情を持て余してのたうち回っているにすぎないのだと痛いほどに感じた。
そして、それが分かっているからと言って何処へもぶつけようのない感情は収まることを知らない。
夜半に涙で頬を濡らして目覚めることも最近では稀ではなかった。
何かが足りないと思っている、そしてその何かを待っている。
待つだけの我が身を悔しく思いながら、カレンは「お嬢様」として微笑む。


「じゃあ万国博覧スイーツビュッフェで決定ね!」

「…分かりました」

カレンが物思いに耽っている間に、生徒会ツートップによる会議は終了したらしい。
どうやら今回の祭りの外せないコンセプトは「万国博覧」にあったらしく、その一点を主張する会長と、参加任意のうえで材料は参加者持ちよりならば予算をクリアするという副会長の妥協点が一致したらしい。
但しそれは事務的な部分のみの見解で、周囲から見ればこの結果は予算とは全く別の点で副会長のお気に召したということが明らかだったが。

「素敵です。いろんな国のお菓子がいただけるんですか?」

嬉しそうに微笑む副会長の天使。
そうだよ、と応える兄の声には既にこれ以上の甘味は胸やけがすると言いたくなるほど甘かった。

「え、と。みんなでお菓子作りするってことでいいのかしら」

自慢じゃないが無理だ、と思いながらも確認すると、最近専ら回答に専念しているシャーリーがいつものように朗らか満開で応える。

「うん。でも多分大体ルルと会長で作っちゃうから、私たちはお菓子パーティーに呼ばれた感覚でいいと思うよ」

楽しみだね、と笑う少女を見ながら、カレンはこれが半ば流れてしまった自らの歓迎会のやり直してあることに気がついて若干居心地が悪くなる。
嬉しいと感じながら、そう感じる自分をどこかで責めていた。

と、その時。


「お、総督決まったんだって」

早くから会話から外れていた役員の一人、リヴァルがテレビを見つつ声を上げた。
皆の会話も収束に向かい、それは人の目を引くに値するタイミングだった。
ナナリー以外の者はリヴァルと同じ画面を見て、小さく声を上げる。無関心に近い反応だった。
そもそも一般人にとっては政権担当者が誰であろうと然程変わりはない。税を納める名義が変わったところで誰一人として困るものはいないのだ、通常であれば。
そしてここには、通常でない人物が3人。




紅月カレンは息を呑んだ。
テレビ画面に映し出されたのはブリタニアの魔女と称される第3皇女。
いくつもの二つ名を持つ彼女は戦女神とも呼ばれており、テロリズムを謀る彼女にとっては明らかに歓迎できない状況だった。

ルルーシュ・ランぺルージは息を止めた。
変化に聡い妹の前で動揺をあらわにしたくはなかったが、彼の計画と現実がずれる音をこの時確かに聞いた気がした。
戦女神は戦場にて咲き誇ればいい。何れ敵する相手とはいえ、今この時ではないと勝手に思っていた。

ナナリー・ランペルージはいつものように微笑んだ。
彼女はテレビの告げる「第3皇女コーネリア」の名を懐かしい気持ちで聞いていた。
そして、それだけだった。それ以外に何の感慨も湧かない。それは一般の人々と同じ無関心にすら近かった。
何故なら、誰が総督であろうと兄が自分の傍にいることに変わりはないのだから。



「あ、この前のクッキー出すね」

あまりにもいつも通りのシャーリーの声に、その日の集会もしくはお茶会は進んだ。






そして今。
魔王と魔女は声を潜めて会議中である。

「現状のエリア11にコーネリアは不要な筈だ」

EUもある。中華もある。対中華路線では何れエリア11は要地になるが、今はまだ然程の土地ではない。
勿論ルルーシュはコーネリアが妹のための足場を探していることは憶測の範囲として了解していたが、それには他にも適所と思われる候補地がいくつもあった。
その中で敢えて重要度の低いエリアを選択したことに作為を感じている。
それを正確に読み取ったC.C.はゆっくりと頷いた。

「お前の行動でクロヴィスは命を落とさなかった。ジェレミアもその地位を失ってはいない。
お前の選択肢で変わったことは多いが、エリア11が主を失ったことに変わりはない」

復習のように呟く女の真意を図って、ルルーシュは言葉を繋げる。

「目先の情報の書き換えは可能でも、大筋は変わらないとでも言いたいのか」

「さてな。そもそも、何が大筋でどれが些事なのかは人によって違うだろう。
ただし、変わったこともあれば変わらないこともある、それだけだ」

言わずもがなの魔女の声を聞きながら、魔王は心中同意せざるを得なかった。
クロヴィスの生は彼自身にとっては何よりも大きな変化だが、政治の中心から退いてくれさえすればゼロにとっては些事に過ぎない。ルルーシュにとっては、とは彼は考えなかった。

「だとすると、以降は過去と未来の誤差を調整しながら計画を組み立てる必要があるな」

言いながら、それでも甘いと考える。
誤差の調整なら予測の範囲では実施していた。それで対応できないのであれば、必要なのは誤差の修正と無限に増大する選択肢の取捨、および目標の絞込。
口元に手をやって思考に没入する元共犯者を見遣って、精々悩めとC.C.は笑った。








そして、翌日。
ルルーシュは幾ら考えても思考の及ばない可能性があることを目の前に提示された。

「お久しぶりです。僕のことを覚えていますか、ルルーシュ兄さん」

物言いたげなミレイに連れられて生徒会室に現れた少年は、確かにルルーシュ・ランぺルージの弟だったのだから。





































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