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魔女は溜息を好まない。
しかし、それが時に自身の意志では止められないのだと、今はひどく痛感していた。
彼女の共犯者は既に戦場に向かっている。以前は随行したC.C.も、今回ばかりはそのような気分になれずにいた。

(ナリタ、か)

以前のルルーシュにはここでコーネリアを討つ必要があった。また、当時の状況であれば黒の騎士団がそうするのに何の不思議もない。
しかし、今回は騎士団とブリタニアの対立がまだ然程明確ではなく、ルルーシュ個人がコーネリアに拘る必要もなかった。つまり、黒の騎士団は「ナリタ」を避けて通ることが出来た筈だと言って良い。
だが、結果が示す通りルルーシュはそうはしなかった。
その理由はC.C.にも分かっている。
対立色が明白でないからこそここでブリタニアを討つ必要があるということ。
騎士団員を「戦士」とするための通過儀礼が必要であること。
その為にも、はっきりとアドバンテージがとれる舞台が求められること。
ルルーシュがそれを選ぶのは当然とすら思えた。だからこそ、彼女は溜息を留めることが出来ない。

(ルルーシュ、私はお前の絶望など見たくはないのだがな)

C.C.は魔王の共犯者としての自身を気に入っていた。そのことにこの上ない歓喜を感じている。
しかし、否、だからこそ彼女にはルルーシュに言えないままの秘密を抱えていた。
いずれは分かってしまうこと。ルルーシュが決着を望めば白日の下に晒される真実。

(私は…お前の涙を拭ってやる資格など無いのかもしれない)

魔女の溜息は重いが、それには現実を変えるだけの力は僅かばかりも含まれていなかった。














夢中天 28














「だからさぁ、別に怪しいものじゃないんだし、通してくれてもいいんじゃない?」

「馬鹿なことを!誰も通さないから封鎖というんだ。ほら、さっさと帰った帰った」

コンテナ車の後部座席、殆ど荷物の様に詰め込まれたスザクは、ぼんやりとロイドの後ろ頭を眺めて欠伸を噛み殺した。助手席に座ったセシルも長く息を吐いていたから、恐らく自身と同じような心持でいることは想像に難くない。
大学で焚きつけられた時にはいかにも急いで戦地に向かう必要があるように感じられたが、それなりに長かった移動時間の最中に当時ほどの勢いは薄れてしまっていた。
今も自らの行動が不必要だとは思わないが、封鎖地域に入れないというルールを破るほどのことではないと思える程度には冷静になっている。

「ほら、ロイドさん。皆さんお仕事中なんですから、ここからサーチ出来る範囲で良いじゃないですか」

「えぇ〜それじゃいざという時に間に合わないよ」

セシルの譲歩案も特派主任のお気には召さないらしく、いかにも不服といった表情を隠しもしない。
このままではいずれ麗しの女性尉官の逆鱗に触れることは明らかだが、スザクが助け船を出す必要もなかった。正しく言うなら、スザクの助け船に乗るくらいなら、既に彼は引き返しているに違いない。
心中で懲りない主任にある種の尊敬を感じながら、スザクはセシルが差したモニターを覗き込んだ。
確かに彼女の言葉通り、かなり戦場に近づいていることもあってか状況は手に取るように分かる。
それを見る限りではブリタニアの優勢は確実であり、ロイドの言う「一波乱」は起こり得べくも無いようだった。

「ロイドさん、一先ず」

それから先の言葉は突然の破壊音に呑みこまれた。
何かを引きずり倒したその音は、僅かなブレーキ音すら感じさせない。
鋭い目線を走らせると、制止の声を振り切った二台の車両が封鎖線を越えてナリタへと疾走する影が既に後姿になっていた。

「やった!」

一瞬息を呑んだ面々を嘲るように、ロイドの声は場違いに明るかった。
ロイドと直接の遣り取りを交わしていた軍人以外の者が制止を叫び続けているが、強行突破した車両は当然止まるそぶりすら見せない。
唖然とする黙然の軍人に、ロイドは調子外れに祝福を告げた。
曰く、「おめでとう」と。

「誰も通さないのが封鎖、だったよねぇ?
でも突破されてしまった!多分、いや間違いなく彼らは敵性勢力だよねぇ。
彼らを止めたいだろうけど…残念ながら君たちにはその力がない」

歌うように言葉を並べながら、ロイドは軽やかに車内に戻り幾つかの操作を行う。
それに応えて陽光の下に姿を現したのは、白金に輝く明確な武力だった。

「でも、ほら。僕たちなら彼らを止められるね。
ここで指を咥えて敵を見送るのと、僅かばかりでも失態を回復するのと…どちらがお好みかな?」

絶句する軍人たちには、既に選択肢などない。
それを分かって言っているのだすれば、それはあまりにも。

「…悪趣味な…」

呟いたスザクを余所に、セシルはきつく眉根を寄せていた。
その険しい表情に少年が息を呑むと同時に、主任が上機嫌で副官に告げる。

「セシル君、行って良いって!
それとあの二台だけど、早めに止めておきたいからさぁ、スザク君はランスロットで先行してよ」

「え、良いんですか」

常であればランスロットの参戦には明確な許可が必要になる。
小競り合いの仲裁程度ならともかく、戦場に干渉するとなれば指揮権を離れた武力は災害の様なものだと言わざるを得なかった。
しかし、ロイドは満面の笑みを崩しもせずに言い放つ。

「大丈夫、取り敢えずはあの暴走車両を止めるだけだから。
それ以上のことはちゃんと許可を取るよ」

「は、はい」

ロイドの言葉を受けてセシルに窺うような視線を向けるも、彼女は既に先ほどの表情を改めていた。
事務的ともいえるその顔に、しかし僅かな違和感が残っているように感じられなくもなかったが、口を開いた彼女の声音は平時と何ら変わらない。

「スザク君、彼らの目的も装備も分かっていないわ。
だから、無理はしないでね。停止を呼びかけても従いはしないでしょうけど…」

「はい」

応えたスザクに向けた笑顔には、一切の陰りがない。
だから、彼女のオペレーションに従って出撃したスザクには、その後のロイドとセシルの間に交わされた会話を知る術はなかった。

「ロイドさん…分かっていたんですか」

「いいや?でも、期待はしていたよ。じゃないと、こんなところまで来たりしないよねぇ」

あっけらかんとした口調に、セシルは物言いたげな視線を向けて思い溜息を吐きだした。


















「そこの車両、止まれ!
直ちに停車しない場合は、攻撃を開始する!」

スザクは勧告に曖昧な言葉を用いなかった。軍の制止を振り切って侵入した以上、彼らが道に迷った民間人という可能性は有り得ない。また、ブリタニアに属するものであれば強行突破などする筈がなかった。
それは、スザクが知る限り最も非常識な軍人であるロイドですら交渉を望んだことからも明らかである。

「止まらないか…ならば!」

攻撃の意を決した瞬間、スザクの視界に飛来する影が躍る。
それと知覚するが早いか、身を翻して避けた彼が見たものは、臨戦態勢に入った五機のKFだった。
車両の上で片膝をついた姿勢のそのKFは、スザクがこれまでに見たものとは異なる外見をしている。
先ほどの影がその最後尾の一機から放たれたスラッシュハーケンであることに気付くと同時に、スザクはセシルに厳しく声を発していた。

「セシルさん!MVSを使います!」

言うと同時に鞘に納まった兵器を引き抜く。間髪いれずに再度襲い来る敵のスラッシュハーケンを、今度は避けずに両断した。それはいかにも戦慣れした間合いの取り方で、判断が一瞬でも遅れればダメージを受けていただろうことは想像に難くない。
呼吸を計りながら隙を窺うスザクと同様、敵も見慣れぬ陣形を取りながら牽制を試みていた。
相対する敵機それぞれには付けいる隙が全くないわけではない。しかし、そこに攻撃を仕掛けた瞬間、他の機体に狙い撃ちにされるのは明らかだった。
他と異なり白を基調とした一機がリーダーの様だが、残る四機も決して雑魚と切り捨てる訳にはいかない力量を感じさせられる。

「ロイドさん、彼らは…」

『うん、君の思う通りじゃないかな。どうやら例の改造グラスゴーの発展形みたいだねぇ。
面白いなぁ、どういうコンセプトで改造しているのか、興味があるよね』

スザクの問いに、ロイドは若干見当外れの言葉を返す。
半ばから彼の趣味の話しに転じた内容は、しかしスザクには必要な部分だけしか聞こえていなかった。
日本解放戦線は、戦火を拡大するためにさらなる兵器を開発しているのだ、と。

「間違った方法で得た結果に意味なんてないのに!」

それまで冷静に状況を見つめていた脳裡が熱く焼けたように感じられて、スザクは高く跳躍した。
従来のKFであれば重力からここまで大幅に解き放たれた動きは出来ない。
ランスロットの機動性に僅かに怯んだように見えた敵機は、しかし直ちに攻撃を開始した。
普通であれば空中で軌道を変えられない状態では格好の的になるだけだが、ランスロットはその集中砲火にすら耐えうる盾を有している。
敵中に飛び込んだスザクは、赤く光を放つMVSを自らの体の一部であるかのように自在に操り、瞬く間に所属不明機を一つまた一つと沈黙させていった。
間合いに飛び込んだランスロットを止めることは、最早不可能といっても良い。それは正しく圧倒という言葉を体現するかのような光景だった。
しかし、一兵卒としてのそれはともかく、KF戦に慣れないスザクにはそれが一つの限界でもある。
場慣れした雰囲気を持つ彼らはその機体の破棄のタイミングを見誤ることなく確実に離脱し、やがてそこに残されたのは中破、若しくは大破したKFと運転手を失った二台の車両だけだった。

『お疲れ様、スザク君。
いやぁ、やっぱり僕のランスロットは流石だよね!うん、良いデータが採れたよ』

「ロイドさん…僕は、」

言いかけて、スザクは口を噤ぐ。
これがユーフェミアの見たがった世界の姿なのだと思うと気分が塞いだ。
彼女はあれ程までに平和を願っているのに、こうして戦争のための道具を次々と開発して平和を乱す輩は後を絶たない。彼女は人は分かりあえると言った、その言葉を信じたいのは自分だけではない筈なのに。

『どうかした?』

「いえ…連れて来て下さって、ありがとうございます」

つい先程までロイドの破天荒ぶりに呆れていたが、そのお陰でスザクはきっと少しは何かの役に立てたのだ。それを思うと、自然と言葉が口を衝いて出る。

『何、突然。きもちわるいなぁ』

彼の返答は短かったが、それだけにいつもと同じ脱力感に満ちていた。
後方から近づいてきた彼らの乗ったコンテナ車が見えると同時に、スザクは肩の力を抜く。
ロイドの言うとおり、見るべきものは見たのだから今度こそ封鎖線に戻るべきだった。そこでこの所属不明機について指示を仰がなければならない。
しかし、そうしたスザクの思惑は通信機越しに届いたセシルの声に打ち破られた。

『ロイドさん、モニターを見てください!こんな…あり得ません!』

常であれば穏やかな筈の彼女の緊迫した声は、スザクの脳裡に厳しく警鐘を響かせる。

「セシルさん、どうかしたんですか!?」

思わず声を発したスザクに、返事はない。
堪らず彼らの乗る車に向けてランスロットを走らせる彼の耳に届いたのは、嫌に上機嫌なロイドの声だった。

「あは〜、これは…うん、チャンスかもね」

彼の口調には、先ほどの暴走車両を見つけた時のような無邪気な喜びはない。
それだけに、スザクにはロイドがどのような表情でいるのか容易に想像できた。
恐らくいつも自身を観察している時の様な、底知れない笑みを浮かべているのだと。





















「…凄い…」

呟いて暫く、カレンはその声が自ら発したものだと気付かなかった。
それほどまでに無意識に生まれた称賛は、恐らく彼女だけが抱いたものではない。山頂に布陣した黒の騎士団はゼロの指示通りに紅蓮を運用したことにより、盤上を支配していると言ってもよいほどの光景を目の当たりにしていた。
日本解放戦線に対して何処までも優勢だったブリタニア軍は、紅蓮が起こした土砂崩れに呑まれて隊伍を乱している。否、殆ど壊滅しているとすらいえる。
更にカレンが感嘆したのは、その土砂が全て測ったように山麓で止まり、周囲の町には小石の一つも及んでいないことだった。
勿論、近づいて調べれば全く影響がないとは言えないだろうが、「土砂崩れによる被害」が町に及んでいないことは遠目にも分かる。
浮足立つブリタニア軍を前に言葉を失う騎士団員に、耳に心地よいゼロの言葉が響いた。

「ブリタニア軍は日本解放戦線をことを構えるにあたり、周囲に一切避難勧告を出さなかった。
彼らはまたも弱者を見捨てたのだ!
我々は、今こそ驕慢なブリタニア軍に自らが踏み拉いて来たものが何であるか知らしめねばならない!」

ゼロの言葉は、その時一種の魔法として人々の胸に響いた。
イレブンと呼ばれ、頭を垂れることに順応できなかった彼らには眼下でうろたえるブリタニア軍は実際のそれ以上に矮小に見える。
勝てるのだ、否、思い知らせてやるのだと誰もが思った。

「これより我が黒の騎士団は、ブリタニア軍に対して奇襲を敢行する。
私の指示に従い、第三ポイントに向け一気に駆け下りろ。
作戦目的は、ブリタニア第二皇女コーネリアの確保にある!」

ゼロの声は過不足なく通達され、誰もがその瞬間の勝利を信じた。
もとい、信じずにはいられなかった。
ゼロがいれば大丈夫なのだと、そう思わずにそこに立つことは既に不可能に近い。
それこそがルルーシュが彼らに望んだ精神状態だった。


















ユーフェミアは自らの指先が酷く冷えていることを感じていた。
比例するように脳裡も冷たく凍えて、何を考えて良いのか分からない。それでも、見つめた先のモニターが映し出す現実を理解せずにはいられなかった。
突然の土砂崩れ。謀ったかのようなそれに阻まれ、最愛の姉は孤立してしまっている。大半の友軍機が呑みこまれてしまった中で姉が無事なことを喜ぶには、状況は絶望的すぎた。
姉は単騎でも強い。他の追随を許さない力量を彼女は誇っているが、今回はユーフェミアから見ても敵が悪すぎた。

(ゼロ…貴方なのですね。わたくしに覚悟が足りないと貴方は言った。
そうなのかもしれない、だけど、でも…)

それは不思議な感覚だった。彼女には、眼前の惨状はゼロが自身に見せつけているものであるかのように感じられている。「戦争」というものを正しく理解していない副総督に、自らも痛みを抱えろと囁くように。
事実、ユーフェミアは資料で戦死者の報告を見る時よりとは比べ物にならない焦りを感じていた。
身近な人が喪われる恐怖、これと同じものをブリタニアは、自分たちは多くの人たちに押しつけてきた。
しかし、だからといってここで姉の命を差し出すことなど当然ながら彼女に出来る筈もない。

「副総督、このG1も突入させましょう!」

「なりません!」

そうしたい、心の中の個人としてのユフィはそう叫ぶ。
しかし、副総督としての責務がそれを許しはしない。
周辺住民が避難している、野戦病院としての機能を持っている、G1は軍の象徴である…全て姉のコーネリアに言い聞かされていた。それを動かすことができないのは痛いほどに分かっている。

(戦場が見たいと、言ったのはわたくし。でも本当はこうしてここにいても何も出来ない…。
わたくしには、何も出来ない!)

それは、奇しくも河口湖で彼女の姉が感じた無力感と全く同じものだった。
何もかも忘れて形振り構わず誰かに助けを求めたいのに、それを許す人は誰一人としていない。
それが統治者としての責務だった。勿論、彼女自身自らにそのような行いを許すことは出来ない。
見つめたモニターの中で、自身のいる周辺だけが作戦開始の時と変わらず安全に守られていた。
その時、唇を噛んで見守るしかない彼女の目に突然一人の男が割って入る。
瞬きして画面を見つめ直し、漸く予期せぬ通信が入っているのだと気付いた彼女は、今度はそれまでと異なる理由で息を呑んだ。

『どぉもどぉ〜もぉ、特別派遣嚮導技術部でございまぁす』

男は、緊迫した状況など我関せずとばかりに楽しげな声で告げる。
あまりにも現状と掛け離れたその雰囲気に、ユーフェミアはただ瞬きを繰り返した。

「ちっ、こんな状況で特派がどうした!
留守番部隊はそれらしく大学にでもひっこんでいろ!」

思わずといった風に口汚く言う武官に、特派主任は我が意を得たりと破顔した。

『それが、ですねぇ。
偶然、奇しくも我が特派も近隣で機動実験を行っておりまして。奇遇にも直ぐ近くにいるんですよ、これが。だから何かのお役に立てるのではないかと思いまして』

「わざとらしい!功績を狙って付き纏っていたんだろうが!」

『まぁまぁそう仰らず』

ロイドと武官との会話の最中、ユーフェミアが見つめていたのは画面の中のさらに小さな二つのモニター、その一つに映し出された一人の少年の姿だった。

「アスプルンド卿、彼は…」

『お目が高い!』

応えた声は何処までもテンションが高い。傍らの男たちが苦虫を噛み潰したような表情でいることは分かっていたが、ユーフェミアはそれを聞かずにいられなかった。
その小さなモニターの片方には嘗て見た彼らの開発したKFが戦地に向けて疾走している姿が、もう一方には何処までも厳しい表情のスザクが映し出されている。

『見ての通り、ランスロットはサンドボードを装着して、間もなく戦地に到達しまぁす。
でも、お許しを頂かないままでは突入は出来ませんよね?』

歌うように言う男は、まるで悪魔のようだった。彼は自身の望みを知っている。そして、彼に縋りさえすればその望みは叶えられる…そう確信しそうな程に、彼の笑みは深かった。
代償に差しだすものがあるのかもしれない、そう思わざるを得ないほどの的確なタイミングに息を呑んだ副総督は、しかし逡巡せずに言い放つ。

「わかりました。頼みます」

『やったー!!』

楽しげな男を余所に、彼女を決意させたのは一言も言葉を発しなかったモニターの中の少年准尉だった。
彼は一心不乱に戦場に向けて駆けている。それが、無力感に喘ぐ自身の希望を体現したように感じられていた。彼はわき目も振らずに、彼に出来ることのために彼の戦場に駆けてゆく。

(スザク…)

姉を案じる心が消えたわけではない。肉親の情は、恐らくどうやったって消えやしない。
それでも、ユーフェミアは自らに副総督であることを命ずることが出来た。
それはこうして傍らから差し出される救いの手を掴むことが出来るからだと、そう漠然と感じる。

(お姉さま、どうかご無事で)

ユーフェミアの祈りは有史以来、誰もが願い、そして時に哀しくうち捨てられたものだった。


















眼下には混沌とした戦場が広がっている。
正義の反対はまた別の正義とは良くいったもので、そこに命をかける全ての者が自らの正当性を信じているのがゼロにはよく分かった。
既に日本解放戦線は戦力の体をなしていない。以前であれば登場した筈の藤堂も今回はどうしたことか現れず、盤上にはイレギュラーと呼ぶほどのものは何もなかった。
敵の戦力は身を以て理解しており、更に前回の教訓を生かして十分に計算しつくした今回の土砂崩れでは、ギルフォードとコーネリアの分断に成功している。それ故、前回の様に足止めを食うこともなくコーネリアのもとに辿りつくことも困難ではない。そこまで考えて、ルルーシュは薄く笑んだ。
騎士団員は皆、コーネリア捕獲を目指している。
それを目標とせよと言ったのはゼロなので当然だが、今回はその彼女を討つことが出来ないことは分かり切っていた。以前のようにギアスという切り札があれば兎も角、今の騎士団にはいずれ訪れる増援を捌ききるほどの力量はない。
但し、これほどの混乱の中無事逃げ果せるには、どうしても指揮官コーネリアの戦闘不能という条件が必要だった。

(今のところ問題は一切見られない…しかし、それこそが問題だ。
奴はこの戦場の何処かにいる…スザク、出てこい)

嘗てスザクはいつもあと一歩のところでゼロを阻んだ。「やり直し」をしたところで、スザクは必ず現れるとルルーシュは確信を持って言える。
しかし、今度はスザクの登場を予め想定することが出来た。予定されたイレギュラーは既にイレギュラーではない。
むしろ親友の登場を心待ちにするように戦術を組み立てるルルーシュの耳に、高揚したカレンの報告が届いた。

『ゼロ…コーネリアです』

「よし。紅蓮は暫し待機せよ」

カレンへの指示を出すが早いか、コーネリアの駆るグロースターが紅蓮目掛けて攻撃を開始した。
待機といわれて棒立ちになるほど愚かではないカレンは、その攻撃を素早く避けて牽制する。その隙を縫うようにゼロがコーネリアに銃弾を向ければ、心得たように紅蓮は戦闘状態を維持して距離を取った。
外部に音声を通達すべくスイッチを切り替えるゼロの仕草は、有り余るほどの余裕に彩られている。

「聞こえているか、コーネリアよ。
既にチェックメイトだ。無駄な抵抗は止め、我々に投降していただきたい」

『ゼロか…愚かな!
こいつさえ、こいつさえ倒せば活路は開く!』

言葉と共に再度カレンへの攻撃を開始したグロースターに、紅蓮の反撃は容赦なかった。
コーネリアの攻撃の悉くはかわされ、的確な反撃がグロースターの戦力を削ぎ落とす。それはコーネリアから見れば悪夢のような現実だった。

「無駄なんだよ、コーネリア。お前では私の部下に勝てない」

以前はライフルで援護射撃をしたが、今回ゼロはそれすら行わなかった。
コーネリアの説得は不可能だと分かっている。それならば、単騎でコーネリアに勝利したという功績をカレンに与えたかった。勿論、コーネリアにその屈辱を味あわせる意図もある。藤堂の助勢がない以上、彼我の能力差を見せつける必要があった。

『コーネリア!!』

カレンの叫びは苛烈に響いた。それが彼女の心の形でもある。
グロースターに猛攻をかける彼女を痛ましい気持ちで見つめている、その自覚があるからルルーシュは苦笑した。嘗て自分はナナリーのために生き、やがて彼女だけではない、多くの者たちのために…そして最終的には自らの罪を償うために命を落とした。
それが思わぬ形で「再生」され、今では自分が愛する人々のためだけにここにいる。
ブリタニアを誹ることなど許されない驕慢だった。勿論優しい世界を望んでの行動ではある。
しかし、こうして戦場を混乱に陥れながらも、その為に消えゆく多くの命ではなく只一人の少女の心痛を思って胸を痛ませる、それは明らかなまでの罪だった。許されたいとは思わない。
「やり直し」をしたところで前回の罪を忘れたわけではないルルーシュには、結局泥にまみれながら進んでゆくしか方法がないだけだ。
愚かだとは思う、だが人は一度見つけた答えを捨てることは出来ないのかもしれない。
たとえそれが最善でないと知っていても。

(だが、スザク…お前なら)

思った瞬間、足下に鈍い震動が伝わる。
来る、そう身構える暇すらなかった。
盛大な土煙りが辺り一面を覆い隠す。それが晴れるのを待つ間すらもどかしいとばかりに、白金のKFは戦力を失ったグロースターに駆けよった。
それは「以前」と何一つ変わらない光景としてゼロの瞳に映る。
だからこそ、カレンに対する指示に迷いはなかった。

「カレン!その白兜は河口湖でホテルの搬入口を突破した機体だ!
今までの雑魚とは違う、慎重に叩け!」

『はい!』

返事と共にランスロットに仕掛ける紅蓮を後目に、グロースターはゼロに対し攻勢にでる。
しかし捕獲若しくは撃破を目標としていない以上、コーネリアとまともに組み合う必要はなかった。紅蓮の攻撃により殆ど武装を失ったグロースターを危うくかわしながら、ゼロは冷静に戦況を読む。

(紅蓮と白兜がまともにぶつかれば、双方唯では済まない…。
しかし、どちらも失うわけにはいかない。退却のタイミングが問題だな)

前回は考えなかった悩みだが、そればかりは仕方がない。戦術論としての退却の困難を知っているからこそ厳しい視線を投げていたルルーシュは、不図白兜の動きに違和感を覚えた。
とはいえ、めまぐるしく動き回る白い機体の動作を全て理解しているわけではない。ただ漠然と動きが悪いと感じるのは、嘗てその動きをトレースし、シミュレーションしたが故のことかも知れなかった。

『そんな武器なんか!』

強く吠えたカレンが、ランスロットの武装を破壊する。
紅蓮の攻撃を避けて跳ねまわる白兜がMVSを振りかぶる、その時にルルーシュの感じた違和感は突然現実のものになった。それまで動きを追うことすら困難だったランスロットの動きが、急速に鈍る。隙を見逃さずVARISごと腕を掴んだ紅蓮の輻射波動を、片手に持った赤い刀身で腕ごと切り離して避けるとともに、ランスロットは動きを止めた。

(エネルギー切れか!)

奇しくも紅蓮自身その際の輻射波動でカートリッジのエネルギーを使い果たしたが、他の武装がそっくり生きている紅蓮にとって既にランスロットは敵ではない。

『ゼロ、敵の活動が停止しました』

低く彼女が告げると同時に、ルルーシュは再度足下の振動を感知した。
それまでずっと待っていた退却の潮が訪れたことを悟った魔王は、自らの部下に鋭い指示を発する。

「カレン!そいつの鹵獲は残念ながら次の機会だ。
土砂崩れとそいつの強行突破の所為で地盤が緩んでいる…撤退だ」

告げられた指示に、カレンは小さく唇を噛む。
命令が届くと共に目をやったモニターの信号は、分断されていたコーネリアの騎士が接近していることを示していた。
彼らの追撃をかわしながら、抵抗するコーネリアを連れて、若しくはエネルギー切れを起こした機体を引き摺って退却するのは不可能に近い。
また、ここでコーネリアを討てば戦場は弔い合戦に様相を変える。そうなってしまえば主力武器を使い果たした紅蓮には、そこからゼロを安全に逃がす手立てはなかった。

(今回はここまで、か。
でも、ゼロが…ルルーシュがいてくれれば私は戦える!)

『分かりました、ゼロ。退却します』

カレンの声は志半ばで撤退することを余儀なくされたにしては明るかった。
否、明暗の問題ではなく、自らの生きる道を定めたようなはっきりとした響きが宿っている。
その声音に背中を守られるように撤退の指示を出しながら、ゼロは自らが望んだ「優しい世界」の実現が決して簡単ではないことを再認していた。

(しかし、やってみせる…作れる筈だ、優しい世界を!)

胸中誓った言葉は、誰に届くこともないが故に深くルルーシュの胸に根付いていた。












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