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一夜明けて、失踪の必要がなくなったルルーシュの下に、短いメールが届いた。
租界とゲットーの境目、ブリタニア人もイレブンも近付かない場所がトウキョウには幾つかあるが、メールにはその場所の一つに今から来て欲しいと短く記されている。
そこはかとなくいやな予感を抱えて自室を後にした魔王を、魔女の瞳だけがゆっくりと追っていた。











夢中天 33







指定の場所についたルルーシュは、思わず自身の健康状態に想いを馳せていた。
そもそも頭痛体質だったかもしれない。
眩暈も最近では特に珍しいとは思えなくなっていた。
とはいえ、特別自身が貧弱であるかと問われればはっきりと違うと言いきることが出来る。ただ、ちょっと煩忙のあまり生活が不規則になり、一時的な体力の低下がみられるだけだ。
つまり何が言いたいかというと、頭痛の種には事欠いていないのだ、こうして向こうからやって来て貰う必要が一切ない程度には。

「…すまないシャーリー、もう一度言って貰っても良いだろうか」

「うん。あのね、私もルル達の仲間に入れて欲しいの。
だから、黒の騎士団の人たちに挨拶させて貰って良いかな」

良くない。
瞬時に口を衝いて出そうになった声を呑込みながら、ルルーシュは真摯な瞳を自身に向ける少女を静かに見据えた。
彼女と連れだってコンサートに行って…シャーリーの人生が大きく変わった昨日から一夜明けて、空は昨日の雨が嘘のように晴れ渡っている。
それだけを見ていれば全てが解決したかと思いたくもなるが、ルルーシュが抱える問題は何一つ片付いていなかった。嚮団を裏切る形でルルーシュへの協力を申し出る弟と、一般人でありながらゼロの正体を知ってしまった級友と。
ロロについては、計画と大幅なずれが生じたことは確かだが対応は不可能ではない。
本来であればV.V.からロロに対して明確な指示が出る前に彼の価値観を再構築し、何事もなく「普通の」幸福を受け入れて生きていって欲しかった。しかし、この先黒の騎士団の活動が頻繁になればただロロだけが蚊帳の外に居続けることも難しい。その意味ではロロにも力を借りて、逸早く実現した優しい世界で生きて貰うという選択肢も悪くはなかった。
しかし、シャーリーについては非常に繊細な対応が要求される。
今日まではゼロの正体を隠しおおせることに成功しているが、「以前」もヴィレッタに近辺まで嗅ぎつけられていた。
ゼロの正体を彼女が容易く口外するとは思っていないが、軍が本気を出せば一般人のシャーリーが独自に身を守ることは不可能といって良い。かといってこれ見よがしな保護は却って不自然であり、秘密があるのだと公言しているようなものだ。
「ルルーシュ」の近辺が危ないのであればどうにか彼女に納得してもらったうえで自身はアッシュフォードから遠ざかる必要があるが、素直で嘘が下手なシャーリーが例えばニュースで黒の騎士団の話題が出た時に平静を保っていられるか、何らかの反応をした時にフォローが必要なのではないか…。
確かに昨日から今日にかけて、そのような内容で頭を悩ましていた。
しかしこの事態は予測していない、する筈もない。

「ルルっていつも無理ばかりするんだもの。
私には何も出来ないけど、ルルが無茶した時に止めてって言うくらいは出来るから…傍に居させて欲しいの」

ルルーシュの困惑を余所にシャーリーは痛いほどに真直ぐな視線を自らの想い人に向けて、切々と言葉を紡いだ。その肩には旅行にでもお出かけかと尋ねたくなるような大きなボストンバッグがかけられており、彼女の本気をこれでもかと表現している。

「ほんとはもうルルに危ないことはして欲しくないけど、譲れないことって、あるもの。
分かるから、ゼロをやめてとは言えない…でも、私も連れて行って」

出で立ちだけを見れば微笑ましい筈のシャーリーは、しかし厳しい声ではっきりと言い放つ。
その口調から否定的な回答を予想しているであろうことを感じて、ルルーシュは苦い息を吐いた。
一時の情動に突き動かされていないと言い切ることは出来ないが、判断能力を失っているわけではないらしい。ならば説得も可能かと言葉を発した。

「気持ちは嬉しいが…歓迎できない。いや、はっきり言わせてもらうと不可能だ。
君は理解していないかもしれないが、黒の騎士団にはブリタニアに好意的な者は少ないし…その、君のお父さんのこともある」

「うん、それは分かってる。お父さんのことも…忘れられないことも、ちゃんと。
でも、ルルに譲れないことがあるみたいに、私にも絶対に必要なことがあるの。
私は、ルルが何処か遠くで危ない目に遭って…例えば、例えばだけど…」

そこまで言って、シャーリーは口を噤んだ。
日本人ではない彼女に、言霊信仰はない。それでも、近親者を喪ったばかりの少女にはその先の言葉は口にすることが出来なかった。
しかし、心痛に紛れて言葉を途切れさせることを厭うように息を吐いたシャーリーは、再度声を励ます。

「迷惑だって分かってる。遊びなんかじゃないってことも、きっと誰より理解してる」

理論的にはシャーリーの言葉に頷くべきところは一切なかった。
それでも、彼女の決意はいかに言葉を重ねても揺らがないだろうと思えるだけの厳しさがある。
理詰めで解決する困難を悟ったルルーシュが言葉に詰まると、それまで一言も声を発さず状況を見つめていたロロが苦く笑った。

「仕方がないよ、兄さん。
シャーリーさんはこれと決めたら梃子でも動かないし…実際、シャーリーさんの安全とゼロの秘密を一緒に守るためにはそれしかないんじゃないかな」

「ロロ!」

確かにロロとシャーリーが仲良くしてくれるのはルルーシュの淡い夢だったが、時と場合による。
いやな場面でタッグを組んだ二人は、目顔で頷き合うとそれぞれに真摯な瞳を自身に向けた。
どんな我侭でも聞いてやりたいと思ったのは嘘ではないが、この局面でそれは実に有難くない。
事実、ゼロの秘密を知る者について私情を排した対応をするのであれば、殺害が最もリスクが少なかった。しかし今回に限ってそれは問題外の悪手であり、ルルーシュの目的を全否定するに等しい。
そうである以上、次善策は対象の言動に対する実効的な拘束…放置など以ての外だと、誰よりもルルーシュ自身が理解していた。
だから、継いだ彼の言葉は既に悪足掻きに等しい。

「…フェネット夫人は、」

「どうしてもやらなきゃいけないことがあるって説得してきた!
暫く帰れないけど、私が生きていくために絶対に必要なことだって言ったら、必ず帰るなら許してくれるって。学校にも休学届だしてくれるから、心配しないで」

がっくりと肩を落とした黒の騎士団総帥は、自身の限界を感じて深い息を吐いた。
結局、いつでも自分は周囲の強すぎる女性たちに叶わない。

「…黒の騎士団での俺は、ルルーシュではない。
ゼロの指示に必ず従うのであれば」

「うん、よろしくね」

言って微笑むその表情には、朗らかながらも重い決心が隠されていた。
つい先日までただ明るいばかりだった少女にそのような表情をさせたのが他ならぬ自身であることをひしひしと感じて、ルルーシュは息を詰まらせる。
なし崩しという言葉が最も近いが、経緯はともあれ守るべきものが増えたことに違いはない。
否、守りたいものが増えたのではなく、彼女にかかる危険が増した。
そうなってしまった以上、カレンにそうするように強い覚悟を持って愛しい者たちの安全を確保しなければならない。

(出来る筈だ…いや、やってみせる)

頭痛が遠のいたわけではないが、シャーリーを、そしてロロを直接守れるというのであれば好都合でもある。
意識を切り替えたルルーシュが以降について思索している背後で、許しを得た二人はにこやかに微笑み交わしていた。

「黒の騎士団かぁ、あんなこと言っちゃったけど私にも出来ることがあるといいな」

「大丈夫ですよ、シャーリーさん。
基本的なことなら僕が教えられると思いますし…KF戦は難しいでしょうけど、オペレーションならきっと直ぐ出来るようになりますよ」

「そっか、じゃあ色々教えてね」

聞くともなしに二人の声を聞きながら、ルルーシュは有難くない確信を得る。
そもそも、何故秘密裏に呼び出された筈のそこにロロがいたのか。どう見てもこのまま騎士団のアジトに転がり込むつもりらしいシャーリーが、自身の転機といって差し支えない状況に他者を介在させた理由。

(…いつの間に結託したんだ、お前たち!)

恐らくいつも何もマオ排除の瞬間ではあるだろうが、ルルーシュの望んだ「仲良く」の遥か上空を余裕で飛び越えてしまっていた。
何度目かになる溜息を長く吐きながら、魔王は額に手をあてる。
消えてしまわない頭痛は、しかしどこか甘い痛みを伴っているように感じられた。
















「宜しくお願いします、シャーリー・フェネットです!」

「ロロ・ランぺルージです」

新入りを紹介すると言われて集まったメンバーは、上記の声に目を丸くした。
作戦が予定されていない本日、アジトには団員の全てがいる訳ではない。そもそも、いちセクションとして目覚ましい成長を遂げた黒の騎士団の構成員が一堂に会することは困難だった。
それでも居場所を失ったイレブンであるメンバーがそこにいることは珍しくない。
つまり、そこそこの人間の前でシャーリーとロロは、何ら気負うことなく自己紹介をして見せた。
数あるアジトの一つでしかないそこには、奇しくも紅蓮弐式の操作説明書を熟読していたカレンがこれでもかと目を丸くしている。

「おいゼロ、何のつもりだよ!
ブリキヤローの、しかもガキを連れてきてどうしようってんだ!
あのC.C.とかいう女といい、何だぁ?愛人かぁ?年下趣味にしてもそりゃ犯罪だろ」

暫しの硬直の後、思い付いた順に捲し立てる玉城を一瞥して黙らせると、ゼロは重々しく口を開いた。

「平和と正義に対する志に国籍は関係ない。
必要なのは信念と能力だ。…彼らには不条理と戦う意思がある、それだけだ。
無論、お前が言うような下卑た理由は一切関係ない」

辛うじて威厳を持って発言を終えた総帥は、仮面の下で小さく汗を流した。
玉城の「愛人」発言から、シャーリーの視線が痛い。流石にこの場で問い詰めるような真似はしないようだが、愛人ねぇ…と呟いているのを聞いてしまった以上気まずさは尋常ではなかった。

「彼らも今後状況に応じて作戦に参加する。異論がなければ私からの話は以上だ」

これ以上おかしな発言が出る前に解散させようと言葉を紡いだ瞬間、それまで呆然としていたカレンが鋭く声を上げる。

「ゼロ…!」

「えっ」

思わず発したカレンの声に新入りとして紹介された二人の視線が集まり、短く声を発して硬直する。
誰が見ても明らかなほどに、そこには言葉では表し難い困惑が生まれていた。
今後の算段ばかりに気を取られてカレンの存在を説明することを失念していたルルーシュは、その状況に心中舌を打つ。

「カレン…彼らのことを知っているのか」

扇の声に我に返ったカレンは、そこで初めて自らの失態に気付く。
反射的に否定しようとして開いた口は、しかし言葉を発する前に閉じられた。
ここで否定を口にするのは容易いが、もし万が一誰かがシャーリー達に疑念を抱いて調べれば、嘘は直ぐに露見する。
ゼロの古くからの同士であるカレンと、ゼロ自らが紹介したシャーリー達。
互いに年若い自分たちの共通点、それを意図的に隠したとあらばそこに不自然な歪みを勘ぐるなという方が無理があった。即ち、ここでの正答は肯定。

「ええ…学園で、ちょっとね」

短く答えたカレンに頷いて見せたゼロは、何事もなかったかのような無機質な声を発した。

「知り合いか。ならば、彼らの当面の世話は君に一任しよう」

一切の動揺が見られないゼロの態度に、カレンは自身の判断が間違っていなかったのだと安堵する。
シャーリーやロロがどのような経緯でここに立っているのかは、後で直接聞けば良い。
そうと決まってしまえば特にその場で語られることもなく、メンバーは各々自らの時間を取り戻していった。












金に飽かしたゼロのアジトは数多いが、そのどれもに共通してゼロの私室が存在する。
幾つもの暗証番号に守られたそこは、ゼロの秘密を守るためにも完全といって良い防音設備を備えていた。
アジトの規模によって広さは異なるが、シャーリー達が連れてこられた場所は小さな家族が暮らすには十分なほどの広さと設備を有している。
そこに部屋の主と新入り二人、親衛隊長が揃ったところで彼らは皆一様に肩の力を抜いた。

「…で、状況を説明して貰っても良いかしら」

困惑と微かな苛立ちに彩られた声をゼロに向けたカレンは、彼の名を呼んで良いのかも分からず眉根を寄せた。
シャーリーの父親は、自分たちが殺したようなものだと知っている。
勿論作戦を優先して周囲に避難勧告を出さなかったブリタニアに非がないとは言えないが、人の死というものは誰か悪者を見つけて終了する話ではなかった。
ブリタニアも悪い、しかし黒の騎士団だってことそこに限っては正しくないのだとカレンは思う。

「状況も何も」

言いながら仮面を外したルルーシュを見つめながら、カレンは自身の悪い予感が的中したことを知って己が手を握り締めた。
確認はしていないが間違いない。この男は、また、他者への愛情に足を取られたのだ。
しかも自分がいないところで!

「あんたねぇ…!」

さて何といってやればこの男に自分の気持ちが通じるのかと低く声を絞り出したところで、自身を見つめる二対の視線に言葉を途切れさせる。
思えばシャーリーはカレンが馴染めないブリタニアの学生そのものだったし、ロロに至っては危険分子かもしれないとまで思っていた。我がことながら、彼らの存在に違和感を覚えるのも無理はない。

「カレンさん…ルルのこと知ってたんだ」

「そう…ですよね、これは」

言われて、カレンの心中に苦いものが広がる。
知っていた。ルルーシュのこと、彼女が慕う男が彼女の父の死に関与していると知っていて、その葬式に出席した。
ルルーシュに向ける怒りのようなものが急速にしぼむのを感じた赤毛の戦士は、真剣な瞳を学友に向ける。
罵られても、詰られても弁解は出来なかった。

「そっか、知ってたんだ…うん。
でも、これでイーブンだよね!」

しかし、継いだ彼女の言葉はカレンの予想とは全く違う方向に逸れている。

「え?」

「だから、私もカレンさんもルルの味方、仲間でしょ?
立場は互角なんだから、これから頑張らなきゃ」

言って微笑む少女の脳裡には、数日前と同じように桃色の花が咲いているとしか思えない。
家族を理不尽に奪われた、その直後に彼女からすれば下手人といって差し支えないだろう相手とかわす言葉ではなかった。

「ちょっと待って!
シャーリー、貴女どうして」

「好きってこと」

理解できない展開に焦ったカレンの質問に、即座に返った言葉は短く単純な内容だった。
数日前と同じように自らの気持ちを大切に抱いた少女は、しかしその時とは比べ物にならないほどの誇りを表情に乗せて微笑む。

「カレンさんが教えてくれたんだよ。
ルルが好きってこと。…ね、あなたにも分かるでしょ」

学友の自信に満ちた笑顔を見つめて、カレンはふと泣きたいような気持になった。
何がそうさせたのかは知らない、しかしきっと自身は彼女が羨ましいのだ。
好きだと、それだけだと言えるまでにカレンはそれなりの時間を迷ったし、今この瞬間だって忘れられない多くの問題が心中に渦巻いている。
シャーリーもそうだったろう。しかし彼女はその全てを乗り越えてただ自分の気持ちを誇っている。
それに気付いた瞬間、カレンは疑念を捨てた。

「そう、ね。分かるわ。
ロロ、あんたもそうなのね」

「ええ、勿論」

互いの心中を確認し合って微笑む三人を眼前に、部屋の主である筈のルルーシュは呼吸も忘れて硬直していた。
気持ちは嬉しい、有難いことこの上ないが居た堪れなさもこの上ない。
自信が声を発して良いものか、この空気をどう捌くべきなのかと思案していると背後から不遜な声が掛る。

「何だルルーシュ、結局ここに連れ込んだのか」

しかしその声は決して救済に向いてはいなかった。
ぎこちなく振り向くと、愉悦に染まった黄金色の瞳がゆったりと細められている。
この表情には覚えがある、厄介な性格の共犯者がろくでもないことを言うときのそれだ。

「C.C.!」

「え、それってルルの」

「愛人、か?
ふふ、どうだろうなぁ。まぁ同じ屋根の下で夜を過ごす仲だ、とだけ言っておく」

「えええ!?」

室内にこだました声が誰のものかルルーシュには分からない。いや、三者三様の声がそのように耳に届いたのかもしれなかった。
つまり、やはりC.C.は事態を収拾するために姿を見せたわけではないということだ。
がっくりと項垂れた自分に視線が集中していることは分かっているが、一々説明するのもつかれる、否説明すればするほど泥沼に嵌りそうな気がする。
意識して今後の作戦に脳内をシフトして、ゼロは視線をカレンに、次いでロロに向けた。

「ともかく!
次の作戦は明日、日本解放戦線の国外脱出のサポートを実施する!
他のメンバーには後ほど説明するが、主力はカレン、援護はロロに頼むからそのつもりでいるように」

下手な誤魔化しに一様に面白くない表情を見せた仲間たちは、しかし一様に頷いて見せる。
それを確認したルルーシュは、漸く小さく息を吐いた。
そして暫し逡巡して、魔女に視線を合わせる。

「C.C.、ここの使い方をシャーリーに説明してやってくれ。
…カレンも、今後ここへの出入りは自由にしていい。聞いておいた方が良いこともあるだろう」

魔王の視線を受けた魔女は、それまでとは異なる笑みを表情に乗せて彼を見遣る。
共犯者の意志の全てを呑込んだようなその仕草は、ルルーシュにとって最も見慣れたものだったかもしれない。

「女どもは付いて来い。
ここのことならあの坊やよりも私の方が詳しいのだということを教えてやる」

言うが早いか踵を返す彼女の声が遠ざかるのを確認して、ルルーシュは一人残された弟に視線を合わせた。
僅かに屈んで瞳を見つめながら、彼の柔らかい髪を優しく撫でる。

「ロロ…お前にも、俺のことを手伝って欲しい」

「うん、喜んで」

くすぐったそうに微笑む弟が、ルルーシュには可愛い。
意図せずその手つきよりも優しい眼差しをロロに向けて、ルルーシュはそっと言葉を紡いだ。

「だから、ギアスは俺が指示した時以外は使うな」

「え、」

「出来るな?」

視線の先の弟の表情が凍るのを見つめながら、ルルーシュは一心に祈る。
ギアスは、見る者が見ればこれ以上ない力になる。自身も嘗てそう思ったし、今でもギアスの力があればきっと行使しただろう。
だが、ロロにとってのそれはリスクが大きすぎた。
ロロを案じている、それが伝われば良いと思うのは浅はかだろうか。

「兄さん、兄さんは知っていたの?僕が、」

「当然だろう。俺はお前の兄だからな」

「兄さん、」

吐息混じりに兄を呼んだロロは、先ほどまでの笑顔を消し去ってルルーシュに抱きついた。
堪えようとした涙が零れる。
優秀な兄が自分が刺客であることに気付いているとは思っていた。それを受け入れて貰えただけでも幸せなのに、一般人から見れば不気味でしかない異能を知っても変わらない兄が嬉しい。
出会ってから一度も変わらない兄の態度が、その言葉に出来ない温かさがロロには過ぎた幸福であるように思えた。
不気味な異能であるギアスは、一方で便利な武器でもある。事実、自分たちはその役割だけを与えられて生きてきた。だから、力を利用する者たちの視線には慣れている。
兄の視線はそれとは全く違っていた。
彼はいつもギアスの宿る瞳を真直ぐに見つめ、その奥にあるロロの気持ちを汲み取ってくれる。

(死んでも良い)

兄の腕の中で涙を零しながら、ロロはそれだけを思っていた。
彼の、ルルーシュのためならこの身など惜しくない。そして、そう思う自分を兄はきっと喜ばないだろう。
それが分かるからこそ死んで良い、いっそ今死にたい。そう思いながら、ロロはルルーシュの妹を思い出していた。
天使以上に慈愛に満ちた笑みを浮かべる盲目の少女。
彼女の愛情が何処から生まれるかなんて知っている。
彼女と同じように微笑むことなど出来ないと決めつけていたが、きっとこれから自分は彼女のようにただ一つの愛情を信じて生きていくのだろうと、そう思えばこそ胸の痛みはいつまでも続いた。





















       















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