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「彼女は、」

呟いた声は上官に拾われた。
自分には過分だと思えるほどの優しい彼女は、思わず呟いただけの声を違わず聞いて気遣わしげな声を掛けてくれる。

「誰か…知ってる人がいた?スザク君」

「いえ…」

小さく頭を振ったが、彼女の指摘は正しい。不鮮明な画像が捉えた人質の中には、ただ一度だけとはいえ言葉を交わした少女…ルルーシュの友人が映っていた。
知り合いと呼ぶには縁遠すぎる少女だが、嘗ての邂逅が鮮烈過ぎて印象は強い。

(確か…シャーリー、さん)

思いだしながら握りしめた手はしっとりと汗をかいている。政府と無関係な一般人に危害を加えただけでも認められた行為でないと思えるのに、僅かな面識がある人物が巻き込まれているとなると心痛は増した。
被害者の家族はきっと生きた心地がしないに違いないと思うと、義憤に目の前が眩む。
悲痛な表情のスザクを彼の上官、セシル・クルーミーが痛ましげに見つめていたが、スザクはそれに気付けなかった。

「駄目だね〜〜。出撃命令はナシ!お預け!」

お〜め〜で〜と〜〜〜!!
何時ものように調子外れに甲高い声を上げる白衣の男は、指を咥えて眺めているだけという現状に不満を覚えているようだったが、セシルの鋭い眼光を受けて大袈裟なほどに表情を改めた。

「スザク君もさぁ、そんな怖〜い顔してると疲れちゃうよ」

真面目な顔でも言うことは然して変わらない。副官の咎める声を聞き流しながら、白衣の男は涼しげな視線をスザクに投げる。そこには、彼にしか分からない自信…若しくは期待のようなものが込められていた。

「いざという時にさ」












夢中天 22












コーネリアは自身の能力に一定の信を置いている。そうでなければ指導者であるべきでないと思ってすらいる。しかし、現在彼女が味わっている焦燥はこれまでのそれとは大きく意味を違えていた。
とはいえ、テロリストが珍しいわけでは決してない。人質を取られることすら。
但し、彼女にとって実効的な人質を取られることは、正直これが初めてだった。

(ユフィ…!)

脳裡には彼女の名前が何度となく駆け巡って、我ながら冷静な判断が出来ているとは思い難い。
それでも幾つかの作戦や妥協案が提示されてはいたが、総督の意見としてそれらは全て排していた。一切の妥協は許されない。それを前提に置いた作戦も。

「物資搬入用の通路からの侵入を試みましたが、敵はグラスゴーを改造したリニアカノンを設置している様子…どうしますか、要求通り政治犯の釈放を、」

「テロリストに弱みを見せるな!」

報告を寄越されるも、返す指示の声が厳しいことは隠しきれない。
それも全ては、分配会議に出席する筈だった愛しい妹の身を案じるあまりだということは信頼してあまりある騎士たちには分かっている。
幸いにして日本解放戦線は人質の中にユーフェミアが居ることに気付いていないが、そのことが彼女の身の安全を保証するとは言い難かった。
忸怩たる思いを噛み殺しながらも、コーネリアに出来ることは限られている。
ただ総督として指揮を執り続けること、あらゆる面でのアプローチを続けさせること。
このエリア11で絶大なる権力を誇る彼女は、しかし現在一人の姉としてあまりにも無力だった。
一般人から見ればその無力はあまりにも傲慢だったが、それを指摘する者…否、そのことに気付く者すらそこには誰も居ない。
















トレーラーの速度が大変に遅いということはなかった。しかし、トウキョウ租界から河口湖まで移動し、しかも人目に付かない位置にトレーラーを隠してコンベンションセンターホテルにこっそりと接近するのは少々骨が折れる作業だった。帰りのことを考えると杜撰なことは出来ないが、それでも少し情けない。
作戦実行にあたって、カレンはルルーシュから今後の指針を聞いていたが、今後もこのような微妙な活動が続くのかと思うと不思議な気分になったものだ。

(正義の味方って)

聞いた時には思わず訊き返したほどの現実味のない呼称だが、説明されれば確かに納得できる。
しかし、正義の味方とはこれほどまでに舞台裏との落差が激しいものだろうか。考えかけて、それどころではないことが判明した。ルルーシュが携行している小型テレビの画面から漏れ聞こえる音声が、不穏な色を強く孕んでいる。

「何かあった?」

「ああ。…時間の余裕がなくなった。急ぐぞ」

既に周囲は薄闇に包まれている。少々急いで移動したところで紅蓮を見咎められることはないだろう。
そもそも、現場が近いからこそ関係者の視線はそびえたつホテルに注がれている。足を速めたルルーシュの手元から、テレビの音声が漏れ聞こえた。
30分に一人、人質を処分すると告げているそれに、背筋が一気に泡立つのを感じて、カレンも表情を引き締める。

「カレン、用意しろ。コーネリアと交渉を開始する。その間、何が聞こえても反応しない様に。
それから、狭いのは分かっているが僅かな間C.C.も座席に詰め込め」

ルルーシュの声に女性二人が異を唱えようとするが、既に彼の関心はこちらにはない。
生徒会の面々が捕えられている今、小さなことで文句を言うのも憚られるが…複雑な気分でC.C.へ視線を向けると、自分と同じ表情と眼があう。
仕方ないと吐いた溜息のタイミングまで同じだったのが笑えなかった。















カレンとC.C.を紅蓮に押し込み、ルルーシュはその肩に立ってホテルを見上げた。足元の安定は最悪だがここで滑りでもすれば以降の印象が滅茶苦茶になる。唯でさえ周囲の視線はテロリストに対するものと若干異なる冷たさを含んでいた。
当然だ、とルルーシュも思う。緊迫したホテルジャックの現場に、黒塗りの仮面の男が現れて総督を出せと要求する…ふざけた三文芝居でもやらないだろう。
ただし、それが紅蓮の存在のおかげで僅かに現実味を帯びる。ブリタニアの手によるものではない、見慣れない兵器。その深紅の機体の噂をそこにいる者の多くが聞き知っている筈だった。

(そして、コーネリアも。シュナイゼルに何を吹き込まれたかは知らないが、随分と「ゼロ」を警戒していることは明らか。恐らく紅蓮の噂を聞き洩らしていることはないだろう。
この膠着状態で、ゼロの存在は必ずコーネリアの神経に障る)

そうでなくては意味がない、とすらルルーシュは思っていた。気が立って、冷静でなくなってくれれば。

(そうなって初めて…コーネリアを躍らせることが出来る)

コーネリアが目下最大の目標、その姿勢は変わっていない。
嘗ては随分と梃子摺った難敵だが、弱点が明白なため今回は然程不安を感じずにすんでいた。
しかし、いざグロースターが目前に滑り込んで来た瞬間、やはりルルーシュは緊張せずには居られなかった。黙っていても「ゼロ」の名が鳴り響いてくれた以前とは話が違う。ここで失敗することは、即ちルルーシュの復活の失敗をも意味していた。
グロースターのハッチが開き、コーネリアが姿を現す。
ルルーシュは何も言わない。ただ、祈るように念じた。

(言え、コーネリア…。その為の焦燥だ)

その為に時間を置いた。そして、見ず知らずの男性が一人死んだ。
誰かにとって愛すべき人の一人が。
身を切るような緊迫した沈黙は、しかし主観を離れれば恐らく一瞬の対峙でしかなかった。
コーネリアの紅をひいた艶やかな唇が動き、言葉を発する。

「貴様が…ゼロ、か」

(かかった!)

仮面の下、ルルーシュの笑みが深くなる。つられるように、額の汗が流れた。
コーネリアの視線が紅蓮に一瞬向けられた、その時から八分通りの確信は得ていたが、実際のところまだ脈拍がいつもより速い。
ともあれ、確かにコーネリアから望む言葉は引き出したが、それで終わりではない。
意識してゆったりと、ゼロは言葉を吐き出した。

「お初にお目にかかります、コーネリア総督。
ご様子から察するに、宰相閣下からご紹介いただいているようで恐縮です」

「…シンジュクのこともやはりお前か。
何が狙いか、聞きたいことは多いが今はこちらのことを優先させて貰う」

「その節は、宰相閣下にも…前総督にもよろしくお伝えいただきたい」

「成程、ますますただで帰らせるわけにはいかんようだな」

拘束しろ、コーネリアの指示が飛ぶのと全く同じタイミングでゼロが発した声を、彼女は聞き洩らしはしなかった。曰く。

「ユーフェミア皇女殿下について、ご心痛お察しする」

それはあまりにも静かな声音だったが、そのことがより言葉の意味を不気味に浮かび上がらせていた。
先の指示に従って行動を開始した周囲の部下に手振りで制止を求め、コーネリアは再度眼前の黒づくめの男の姿を凝視する。男はそれまでと同様に、夜と同色の、しかし決して溶け込むことのない細い体を姿勢よく保っていた。

「今、何と言った」

言葉にして、口の中が酷く乾いていることに気付く。
潤すもののない乾きに居心地の悪さを感じながら返事を待つ彼女に、ゼロの返した口調は世間話のように素気なかった。

「現在囚われている副総督を無傷で救出できずに手を拱いているようだが…私になら出来る」

「それを、何処で…!」

明らかに切羽詰まったコーネリアの声は、既に総督としての慎重さを一時とはいえ失っている。
仮面の下で笑みを深くしていることを悟られないような平坦な声を出すルルーシュにはその気持ちが大いに分かった。しかし、甘い。

「ご説明申し上げる前に…そろそろ、次の30分が迫っているのでは?」

対峙するコーネリアまでの距離は、彼女が忌々しげに唇を噛み締めるのがはっきりと確認出来るほどしか開いていない。
自らの武力に自信があるとはいえ、一エリアの総督としては迂闊すぎるその間の取り方が姉としてのコーネリアの限界だった。













紅蓮が緩やかに全身を始め、ルルーシュは小さく息を吐く。
決して他に悟られることはないだろう微かなそれは、しかしルルーシュにとって大きな山を越えた感慨深い吐息だった。
今の今まで、ゼロはあくまで都市伝説にすぎなかった。
それは紅蓮を伴おうと、分かりやすい活動を行おうと変わりはしない。大衆に認知されること、それがゼロには圧倒的に足りていなかった。あやふやな影ではない、実体を持つ存在としてのそれが。
しかも、以前と違い弑逆という大きな話題を持たないゼロには、何れ組織が巨大化した時の求心力が欠ける可能性もある。

(しかし…「総督」が率先してゼロの存在を公式に認めることで存在を印象付けることは可能だ)

ゼロが口を開く前から、姿形だけを提示された状態の総督が黒づくめの男を指して「ゼロ」の名を呼ぶ、そのことでそれまでゼロの存在を話半分にしか信じていなかった者もその異様さに気付かざるを得なくなる。
即ち、「ゼロ」は総督が気にかけるほどの実力を有しているのだ、と。
更に、コーネリアにしか分かり得ない情報で「シンジュク」のキーワードを引き出すことで嘗ての不自然な休戦命令とゼロとを関連して印象付けることにも成功した。

(正直、ここまで上手くいくとは思っていなかった…。
相変わらず、ユーフェミアを抑えられた途端に判断が傾くようだな)

冷静な状態のコーネリアであれば自らゼロの売名に与するような失態は犯さなかっただろう。しかし、現在は溺愛する妹の身が危険にさらされている。
その焦燥を煽るためにルルーシュは行動の時間を計った。正直こちらも穏やかでいられなかったが。

(これで一つ目の条件はクリア…さて、日本解放戦線の面々はまだ「冷静」でいられるか)

紅蓮を擁している今、武力でもホテルジャックを潰すことは可能だが、コーネリア同様有効な人質を取られている以上その手段は選択できない。
ならば。
情報を武器とした心理戦を展開する場合、まず必要なのは自らの平常心を保つこと。
そして、相手のそれを崩すこと。

(必要なカードは揃っている)

緩やかに進んだ紅蓮が、ホテルの門の前で静かに停止する。コーネリアを通じて、話がしたい旨は申し入れているのでゼロからのアクションは必要なかった。
ただ、待つだけで良い。日本解放戦線がゼロの言葉を聞くという判断を下す瞬間を。
ルルーシュはここでも彼らが自らの望む行為を取ることをやはり八割確信していた。
「冷静に」考えれば、ここで彼らが「ゼロ」の話を聞く必要はない。
しかし、今回彼らが採った籠城という戦法は、外からの援軍がなければ原則として成り立たない。人質を有しているとはいえ、コーネリアにとってそれが有効だと知らない彼らにとってすれば、何れ人質と糧食が尽きた瞬間に争わずとも結果は見えているも同然。

(つまり彼らは、覚悟の行為とはいえ…いや、「決死の」覚悟をしているからこそ、自らの不利を悟っている。
…誰にとっても恐ろしい、敗北の…死の恐怖を)

そこでゼロが現れる。「ゼロ」が何者であろうと関係ない、彼らにとって必要な情報はゼロが伴う紅の機体。キョウトが秘密裏に有していた国産のKF。

(まだ一部の者しか知らない情報の筈だが、中佐ともなればどうかな。
実体を知る必要はない。噂だけでも聞き知っていれば…)

沈黙を守るゼロの前で、軋むような音を立てて門が緩やかに開いた。十分な手入れをされているそれは、常であれば気付きもしないであろう僅かな音しか立てなかったが、痛いほどの緊張を感じているルルーシュには酷く大きな音であるように思われた。

(…作戦の前提条件は全てクリア)

考えると同時に、足下の紅蓮が静かに全身を始める。
紅蓮を伴った、それには3つの効果を期待していた。
コーネリアに…ひいては民衆に「ゼロ」を認識させる。
日本解放戦線に、ゼロの背後にキョウトの影を錯覚させる。
そして最後の一つが上手く機能してくれるように、ルルーシュは柄にもなく小さく祈った。
今は遠く離れたところに座す嘗ての「妻」に宛てた、感謝の念が届くように。


















「出して良いって!!」

周囲の深く沈んだ気配とは裏腹に、ロイドの声は底抜けに明るかった。愛する我が子のデータが採取出来ることに対する喜色を隠そうともしないそれはいっそ気持ちが良いとすらいえた。
いつもであれば上司の態度に指導を加えるセシルだが、今回は突然の命令に戸惑いを隠せずにいる。

「え、どういうことですか」

「敵さんが搬入口にリニアカノンを設置してるから、突破して基礎ブロックを破壊しろってさぁ、乱暴だねぇ」

歌うように言いながら形式だけでもと送信されたそれまでの経緯をセシルに見せる。
示された画面を覗き込んだセシルは、読み終わるとほぼ同時に非難の声を上げた。

「これって…!実戦配備のサザーランドが一溜りもなく破壊されているじゃないですか!
こんなところに突っ込めって…囮ですよ!」

彼女の声には明らかな憤りが込められている。そもそも高い能力を有している筈のスザクを出自を理由に無視していたくせに、事態が容易ならざると判明するや酷使する、そのやり口が気に入らなかった。
しかし実質その命令を受け取った上司はへらへらと締りのない笑顔を崩そうともせずセシルの声に被さるように甲高く笑う。

「そりゃそうだよ。…どうする、スザク君」

聞きながらも返答は一種類しか予定していない。そのことが明白に感じられる態度に、しかしスザクは怒りを覚えることはなかった。むしろ下命が有難いとすら思える。

「行きます。…僕が行って、助かる人がいるなら」

セシルが慌てたような声を上げるが、スザクの決意は揺らがない。
時間に伴い色を濃くしていく夜空を見上げて、彼は心中で震える感情を抱きしめた。
ここにいる意義、誰かの役に立てるという喜び、そしてその先にある仄暗い恐怖の色をした安息、その全てを。

















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