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ナリタでの被害は、予想された値の数倍とも数十倍ともいえる程だった。
甚大という言葉だけでは片づけることが出来ないその被害状況は、作戦担当の武官たちに自らの進退を考えさせるに足るだけの結果といって良い。
しかしそれは、元来があくまで日本解放戦線を一方的に攻めることが出来ると仮定したうえでの被害予測でしかなかったため、大きな目で見てエリア11のブリタニア軍全体に壊滅的な打撃を与えた訳ではなかった。
そう、所詮黒の騎士団は局地戦に勝利したに過ぎず、ブリタニアを切り崩すには決定的に力が足りていない。
その反面、誰が見ても分かるほど明確に反抗の意志を示し、且つ「局地的」ではあれどブリタニアに土をつけた以上、ゼロの運命は定まったも同然だった。
ブリタニアは弱者にも敵にも容赦などしない。ゼロは捕えられた結果見せしめとして惨たらしく処分されるに違いなかった。

(結局、僕が兄さんにしてあげられることは一つなんだ)

ゼロの正体を知ってからというもの、ロロは一人頭を悩ませていた。否、ただ困惑していたと言った方が正しい。
ゼロを処分する命令が届くことを恐れ、その未来を回避することが出来ないかと願い、次の瞬間には自身の祈りに驚愕し、疲弊した心はいっそのこと直ぐにでも命令が届けと念じた。
今にして思えば、その全てが無駄でしかない。ロロはあくまでも「ロロ」なのだ。
命を奪うためだけに存在する自分が、誰かを守ろうなどとおこがましい。

(だから、兄さん)

殺すしか能のない弟を例え一時でも側に置いてくれた、その恩に報いるためにロロに出来るのは苦しませずに命を奪ってやることだけだった。














夢中天 30










曇天の下、鎮魂の鐘の音が響く。
それを現在のルルーシュは知覚していなかったが、同じ光景を忘れたことはなかった。しかし、思い出していない時はあった、その驕慢が今日の日を招いたのかも知れない。
電気も点けていない部屋の中、ソファに腰掛けた魔王は自責の念に苛まれていた。
昨日、電話があってすぐにシャーリーは早退した。信じられないと、何が現実なのかまだ見極めのついていない瞳はルルーシュに助けを求めているようですらあったが、手を差し伸べる権利など「ゼロ」には始めからなかった。
結局、ルルーシュの手回しなど何の意味もないと嘲笑うかのように、本日はシャーリーの父の葬儀が営まれている。当然ながら出席など出来なかった。

「…後悔しているのか」

薄闇の中から響いた魔女の声は、全ての感情を削ぎ落としたように硬い。昨日はいなかった彼女が何時の間に戻ったのか、ルルーシュは気付かなかった。
深く沈んだ瞳をゆっくりと巡らし、彼女を視界に納めた少年は小さく唇を噛む。
C.C.の問いの答えは分かっていた。
「多少の被害」があろうとも、現状のままブリタニアを放置することは出来ない。コードが自陣に揃っていることを考えれば皇帝の野望は阻止できたも同然だが、それに気付いたときの相手の出方は不明だった。
コードだギアスだといった力が介入せずとも、相手の強大さは変わらない。ルルーシュには「黒の騎士団」が必要だった。また、運良く皇帝を退けることが出来ても、後にはシュナイゼルが控えている。実効的な力で対抗せねばならない以上、このタイミングでの「ナリタ」参戦は間違ってはいなかった。
そうすると、答えは「否」になる。シャーリーの父を殺害したことを悔やんでなどいないと。
ルルーシュは自らの答えに吐き気を覚えて俯く。
ナリタ参戦は間違ってはいなかった、しかし不可欠でもなかった。結局、彼女の父を殺したのは自身の油断でしかない。

「…C.C.、ここを離れる準備をしておけ」

「あの女に話したのだな。…それで、尻尾を巻いて逃げだすのか。
ナナリーはどうする。あの女が全てを話せば、無事では済まないだろう」

押しつぶしたような声は、魔王と呼ばれるに相応しく地を這うように低かった。
そのことに胸を痛めながらも、魔女は何でもないことの様に言葉を紡ぐ。ルルーシュは傷ついていた。あれ程に足掻いた「以前」の世界で幾つもの絶望を味わったくせに、懲りもせず希望を抱いた結果として。
C.C.にはそのことが酷く悲しかった。痛ましいと言い換えても良い。

「…もとより、ナナリーといつまでも一緒にいられないことは分かっていた。資金面や周囲の環境も、不十分ではあるだろうが既に整えてある。
兄が犯罪者ということで辛い目に遭うだろうが、ナナリーはもう庇護を求めるだけの子供ではない」

言いながら、ルルーシュには自らの言葉が言い訳に過ぎないと分かっていた。
実際、ゼロの活動に必要だと判断した時はナナリーと離れるつもりではいる。その際、アッシュフォードでは確実な後見人たり得ないため、裏の資金で作った法人が彼女の後ろ盾になる筈だった。ブリタニアは徹底した実力主義社会であるため、多少後ろ暗い程度では法人が脅かされることはない。
しかし、それを計算したが故の現状ではなかった。
自分は、ただ耐えられなかったのだ。その自覚が有らばこそ、返った共犯者の声は酷く胸を抉る。

「逃げだな」

短い言葉に心情全てを集約されて、魔王は眼前の女を鋭く睨みつけた。
彼女に怒りを感じること自体筋違いも甚だしいと分かっていながらも、荒くなる声を抑えることが出来ない。

「何が悪い!このまま俺の側にいれば、シャーリーは、また!」

彼女を災厄から、自身から遠ざけるためにもルルーシュは彼女に嫌悪されねばならない。
冷酷なテロリストとして、父の仇として、憎んでくれれば彼女の命が助かるのだと信じなければ正気を保てなかった。
怒りの形をしても隠しきれるものではない共犯者の絶望に、魔女は深く息を吐く。
彼女には共犯者にも、否、彼にだからこそ言えない秘密があった。
真実を知ることがいつも正しいとは限らない。真実を知れば、それを聞く前に戻ることは出来ない。
それが彼の絶望を煽ろうが、彼の生きる意味を奪おうが、決して。
ルルーシュを愛するが故に伝えられなかったことを、伏せたままにしていたことが正しかったのかC.C.には分からなくなっていた。だから、これも逃げなのだろう。

「ルルーシュ、嘗て私はお前に訊いたな。
お前が倒した兵士たちに家族がないと思っているのか、と」

「…そのことは覚えている。
誰にでも哀しむ人がいることは分かっている、しかしシャーリーの父親は民間人だ」

苦々しげに言うルルーシュは、まだC.C.の言葉の意味を理解していない。
それ故にC.C.は、更に声を励まさねばならなかった。

「もっと直接的な意味で捕えろ。
お前が倒した「敵」、その家族の話を私はしている」

言葉を受けたルルーシュは眉を顰める。その意味を吟味するような沈黙の後、彼はゆっくりとC.C.の瞳を見詰めた。続きを促す視線には、聞きたくない、そんな事実がある筈はないという感情が透けて見える。
直截な言葉選びを避けるべきかと思案した魔女は、結局出来る限り露骨な表現を選択した。

「お前が殺した男は「敵」だよ、間違いなく。少なくとも、ギアス嚮団の研究者たちと同じ程度にはな。
あの男はクロヴィスの指揮下、私の「研究」をしていたのだから」

地質学者とは表の顔に過ぎない。念入りに施した仕掛けをすり抜けたのも当然だった。
クロヴィス失脚と同時に目立たぬナリタに研究所を移した研究班は、軍の動きに慌てて「研究成果」と共に逃げ出そうとしていたのだ。そこで、戦闘に巻き込まれた。
つまりナリタで荒事がある以上、彼がそこにいるのは必然といって良い。上手いこと脱出できるかどうかなど結果論にすぎなかった。

「馬鹿な」

「お前がどう思おうと、これが現実だ。
大枚はたいてのお膳立ても所詮無駄な足掻きだ。あの男は、ナリタで死ぬ男だった」

冷徹に言葉を紡ごうとするその姿は、昨日シャーリーにゼロの正体を告げたルルーシュと酷く似通っている。しかし、互いにそうとは知らないままだった。
魔王となった少年が、己が手を握り締める。それは拳と呼ぶにはあまりにも弱々しく震えていた。

「何故…それを俺に言わなかった」

「言ってどうなる。ナリタへの参戦を避けたか?
だが日本解放戦線とブリタニアの交戦は変わらず行われる。さて、シャーリーの父は逃れられたかな。
それで、お前は格好のチャンスを敵の中年男の無事を祈って見過ごすのか?」

短い詰問に応えたのは、澱みない言葉だった。
その流れるような調子は、彼女が何度も事態を回避すべく思考を働かせたことを意味している。
実際、ルルーシュがその情報を得たところで出来ることはなかった。
日本解放戦線の拠点をナリタから移すことも、研究施設のナリタ移転を防ぐことも、ブリタニアの軍事行動の阻止も。否、それ以上にシャーリーの父が二つの顔を持っていればいずれ何らかの危険が彼に降りかかるのは不自然なことではなかった。
そうである以上、ゼロとしての道を選んでしまったルルーシュは覚悟の上で行動しただろう。
シャーリーの父を殺害する覚悟を。
C.C.は、そうさせたくなかった。
ルルーシュは修羅として生きるには優しすぎる。友人の父親を結果として殺してしまったことは彼を追い詰めたが、友人の父親を殺す決意を迫ることはそれ以上にルルーシュを打ちのめすと思った。
それ故、沈黙を選ぶ。そうして、土砂崩れを奇跡のように調整したルルーシュが、今回友人の家族を殺したのはブリタニアだと、自分は出来ることをしたのだと思うことを願った。
しかし現実にはルルーシュは自分に言い訳を許さずひたすら自らを責めている。
どころか、これ以上の喪失に耐えきれず自身を窮地に立たせるような告白をもしていた。

「ルルーシュ」

意識した冷静さを手放した瞬間、魔女の声は柔らかな色合いを増す。
彼女は眼前の共犯者の深すぎる愛情が恐ろしかった。彼を傷付けるのはいつだって彼自身の愛情なのではないかと思うほどに。

「私は以前からずっとお前に話していないことがある。
お前の存在意義を根本から崩してしまう可能性があったから言わずにいたが…お前は知っていた方が良いのかもしれない」

今回のシャーリーのことも、知っていても結果は変わらなかった。
しかし、前もって覚悟があれば彼女に対する告白という危険を冒さずにすんでいたのではないか。

「以前は、知らずに済めばそれで良いと思っていたよ。
だが、コードを完全にすれば…シャルルの記憶を受け継げば、お前は全てを知ることになる」

些か憔悴した風情のルルーシュが、鋭い視線をC.C.に向ける。
それは如何なる現実をも受け入れようという気概の表れであり、魔女の語る言葉を全て信ずるという意志の表明でもあった。

















雨が降るかもしれない。
どうせなら、前が見えなくなるくらい激しく降れば良いと思う。全てを覆い隠すように。
昨日ナリタに父を迎えに行って以来、シャーリーは自身が何を考えているのか分からなくなっていた。
母は昨日からずっと途切れず涙を流しているが、シャーリーのそれは既に枯れてしまっている。
代わりに、倦んだ脳内を占めるのはただ一人の少年のことだった。

(ルル…)

ゼロだと言った。
他の誰が同じことを言っても、シャーリーはそれを信じないだろうと思う。
笑い飛ばして、若しくはひどく怒って、そして次の日には忘れてしまえば良いだけのことだった。

(でも、ルルはそんな冗談言わないよね)

伊達に燃えるような片恋をしているわけではないのだ。ルルーシュはそんな人ではないと胸を張ることが出来る。
だが、ならば本当に父を殺したのだと、「そんな人」なのかとは考えたくなかった。
ルルーシュはいい加減な、性質の悪い冗談なんか言わない。でもお父さんを殺したなんてそんなことある筈ない。きっと、何かの間違いなんだ…。
昨夜からずっと念じ続けている、それが都合の良い思い込みだとは分かっている。
本当は、父の死に顔を見てしまった瞬間に全てを理解していた。
ルルーシュの言葉には嘘も間違いもない。
軍から直接連絡を受けた母よりも早く、彼は自身に父のことを話した。その時母ですら知らなかった、黒の騎士団という単語を添えて。
思えば、ルルーシュは少し前から父のことを話題にしていた。彼は父がナリタにいることを知っていたのだろうか。ヒダに行く、そういった筈の父が戦地にいた理由を。

(お父さん…私、どうしよう)

枯れたと思った涙が滲む。
父が好きだった、当然のように愛していた。
ならば、その仇を憎まなければならないのだろうか。昨日、見たこともないほど悲しい目をしていた父の仇を。
誰か、圧倒的に正しい人にそう命じられたらシャーリーはそれに従ったかもしれない。だが正義の味方が自身を助けに来てくれることがないように、誰も感情のベクトルを指示してはくれなかった。

(ルル…)

制服の代わりに喪服を身に纏い、母の嗚咽がいつまでもやまないことを除けば、世界はまるで通常通りだった。
父の遺体を運んでくれた軍人は事務的な会話を最後に帰ったし、突然の葬儀であるにもかかわらず神父は判で押したような痛ましい顔を崩さない。
それはシャーリーの日常ではなかったが、世界の平常だった。

「…シャーリー…」

背後から声を掛けられ、喪服の少女は意識してゆっくり振り返る。
涙は枯れたのか残っているのか分からない。不図した弾みに零れるのが嫌だった。

「みんな、来てくれたんだね」

笑顔を作ったつもりだが、きっとすごく不細工だった。
ルルーシュがいなくて良かった、そう考えそうになって眩暈がする。
酷い顔を見られたくないのか、憎い顔を見たくないのか、自分の気持ちが分からなかった。
無理な笑顔を作ろうとした少女に、生徒会長が硬い微笑を向ける。

「シャーリー…なんて言って良いか分からないけどさ、今は無理しないで泣いちゃいなよ。
それで、元気になったらまた生徒会室で…皆、待ってるから」

「そうだよ!その、スザクも生徒会に入ったんだぜ。
俺たち皆、ずっといつもの場所にいるから」

落ち着いた気遣いを見せるミレイとは対照的に、リヴァルは何を言うべきか戸惑うように言葉を紡いだ。
不器用な心遣いが嬉しくて、しかしまだ素直に笑うことが出来なくてシャーリーは唇を噛む。
彼らの後ろにはいつもたおやかなカレンが白い顔を更に白くして俯いていた。ひどい痛みを堪えるような表情が気にかかったが、言葉に出して心配することが出来ない。
まだ、どこか感情が剥離しているのかもしれなかった。薄い膜越しの世界を眺めているようにも思える。

「シャーリーさん」

「…スザク君、来てくれたんだ。
なんだろね、ずっと、落ち着いて話、出来ないままだね」

付き合いの短いスザクの、始めてみる硬い表情にシャーリーは苦笑を向けた。
穏やかな瞳の少年は、厳しい雰囲気を纏うとがらりと印象が変わる。
上手く表情を取り繕えずにいる自身をどう思ったのか、スザクはきつく引き結ばれた唇をゆっくりと開いた。

「ゼロは卑怯だ!人の尻馬に乗って事態をかき回しては審判者を気取って勝ち誇る。
あれじゃ何も、」

「やめて!」

切り裂くような声に周囲に静寂が戻って初めて、シャーリーはそれが自身の発したものだと気付く。
今まで世界と自分を隔てていた薄い膜が、スザクの言葉に破られた。
その瞬間、今まで押しやっていた感情の全てが一気に戻って呼吸すら忘れそうになる。
それまでとは違う意味で、自分が今何を感じているのかが分からない。

「ごめ…ごめんね、スザク君。
心配してくれてるの分かってるよ。でも、でもダメなの。
ごめんね…」

「…ごめん」

重い空気が垂れこめるが、それを払いのける力はシャーリーには残されていなかった。
ずっと考えているふりで思考停止していたことを、他人の声で聞いて付きつけられる。
ゼロは人殺しだ。シャーリーの父だけではない、もっと多くの人を殺した。
そのことを忘れるなというように、鎮魂の鐘はいつまでも重く響いていた。














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