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 寝耳に水、そう表現しても良いのかどうかは誰にも分からなかった。エリア11が落ち着いていないのは誰の目から見ても明らかだったが、それは既にブリタニアと黒の騎士団の主権争いでしかない。もっと明確な表現を選ぶなら、エリア11にはブリタニアに対抗できる力を有するものは黒の騎士団しか残されていなかった。ブリタニアは黒の騎士団のみを警戒していたし、対する黒の騎士団は神出鬼没の作戦の手を休めない。ニュースを騒がせるそれらが日常になってしまっていたから、誰もが突然耳にした中華と彼らに組した日本解放戦線の名に驚きを感ずにはいられなかった。無論、この場合の「誰」とは政情に無関心な一般の人々を指す。






夢中天 39





「ごめんリヴァル、この埋め合わせは必ず」
「っていうかさぁ、お前は良いんだよ別に。…あのさ、大丈夫なんだよな? お前は前線には出ないって言ってたよな?」
「うん、心配はいらない。きっと直ぐに戻って、学園祭の準備を手伝うよ」
 言いながら鞄を手に取ったスザクは、次の瞬間には生徒会室の扉をくぐっている。このところ平和だったから、学園に顔を出す日が多くなっていた。それを当たり前と感じることはまだ出来ないが、友人と笑いあう自分に違和感を感じなくなっている。
 しかし、やはり誰が何と言おうと自分は軍人だった。キュウシュウに不穏な動きがあると、上司からの呼び出しを受けた途端に学園の風景がはっきりと遠ざかる。戻らなければならない、そう思うのに疑問を感じる余地はなかった。
 最近欠席が続くルルーシュについて不満を零しながら一緒に作業をしていたリヴァルに暇を告げて己が職場に向かう間、数人の男の名がスザクの脳裡を過る。中華と手を組んだといわれる澤崎、彼らに武力を以て加担した片瀬、彼らを憎む気持ちがあるわけではなかった。しかし、その手段を肯定することは出来ない。
(間違ってるんだ…! 間違って得た結果に意味はないのに!)
 そう思うほどに、自然とスザクの歩は速くなった。日本を捨てて中華に奔った澤崎、武力で抵抗を続けながらつい先日エリア11を脱出した片瀬、彼らが手を組むのに不思議はない。しかし、あまりにも釈然としなかった。既に日本はない。エリア11で生きるためには、ルールを守らなければならないのだ。名誉ブリタニア人となり、支配を受けながら上を目指して努力する。それがルールなら是も非もない筈だった。そうやって正しく努力して、いつか分かりあえる日を目指す。それが正しいのなら、それ以外は全て間違っている…否定されなければならない。
 思いつめたような瞳をしたスザクは、校門を出たところで見知った姿を目にして小さく息を吐いた。それまでの重い気分が一掃され肩が軽くなって初めて、自身が緊張していたのだと気付かされる。我知らず穏やかな笑みを浮かべたスザクは、視線の先の友人の名を呼んだ。
「ルルーシュ…今頃登校かい? リヴァルが怒ってたよ」
「なんだスザクか。リヴァルが怒ってるって? 面倒だな、じゃあ今日は生徒会はパスだな」
 何でもないように言うルルーシュは、両手にスーパーの買い物袋を提げている。作り物のように整った容貌の彼だが、こうしていると妙に家庭的で愛嬌があった。
「可哀想だよ、それは。今だって皆の分の仕事を一人でしてるんだから」
 軽く咎めるような口調で言うと、ルルーシュは肩を竦めた。小さな動作は、彼がその事実を全く気にしていないことを表している。実にひどい男だ。聞えよがしに溜息を吐くと、幼馴染はその切れ長の目を細めてみせる。
「仕方ないな、ほら」
 楽しげな彼が言葉と同時にスーパーの袋から取り出したのは、手のひらに乗るくらいの小さな袋だった。一口サイズの黒い塊が幾つも入ったそれは、日本人のスザクにとってはなじみ深い。
「…黒糖?」
「そう。健康に良いと聞いて試しに使ってみたらロロが気に入ったらしい。でもキュウシュウがこの様子だったら入荷が遅れるだろ」
「…君は相変わらずだね…。で、これは?」
「口止め料、だろ」
「賄賂? 随分悪人じみた真似だね」
 悪戯っぽく笑う、その様は堪らない程に日常だった。澤崎や片瀬のことを考えて曇っていた心中が晴れてゆく。そう、彼らを守るためにも間違った者たちを排除しなくてはならないのだ。正しい世界で綺麗に生きてゆく彼らを守らなければ、自分には生きている意味などない。スザクの胸中を知らずか、ルルーシュは穏やかに微笑んだ。
「なぁ、スザク。俺は世間を騙して嘘をついて、法まで侵して生きているのに、こうやって黒糖の心配なんてしてる。
 お前の言葉を借りるわけじゃないが、見ようによってはとんでもない悪人だな」
 きつい言葉とは裏腹に柔らかな表情を浮かべた友人に、スザクは思わず目を見開いた。間違った者を排除する、そう誓った瞬間に聞きたい言葉ではない。
「ルルーシュ、君は何を」
「いや。ただ、お前には色々と見逃して貰わないといけないからな。賄賂ついでだ、今度夕飯を食べに来いよ。ナナリーも喜ぶ」
 過敏に反応したスザクに気付かぬらしいルルーシュは普段と同じように言葉を綴った。乾いた笑いを何とか表情に張り付けたスザクは、その事実にすら驚愕する。そう、それは事実なのだ。ルルーシュは嘘をついて生きている。それも国家に対する嘘だ、ならばそれは犯罪と呼ばれるべきだ。
(違う、ルルーシュは…ルルーシュとナナリーは間違ってなんかいない)
 守るべきもの、美しいものの代表とも呼ぶべき彼らが間違っているのならこの世界はどうなる。命を守るための嘘を重ねる彼らを罰して、イレブンに容赦ない拳を振るうブリタニア人を守るのが正しいのか。
(違う、そんなことを考える必要はない。ルール…ルールだ)
 意図して思考を閉ざそうとするスザクに、ルルーシュは眉根を寄せた。細く優しい指先を頬に滑らせながら瞳を覗き込まれる。その優しい所作は、彼が妹を気遣う時のそれにひどく似ていた。
「スザク、お前顔色がひどいな。ちょっとは休めよ。…お前に何かあると、ナナリーが悲しむ」
 心配そうに言う声は、言葉を裏切って彼自身の心痛も伝えるようだった。言葉の最後に柔らかく頬をつねられて、スザクは反射のように笑みを浮かべる。しかし、先程のそれ以上に歪な笑顔だったことは間違いなかった。過ちを犯した自分は、望まれるに相応しくはない。罪を償って、いつか擦り切れるように命を使い果たすのが身の程というものだ。
「無事に帰ってこいよ」
 汚れた手しか持たない自分を、綺麗な友人が望んでくれる。しかし彼だって嘘をついているのだ。
(違う、ルルーシュが悪いんじゃない)
 ならば何が悪いのか。それを明確にすることも出来ないまま、スザクは己が部隊に足を向けた。手の中の黒糖は口に含めば甘いだろうに、その姿は黒く重たい。








「このど根性悪」
「何が言いたい」
 浴びせられた罵詈に、ルルーシュは顔を顰めた。ゼロの衣装に身を包んだ彼は、間もなく黒の騎士団の総帥としてメンバーの前に立たねばならない。それを知っているC.C.が、考えなしにこのような言葉を口にする筈はない…と、言えないところが悲しかった。それでも一先ずは真意を確認してやろうと視線を向けると、彼女は見慣れたあの薄笑いを表情に乗せている。他の誰がやっても不快な表情だが、何故か彼女が浮かべるその笑みは嫌いになれなかった。自身が魔女に全く同じことを思われていることを、ルルーシュは知らない。 
「いや? 今から激戦地に向かう枢木の精神を揺さぶってやるとは、お前も思い切ったことをする」
「何だそのことか。別に大したことじゃない、ただの確認事項だよ。あいつは追い詰められないと頭を働かせないからな、これも良いチャンスだ」
 あっさりと言い放ったルルーシュは、しかし口調以上にスザクについて達観している向きがある。無論今の強迫観念に凝り固まった思考は捨てるべきだが、それを説いたところで上手くいかないのは実践済みだった。ならばどうすると考えると選択肢は「何もしない」しかない。変わらず深い愛情を抱きながらもナナリーを特別扱いしないと決めた時のように、スザクにもある程度の信頼を置くことが出来ることをルルーシュは知っていた。なんだかんだいって彼は結構悪運が強く、言葉を変えるなら案外しぶとい。ブリタニアの命令があればあっさり自分から命を捨てるような男ではあるが、それについて気をもんでも仕方なかった。ならば出来ることは、最悪の事態が起こる前にブリタニアを叩き潰す、それしかない。ただ、ブリタニアからの支配が消えたところであの石頭の決意が解けるとは思えないから、ちょっとした情報を織り込んでやった。
 所詮、この世に聖人君子はいない。そのことを思い出しさえすれば今のところはそれで良かった。
「そんなことより、今日は忙しくなるぞ。俺とC.C.は勿論、カレンとロロの手も借りる必要がある」
「やった!」
「任せて!」
 然して大きくもない音量の声は、しかし忠実な部下達の耳にはしっかりと届いていたらしく彼らは実に分かりやすく破顔した。嬉しくて堪らないといった表情の二人を見つめたシャーリーは、ひどく満足そうに頷く。本当なら自分も想い人の役に立ちたいが、これが遊びではないということは重々理解していた。まだ何も出来ない。ならば、帰ってきた彼らを暖かく出迎えるのが自分の仕事だと、彼女はそう思っていた。
 その観点からすると、仲間たちが喜ぶのは自分のことのように嬉しい。十分な鋭気を保って戦場を駆け、無事に戻って欲しかった。
「みんな、行ってらっしゃい。怪我しないでね」
 言って微笑むシャーリーに、ロロは言葉もなく頷いた。カレンも表情に自信を輝かせながら笑みを返す。
「ええ、ルルーシュは私達が守るわ。だからシャーリー、待っててね」
 カレンの声には友人を置いていく引け目は感じられない。それはごく自然な言葉の遣り取りだった。言葉もなく彼らを見守る黒の騎士団総帥に、彼の共犯者は低く笑みを零す。
「女一人で随分違うものだな。…嘗ての黒の騎士団は寄せ集めだった。同志だなんだと言葉で飾っても、結局は」
「ああ、それがシャーリーだからな」
 魔王が自分のことのように得意げに語るものだから、魔女も意味もなく嬉しくなった。ギアスは人を孤独にする筈なのに、行くところまで行き着いた自分たちはこんなにも素直に他人を愛している。その得難さを知っているから、魔女はここの空気を愛さずにいられなかった。








 嵐に紛れて敵のキュウシュウへの上陸を許したコーネリアは、その麗しい表情を歪めた。物量で押せば勝てない相手ではないが、切欠が掴めない。否、それも苦しい言い訳に近かった。
「チッ」
 皇族としての振る舞いに外れていることを理解しながらも、苛立ちに塗れた舌打ちを零す。中華だけなら然程怖い相手ではなかった。占拠されたとはいっても所詮は他国の軍隊が一時入っただけなら追い出すのも容易い。その意味で言えば澤崎も怖い相手ではない、彼も所詮一官僚と呼んで差し支えなかった。しかし、中華の軍勢に加えて日本解放戦線の残党が軍隊として拠点を抑えているのが痛い。彼らにはこの国を守った経験があり、地の利というものを十分に理解していた。そのことが中華を強気にさせているらしく、肩入れも生半なものではない。無論、敵の目をこちらに引き付けておいて中華本国を叩くという手は有効だが、それをするならコーネリアも本国に助勢を求める必要があった。ブリタニアの定義では、それは局地戦における負けを意味する。
「コーネリア殿下、損害が大きすぎます。この天候では空も使えませんし、上陸作戦は天候が安定してからでも…」
 忌々しく唇を噛んだコーネリアは、日本解放戦線の国外逃亡を助けた黒の騎士団を思い出していた。
(ゼロ…あの男、これを読んでいたのか)
 あの時、ゼロは戦力としてではなく生きたいと願う日本人としての彼らを救うと言った。しかし現実に、彼らは武器を以てエリア11を攻めている。お題目は別として、今ゼロが国内で彼らに呼応したならブリタニアとしてはともかくトウキョウ政庁としては致命傷を避けられなかった。無論、ゼロだけではない。以前から動きの怪しいキョウトや各地に散らばった弱小勢力がこの機に結託すれば、と思うと腸が煮えるような気分にならずにはいられなかった。
 打開策として、枢木を使う手筈は整えてはいる。しかし、敵の分母が大きすぎた。フロートユニットとやらを装備したKFは一騎、それを駆る枢木はユーフェミアの騎士とはいえ戦場知識は雑兵に近い。一騎駆けでというだけでも勝率が低いのに、戦術的能力が皆無に等しい枢木では囮になれば御の字というところだった。ユーフェミアに恨まれるのは辛いが、総督として間違った判断ではない。
「…時間を置けば敵の利になるばかりだ。急がせろ」
「はっ」
 澤崎という名目と、日本解放戦線の持つ武力が中華に本腰を入れさせた。そして、それがあるから国内の反抗勢力も黙ってはいない。分かり切った構図だが、それを打破する力が今のコーネリアには足りなかった。
「…ゼロめ」
 忌々しい呟きは、胸に重くのしかかった。






「これより黒の騎士団は中華による武力介入を鎮圧に向かう」
「嘘だろ!? だって日本を名乗ってるし、日本解放戦線だって…!」
 慌てたような声に、ゼロは静かに仮面を向けた。僅かな所作に過ぎないその動きは、しかし周囲を圧倒する雰囲気に満ちている。
「そう、名乗っているだけだ、日本を。中華の傀儡になった日本は既に日本人のものではない」
「ならば討つというのか、ゼロ。片瀬少将を、貴様は…!」
 周囲の困惑に満ちた声と違い、切り裂くような藤堂の声音には明らかなまでの怒りが含まれていた。ゼロについて全ての日本人のために力を尽くすと決めたところで、片瀬に対する忠誠は藤堂にとって捨てられるものではない。出来ることなら片瀬達と合流したい、否、合流することが自然だとすら考えていた。
「藤堂…私は決定を翻すつもりはない。中華の傀儡として日本を攻める以上、彼らは敵だ」
 しかしゼロは、何事もなかったかのように言葉を紡いだ。血管が浮かぶかという程に難く拳を握った藤堂は、強い視線を黒の騎士団総帥に向ける。きつすぎる眼差しは、殺意を乗せているかとすら思えた。牽制するように間合いを測るロロを仕草だけで押し留めた仮面の男は、藤堂をじっと見据える。仮面のせいで彼の目を見ることが出来るものは誰一人としていないが、藤堂の視線とゼロのそれは確かに交わっていた。
「ならば聞こう、藤堂。彼らがこの地を奪還したとして、それでどうなる」
「日本が蘇る。…そうだろう、中華の介入は已む無しにしても、日本人の手で祖国を奪い返せる」
 噛みしめるような言葉が、藤堂の苦渋を表している。彼をいきり立たせているのは片瀬への忠義だけではない。今ならば日本を取り戻せるかもしれない、その希望が薄らではあれど見えているのだ。しかし、ゼロは厳しく言葉を発する。
「違うな、間違っているぞ藤堂! この先彼らがもし成功しても、中華の支配を逃れることは出来ない。平等を謳う中華の貧富の差を知らない訳ではあるまい。彼らもまた、ブリタニアと同じだ…支配階級は、弱者からの搾取を当然のこととして行うだろう。
 そして圧迫された彼らは、更なる弱者に対する差別を始める…つまり、現在名誉ブリタニア人として生きる日本人への迫害だ」
 断定の形で言いきられたそれは、ただの一可能性に過ぎない。しかし、誰もが無視できない未来でもあった。確かに、血を流して祖国を奪い返した者にとって、それまでの政権に尻尾を振って生きてきた同胞は憎くも見えるだろう。そうでなくても、軽んじる空気が生まれることは想像に難くなかった。ただでさえそうなりがちなのに、中華という新たな支配者に頭を抑えつけられた不満は攻撃性を増して弱者に向かうだろう。
「国籍も人種も、主義主張も関係ない。黒の騎士団は弱者を守るために存在している。そうである以上、彼らは日本に対する侵略者に過ぎない」
 ゼロがそう言葉を結んだ時、藤堂は低く呻いただけで言葉を発することはなかった。個人としての感情は片瀬を選びたいと言っている。しかし、戦場を駆ける男として、藤堂は既にゼロの理想の一端を理解していた。その部分が、彼の言葉を信じさせる。藤堂が苦渋の決断を下そうとした瞬間、その場に軽やかな拍手の音が響いた。誰もが意表を疲れて視線を向けた先には、艶やかな黒髪が印象的な少女が満足気な笑みを浮かべて立っている。嬉しげに拍手を終えた彼女は、深く微笑んでゼロに一礼した。
「お久しぶりです、ゼロ様。貴方がわたくしの思う通りの方だということが良く分かりましたわ。それでこそゼロ様です」
「神楽耶様…! 何故ここに」
「あら、夫の戦場に駆け付けるのは妻として当然のことでしょう?」
 言った少女の背後には、拠点の見張りとして立っていた筈の団員が叱責を恐れて青くなっていた。事あらば無駄に行動的な神楽耶のことだ、制止も聞かずに上がり込んだのだろう。無論、だからといって彼に責任がないともいえないが。しかし、明らかに高貴な身なりの神楽耶が訳知り顔で乗り込んで来た時に、何も知らない見張りにどれほどの対応が出来るかは期待するだけ無駄だった。
「神楽耶様、質問の意味をご理解いただけていない訳ではありますまい」
 軽やかな応酬を楽しむ神楽耶に冷静な声を向けると、それまで朗らかだった少女の眼差しが一転して真剣なものになる。神楽耶の視線は、仮面を貫いてルルーシュの瞳を覗き込むような迫力に満ちていた。それが彼女の覚悟から来るものだと、他はともかくルルーシュだけは気付いている。一瞬息を呑んだ神楽耶は、凛とした声を発した。
「…ゼロ様、キョウトは今回のキュウシュウ戦役への加担を表明しました。これから、国内の戦力を集めて澤崎に呼応する手筈になっています」
 彼女の声に、周囲にどよめきが走る。ゼロが対立を決めた相手に、現在の日本の象徴ともいえるキョウトは肩入れすることを決めた。そうである以上、ゼロの判断は間違っていたと言っても良い。
「…それで?」
 しかし、ゼロは慌てた様子もなく低く聞き返した。応える神楽耶も、彼と同じ雰囲気を纏っている。それどころか、小さな吐息に乗せて微笑むような仕草すらして見せた。
「わたくしは、キョウトの面々を国家反逆罪で訴えました。それにより各家は摂り潰し…財産の全ては、報酬の意味も含めて全て皇が相続することと相成りました」
 笑顔と共に零れた言葉は軽やかだったが、その意味を考えればとてもではないがそうも言っていられない。その場に居合わせた者はみな言葉を失った。一般の黒の騎士団員だけでなく、カレンやロロですら一息に状況を理解することが出来ない。それも当然と言って良かった。まだ少女の域を出ない幼い声が語るには、ことが大きすぎる。完璧と称しても良い笑顔のままで、神楽耶は更に言葉を紡いだ。
「それでも、国内に既に伝達は流れています。呼応する動きは止まらないでしょう。…恐らくわたくし以外のキョウト六家に下される処罰はキュウシュウ戦役の後。このまま澤崎がブリタニアを破ることがあれば、彼らも無罪放免…いえ、危うく救出された英雄となるでしょう」
 そこまで言った神楽耶は、そっと息を吐いた。あまりにもささやかなその所作は、ゼロ以外の者には気付かれない。同じように、彼女の手が通常よりもなお白く小刻みに震えていることもゼロしか知らないことだった。
 要するに、ゼロ同様澤崎の挙兵の限界を見抜いた彼女は賭けに出たのだろう。このままでは彼女に実権が回ってくることはない、若しくはそれまでにかかる時間が長すぎる。そして、キョウトはこれまで流されるような高みの見物しかしなかった。神楽耶は、ただ過ぎる時間に失われてゆく同胞の命を数えることに耐えられなくなったのだろう。だからゼロに賭けた。ゼロの勝利に、ゼロとの合流に、さらには深く言葉を交わしたわけでもないゼロの理想に賭けた。その重大さを分かっているからこそ、彼女の指先は震えている。
「わたくしはそれを伝えに来たのですわ。黒の騎士団の今後の方針にも関わるお話ですもの。ですが、ゼロ様のお言葉をうかがって…」
 く、と詰まるように息を呑んだ神楽耶は、しかし笑みを崩してはいない。だがその緊張たるや想像するに余りあった。己が理想のために、愛する者たちのためにと念じているとはいえ、彼女が手放したものは大きい。ゼロは、仮面の下で深く微笑んだ。
「なるほど。有意義な情報だ、感謝します」
 ゼロの言葉に、神楽耶の表情が僅かに綻ぶ。小さく頷いたゼロは、はっきりと言葉を発した。
「神楽耶様、これより我ら黒の騎士団は中華からの侵略者を叩きます。…貴女には、私の部屋で帰りを待っていていただきたい」
 ゼロの言葉を耳にした神楽耶は、漸く少女らしい微笑みを見せた。夫だ妻だというのは「以前」から変わっていないが、今度ばかりは彼女の立ち位置は極端に異なる。今の彼女には既に心を休める場所がなかった。その事実を哀れだと思うのは容易い。しかし、そう感じるよりはルルーシュは彼女の決意に尊敬の念を抱いた。
「ええ、ゼロ様。喜んで」
 応えた彼女の視野の広さは、ゼロの自室で世界について学ぶ少女に多くのものを齎すだろう。そして、シャーリーの柔らかな優しさは神楽耶の心を慰めるに違いない。
 満足気なゼロの隣で話の流れを掴めないまま呆然としていたカレンとロロは、ことここに至って漸く事態を理解した。とはいえ、詳しいことは分からない。ただ確かなことは、ゼロに愛する者が増えたらしかった。若しくは、愛する者がゼロのもとに合流したというべきか。どちらでも良い、守る者が増えたことを理解した二人は互いの目を見て頷き合った。
















       















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