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昨日…放課後、生徒会での遣り取りを思い出して、ロロは溜息を呑込んだ。
記憶の中の少女のつややかな明るい色の頭髪はいつもと同じように真直ぐ流れていたが、打って変わってそ
の心情はというと中々御しがたいらしい。
いじらしいほどに赤く染まった頬と、落ち着きなく周囲を移ろう視線から見ても彼女が多大なる葛藤を抱い
ていることは明白だが、それに付き合って半時間が過ぎた頃だった。
彼女…シャーリーの言いたいことは、否、聞きたいことは大体分かっているのだからこちらから言ってしま
っても良いのだろうか、そう思った時漸く少女の唇から震える声がそっと差し出された。

「ね、ルルって誰か付き合ってる人とか…いるのかな」

「知りません」

予期せず冷徹な返答になってしまい、焦ったロロは不要なことを口走る。

「でも、兄さんの様子からすると居ないようですよ。気になる人は…どうかな」

「どうかな!?ルルの好きになる人ってどんな人なのかな!
好みのタイプとかって、ほんとどうなのかな!!」

どうやら相手の術中に自ら飛び込んでしまったらしい。
しかし、こちらが心配になるほどに赤面して想い人の嗜好を知ろうとする、その気持ちは恐らく分からなく
もない。
言ってしまえば、ロロはこの少し空回り気味の先輩が嫌いではないのだ。

「…きいて、みましょうか」

「!!…うん、お願い!」

こうやって他愛もない話をしても良いと思うくらいには。

そうしてロロはいつもより随分と早い朝の準備を進めながらどうやって話を切り出そうか悩む。
それは恐らく昨日の少女の様子と似ないながらもどこか共通の甘さを持っていた。






















夢中天 19












柔らかな朝日を感じてゆっくりと瞼を持ち上げると、視線の先には愛してやまない麗しの共犯者がいた。
その他愛無くも絶大なる幸福に酔い痴れながら、C.C.は気だるい体を静かに起こす。気配に気付いたのか、
学生服を着ていた手を休めたルルーシュが目線だけを投げて寄越した。

「おはよう、ルルーシュ」

「ああ」

挨拶は短いが充分だった。
着替えを再開させた彼の仕草は澱みなく、本日夜に武力を伴う作戦を予定していることは勿論、昨夜もC.C.
よりも遅くまで起きていたことも窺わせない。
素気ない猫のようにとり澄ました横顔を眺めながら、未だベッドの上の魔女は眼を細めた。
その表情が魔王たる少年のものと似通っていることには双方ともに気付いていない。

「今日はサボるのかと思っていた」

「いずれ通いたくても出来なくなる。可能なうちは精々学生らしくさせて貰うさ。
その方がナナリーも心配せずに済む」

言葉とは裏腹に学生らしさの欠片もない笑顔で言うと、話は終わったとばかりに自室を後にする。その彼の
背中を見遣り、C.C.は逸早くチーズ君を入手せねばならないという決意を新たにした。










「おはようございます、お兄様」

「お早う、ナナリー」

階下では妹が朝食を共にしようと兄を待っていた。
準備は既に咲世子が済ませており、その彼女は仲睦まじい兄妹の遣り取りを仄かに微笑んで見つめている。
思えばこの頃から彼女も家族の一人だったと今更ながらに痛感し、ナナリーに向けた微笑みそのままに咲世
子にも朝の挨拶を投げかけた。その瞬間こそ何故か驚いていたようだったが、直ぐに彼女らしく落ち着いた
挨拶が返されて、ランぺルージ家の朝は始まる。

「ナナリー、咲世子さん、今日は帰りが遅くなるから先に済ませて貰っても良いかな」

「はい。畏まりました」

ルルーシュの言に静かに頷く咲世子とは対照的に、ナナリーは表情を変えずに首を傾げた。
笑顔が浮かべられているが、それは一瞬前の笑顔を崩していないだけで彼女は微笑んではいない。

「お兄様、最近お忙しいのですか?」

「ああ、少し気になることがあって…どうかしたか?」

「いえ…」

笑顔のままの妹に、ルルーシュは大いに罪悪感を刺激される。
まだ目立った活動はしていないが、共に暮らしているナナリーには生活の変化を隠しきることは出来ていな
いようだった。さりとて本当のことを話してしまうにはあまりにもリスクが大きすぎる。
以前とは違い、ルルーシュはナナリーを守られるだけの存在と定義してはいなかったが、愛する家族として
守りたいという当然の欲求が喪われたわけでもない。
自然、曖昧な誤魔化しを口にすることが増える、そのことが疚しくないとはとてもではないが思えなかった


「出来るだけ早く帰るようにするよ」

心からの言葉としてそう言うと、ルルーシュの天使はその名に相応しい微笑みで今度こそ柔らかく微笑んだ


「はい。お兄様、お早いお帰りを待っています」

















授業は退屈だった。
カレンは相変わらず欠席していたが、作戦概要を伝えた時の動揺を考えるとそうしてくれた方が有難い。
彼女は時に烈しいまでに真直ぐで、強すぎるその心根が逆に大きな傷を抱えてしまいそうで心配になること
がある。しかしそれは彼女が自ら向き合うことであり、例えルルーシュであろうとその全てを肩代わりする
ことは出来ない。彼に出来るのは自らの部下の決定を、それが如何なるものであろうと容認することだけだ
った。

「よぉルルーシュ君、今日暇?」

「生憎」

思考を中断させるようにリヴァルが声を掛けるが、放課後の予定は埋まっている。
作戦自体は午後9時からだが、その準備としてやるべきことがあった。
不本意ながら、まだ「ゼロ」は戦場での大立ち回りは出来ないが、戦闘に突入するための道順の指示に抜かりがあってはならない。
その為のルートは勿論数パターンに絞込は済ませてあるが、状況は日一日、刻一刻と変わる。
直前の状態で最も安全かつ確実なそれを確保するためには時間は幾らあっても足りないほどだった。
ちらちらと様子を窺っていたシャーリーが肩を落とすのが眼の端に映って、何か話があったのかと思うが優
先順位は変えられない。悪いな、そう言って話を打ち切ると悪友は思い切り顔を顰めた。

「付き合い悪いな、何かあった?」

「何も」

そう、まだ何も、だ。
記憶のままであれば河口湖の小旅行もそう遠い日程ではない。
ホテルは既に抑えてあるから問題はないが、手配の全てが終わったわけでは決してなかった。
何も、だけど最近忙しいんだ。これから先もっと忙しくなるために。
戯れに考えたその言葉は使われないまま消えた。















「今頃、昼休み、か…」

自室のベッドの上、奇しくもルルーシュ宅のC.C.と同じような格好で寛いでいたカレンは携帯電話を握りし
めて呟いた。
通学を苦にしていたし、学校を愛しているかと問われればその答えを有してもいないのに、何をすることも
なく自宅にいるとなんとなく学舎での区分に沿って時間を把握してしまう。
もう後2コマ分の授業が終わったら、あの騒がしい生徒会室に赴いてまるで友人にするような話をするのか。
自分の人生で恋愛を何よりも大切な宝石として抱きしめている少女と語り、
限られた時間をより美しくするために甘やかな息を吐きかけてそれを研磨する少女と笑い、
自らは積極的に語らずも誰かの声を捉えては微笑む少女の息遣いを聞いて、
ひょうきんに笑いながらもどこか切なく愛する人を見つめる少年の瞳に僅かな感慨を抱き、
戸惑いながらもゆっくりと自分の居場所を作ってはそれを不思議そうに見つめる少年を自分と重ねて。

「ブリタニア人…」

カレンの敵。ブリタニアの恩恵に与る者たち。
そして、今日カレンが叩き潰すのは日本人。自然人としての日本人を殺害するかどうかは作戦によるけれど
、それは結果論に過ぎない。カレンは今日、日本人と戦う。
それを厭うているのではなかった。但し、考えるのをやめてはならない。
カレンは日本人と戦う、今はその理由が分からなくとも良い。だが、いつまでも分からないままではいけな
いのだ。納得いくまで考えて、それでも分からなければゼロに尋ねても良い。しかし、考える前に答えを欲
しがっては、意図的に答えが歪められていた時にきっと気付けない。
だからこそ、出撃の時まで考え続けなければならないのだ、何故、と。

(あと、半日)
























「光陰矢の如し」

「何か言ったか」

「いえ、何でもないわ。独り言よ」

呟いた言葉は意外にも緑髪の女に拾われた。
いつもゼロしか視界にないというような顔をしているくせに、気が向いたときだけは掠めるようにカレンの
声を聞くのかと思うと、八つ当たりだと分かっていても不愉快だった。
相変わらず、この女と上手く付き合える自信が持てずにいる。

『ご苦労だった。二人とも、パターンDのルートで次の作戦地域への移動を開始しろ。
敵に準備の時間を与えるな』

通信機から漏れ聞こえる指示に声もなく頷いて、カレンは傍らに立つサザーランドを睨む。
搭乗者はゼロではない。彼は今回離れた場所から指示を出していた。
今回の作戦、2つの拠点を一夜の内に叩くという内容に沿ってか、C.C.と呼ばれる女もKFを駆って共に戦った
。腕は悪くない、と言いたいところだが生憎というべきか幸いにもというべきか、カレンの知るなかで最も
卓越した技術を有していた。
ならば2面作戦を展開することも可能かと思わなくもないが、指揮官が1名であるためそれも出来ないのか、
とにかく実動部隊の二人は現在、1つ目の標的であるブリタニア人の貿易会社の殲滅に成功していた。
作戦前、カレンは作戦の真意について考えていたが実際戦闘になるとその意識は綺麗に消し飛んだ。
何故、と問われるまでもない。
戦闘になったのだ、「何故か」。
普通の企業であれば防犯対策には精々セキュリティ強化を行えば十分と考えて良さそうなところを、標的は
KFに応戦できる程度の戦力を保持していたのだ。それがどれほど不自然なことか、自力救済が禁止された法
治国家ブリタニアに居を構える者として気付かないものはいないだろう。

「カレン、寝ぼけるなら紅蓮を降りてからにしろ」

「お生憎さま。まだ宵の口よ」

思案の途中で割り込んだ声に荒々しく応えながら、指示された場所へ急ぐ。
ゼロから追っての指示はなかったが、間を置いてはならないとは予め言われていた。

(ゼロ、貴方は私を信じてくれているみたいだけど…私は日本人と戦える、本当にそう思う?
もしそうならば私は…貴方を裏切ってしまうのかもしれない)

ちらりと頭をかすめた考えは、道行を急かすC.C.の声にまぎれて消えた。



















「遅い。作戦に支障はないが予定を2分過ぎている」

目的地に着くとゼロが腕組みをして立っていた。
標的は3ブロック先、遠方で指示を出すという話は聞いていたが「遠方」が次なる標的のすぐ近くだということを聞かされていなかったカレンは正直驚いたが、一先ず遅刻を詫びた。
小さく頷いたゼロは、遅れたと言った割には悠々と、一拍置いて紅蓮を見上げる。
冗談のように細いシルエットが首を傾げて見上げる様は何処か諧謔めいていて、カレンは作戦行動中であるにもかかわらず何の含みもなく奇妙な気分に襲われた。
だまし絵の絵本を読んでいるような、不愉快ではない、けれどカレンの何かを突き崩そうとする気配を感じて。

「さて、紅月カレン。これから先はC.C.とは別行動だ」

穏やかに言って、ゆるりと細い腕を持ち上げると標的のビルの横、飾り気のない建物を指差す。
影の中で影絵を見るようであったが、不思議とゼロの輪郭は失われず真直ぐカレンに道を示していた。

「そこに君の戦場がある。君の思うがまま、心の命ずるまま戦え。
但し。敵から物理的反撃は予想されない。突入は出来るだけ静かに、穏やかに行うように」

それは酷く抽象的な指示で、カレンは指揮官としての彼の評価を僅かに疑ったが、しかし一つ首を振ってその考えを消し去る。一旦覚悟したのなら、だ。

「C.C.、お前は本丸を攻めろ。既に必要なものは揃っている。派手にやって構わない」

「私は陽動か」

「分かりやすく頼むぞ。後の印象にも関わる」

その遣り取りにカレンは小さな疑問を覚えた。
確かにC.C.の技術は素晴らしい、しかし彼女の向かう戦場が「本丸」ならば、新型である紅蓮こそそこに相応しい。それはゼロが敢えてC.C.とカレンの戦場を分けたことに関係があるのかもしれなかったが、考えるまでもなく作戦は開始された。


作戦開始を告げるゼロの声を聞くと同時に、滑るようにサザーランドが目標に向けて駆け出す。その一切の迷いを排除した動作に一瞬見蕩れたカレンは、負けじと紅蓮を操った。
3ブロックなど距離がないと同じであり、目的地には直ぐに辿りつくが、同時に違和感がカレンの脳裡に響き渡る。
9時に開始した作戦はその進行に伴って時間が過ぎ、現在10時30分。建物から証明の光が漏れているのは残業とでも説明がつくが、それだけではない、喧騒に似た雰囲気が「本丸」からは漂っていた。
しかしその意味を考えるまでもなくC.C.は目標に向けてスラッシュハーケンを打ちこむ。コンクリートの瓦解の音が暗夜に重く響き渡った。

「ちょっ…!あれじゃ私が穏やかに突入とか意味ないじゃない!」

嘆きながらも、目標の建物への侵入を試みる。
一件普通に見えたそれは、実際は余程近づかなければ分からないが強固な造りをしていて、カレンは小さく首を傾げる。紅蓮の通常の力で壊せない外壁となると、念入りに強化しているのは間違いないがそれほど気を使ったような外見には見えない。とはいえ、防御フィルターでもあるまいし敵の装甲を容易く切り裂く紅蓮が本気を出して壊せないものでもなかった。
穏便に、の言葉には反するが建物の一部を瓦礫に変えつつ入口を作り上げる。それはカレンが当初思ったより、そして作業を開始した時に思ったのよりも堅固な建築物だった。
そうして漸く内部を覗き込んで、カレンの時は止まった。

そこにあったのは膨大な数の商品だった。
外から見るよりも大きく感じる単調な、倉庫のような屋内には同じ規格の檻が画一的に並べられており、そしてその中にはカレンのよく知る、そしてカレンが決して商品として扱うことが出来ないもの…日本人が並んでいた。

「なに、これ。どういうこと…」

カレンが建物を壊した轟音も、未だ続くC.C.の戦闘音も聞こえていない筈はないが、誰一人視線を上げない。否、上げた者もあるが興味ないとでも言いたげに元の通りに、自らの足元を見つめなおしている。
しかし注意して聞けば激しい戦闘の音に紛れて、子供のなく声も聞こえた。
子供が泣く、お母さん、と。
その瞬間にカレンは全てを理解した。
他に生きる術のない…時には、身寄りのない日本人たちが頼って身を寄せる人材派遣業の傍ら、この企業がブリタニア人の「貿易商」と組んで何をやっていたのか。
そして、その違法性を知りながら彼らの「事業」を支援していたのが誰だったのかを。
ゼロの言葉を思い出す。
ここがカレンの戦場だった。
敵はブリタニア人ではない。ブリタニアですらない。
弱者を搾取する、強者こそがカレンの敵だった。
だからこそ、カレンは力の限り、戦闘を始めることが出来る。

「私は味方よ!助けに来たの…!!」

この言葉がどれだけの人に届くか分からない。
しかし、この言葉を必要とする全ての人に漏れなく届ける、それがこれより先のカレンの戦闘だった。















『可哀そうに。カレンの奴泣いているんじゃないのか』

「そうかも知れないな」

『フン、ひとでなしめ。「以前」は見過ごした企業を今回になって叩いたのはカレンを泣かせるためだけじゃないんだろう?』

「益のないことはしない主義だ。「今回」はクロヴィス殺害もパスしたし、スザク救出も無かった。
ゼロを印象付けるためには一つくらいセンセーショナルな話題が必要なんだよ」

言って、ゼロは緩やかにカレンの元へ歩を進める。

(可哀そうに、か)

可哀そう、それは本当だ。カレンは純粋に日本を愛してその為に戦っているのにその暗部を見せつけるような真似をした。
前回は必要でもなかったし危険が多かったから手を出さなかったが、今回はそうもいかない。
思うと同時に、まだ沈黙していなかったC.C.からの通信が笑みを湛えた声を届けた。彼女も戦闘中であるはずだが、随分と余裕があるらしい。
しかし、それも当然かもしれない。同じ日本人を食い物にしているとはいえ彼らも被支配民族であり、後ろ暗いところは同様とはいえブリタニア企業のように戦備を整えることなど出来はしないのだから。
さらに言うなら、警察はついさっき「何者か」に襲撃されたブリタニア企業にかかりっきりになっているので少しくらいの時間の余裕もあるのだ。
ともあれ、魔女は笑う。

『それにしても、愛する自国民が身喰いしたその現場をカレンに見せなくてもよかったんだろう?
私とカレンの位置が逆でも良かった』

「そう思うか?」

『カレンは馬鹿ではない。事実さえ分かれば気持ちの整理は出来る。それを、何故「証拠」を見せつけるような真似を?』

「ああ。ディートハルトが居ないからな」

『奴がどうした』

「映像として「ゼロ」が捉えられない。ならば、代わりになる印象的なものを我らが日本の皆様に覚えて貰おうとした、それだけだ。
神楽耶様からの預かり物でもあるし…ゼロと紅蓮の組み合わせは案外受けると思うが」

『…ひとでなしめ』

責める為の呟きは、しかし隠しきれない愛しさのせいで、彼らのほかに聞くものがあれば違う言葉に聞こえていたに違いない。
けれどそこには彼女の声を聞く者はいない。だから魔王は謡うように応えるだけだった。

「どうだろうな」

















戦闘が終わって、暫し。
カレンはまたもや返ってきた拠点の一つでぼんやりと膝を抱えていた。
救出した日本人たち…名誉ブリタニア人たちは、政府に保護される要件を備えている。「名誉」であれ、ブリタニア人を名乗っているのだから。
手早く政治家を含めて3者を襲撃したことも功を奏し、ブリタニア政府は今回のことを揉消さずに対処するだろう、とはゼロの言だったがカレンにはその真相は分からない。
ただ、自分の見ていた現実が薄い膜に覆われていたということに気付きはしたけれど。
ブリタニアが悪いのではない。勿論悪くないのでもない。しかし、ただ「日本」と名のつくものを守りさえすればよいのでもないのだ。

(知らなかった、けどそれは多分それは免罪符にはならない)

もう一度考えなければならないのだ。自分が何のために戦うのか。
それはやっぱり日本のためかも知れないし、日本人のためかも知れない。

(ゼロは「愛する人のため」って言ったっけ)

彼の言葉が正しいのかどうか、今は決めてしまわなくても良い。ただ、愛する者のために戦う、それは随分と違和感なくカレンの意識に残った。

「カレン、今日は無理をさせてすまなかった」

声を掛けられて、カレンは自らが愛機のコックピットから降りもせずに蹲っていたことに気付く。
紅蓮の足元では相も変わらず無機質なゼロの仮面がカレンを見上げていて、こんな時でなければ失笑してしまいそうな光景だった。

「いえ、無理なんて、」

見上げられているのが気まずくもあり(彼は指揮官なのだから、目上の者を見下ろすという状況にカレンは慣れない)慌てて降りようとしたカレンは、自らが随分と長い間膝を抱えていたことを失念していた。
運動の後解されもせずこわばった筋肉は思うように動かず、結果足を縺れさせて見上げるゼロの上、真っ逆さまに落下しそうになってカレンは呼吸を忘れた。
落ちる、痛い、危ない、巻き込む…?

(違う!ゼロ、左腕の怪我が治ってない!!)

様々なことが起り過ぎて時間の経過を忘れてしまいそうだが、ゼロが母のために怪我を負ったのは数日前のことだった。骨まで達していたとしてもおかしくないような怪我だったのだ、完治するはずがない。

(避けて!)

声にならない思考は長いようで一瞬だった。そして、その一瞬が終わってもカレンは痛みを感じていない。
恐る恐る目を開いたカレンは、間近にゼロのあの無表情なゼロ仮面を見つけて息を呑んだ。
痛みを感じないのもその筈、カレンは確かに彼に抱きかかえられていたのだから。

「考え事も悪くはないが気をつけろ」

ゼロの声を聞いて我に返った瞬間、カレンを襲ったのは絶望に近い激怒だった。
自らを抱きとめた腕から飛び降りると、息つく暇も与えず負傷した筈の左手をとって背中に捻り上げる。
瞬間、離れて見ていたC.C.が殺気立つのを短く制した。

「動くな!」

その言葉に面白いように顔色を変えて動きを止めるC.C.から注意を外さないまま、カレンは押し殺した声を絞り出した。
一先ず、ゼロは抵抗らしい動きはしていない。

「ゼロは何処?私は彼について行くと決めたの。お前じゃない」

一文字ずつ確認するようにゆっくりと声に出すと、動きを封じられたゼロが苦い声で答えた。
カレンには理解できない心理だが、彼の声に焦燥は無い。

「何を言っている。ゼロは私だ」

「茶番は結構。彼は、左腕に怪我をしているのよ」

言いながら、いつも潜ませているナイフを音も無く取り出すと、捉えた左腕に沿って静かに動かす。
腕の中の男は相も変わらず動揺していないようだったが、少し離れて見つめるC.C.の瞳に宿る殺意が色濃くなったのは明らかだった。
やがて顕わになった男の腕には、カレンが服を裂くときにつけた僅かな傷があるだけだった。細く入った赤い線から僅かに血が滲み、暫くも待たずに滴になって細い腕を流れ落ちる。

「お前は誰。ゼロじゃ…私のゼロじゃ、ない」

言って、ゼロの仮面に手を掛ける。
軽い空気音と共に外れて落ちた仮面は、思ったよりもずっと軽い音を立てて転がった。

「…ルルーシュ、くん」

そして現れた顔は、まだ見慣れるほどではないが決して知らない顔でもない…カレンが以前誰かに似ていると思った、妹を愛してやまない少年の顔だった。
但し、生徒会では見られなかった、割と本気で忌々しそうな顔をしてはいたが。

「どういうこと」

その結果に混乱しながらも、カレンの詰問は終わりはしなかった。
驚愕に紛れて忘れられる話ではない。カレンの戦う、ひいては生きる道を指し示した男が消えたとなればそれは彼女にとって尋常一様のことではないといえた。
しかし、先ほどまでは射殺さんばかりの視線で自らを貫いていたC.C.が実に不愉快そうに口を開くにあたり、カレンの困惑は絶頂にまで達した。

「だから言った。使うなら私にしろ、と。お前の撒いた種だ」

「…分かっている。あのときはあれがベストの選択だった」

「今は」

「失敗した」

自身を置き去りに進む話を聞きながら、漸くカレンは声を大にして叫んだ。

「どういうこと!?説明くらいしなさいよ!」

彼女の渾身の声を合図に、ゼロ…ルルーシュとC.C.は、目を見合わせて小さく息を吐いた。
初めて捕えた腕が解放を望む動きをして、カレンはそれに促されるように手を離す。直ぐにその行為を後悔したが、しかし相手がルルーシュである限り弱点はわかっているのだから、と考えを改めた。
そうやって葛藤していたから、ルルーシュのそのあとの言葉を聞き洩らした。

「間違いなく、俺がゼロだよ」

「え、何」

「もう一度言う。俺がゼロだ」

カレンを真直ぐに見つめる瞳に嘘がなかったから、カレンは困惑を新たにする。

「違うわ。ゼロはお母さんを庇って、左腕を負傷した筈よ。
幾ら治りが早くても、跡形もなくなるなんて有り得ない」

言い終えるが早いか、そこだけ無残に晒されたルルーシュの左腕を指差し、そして今度こそ本当に息を呑んだ。ルルーシュの左腕には、あるはずの傷がなかった。
それは母を庇った時のものだけではない、今カレンがつけたものも、跡すら残さず。

「嘘…」

一瞬言葉を探すようにしたルルーシュを遮るように、攻撃的な色彩を纏ったC.C.の声がカレンの鼓膜を震わせた。

「そういう「体質」なんだよ、ルルーシュも…そして、私も。
教えてやろうかカレン。ブリタニアの連中がどうやって知的好奇心を満たすのか」

言葉を切ったC.C.は、先ほどまでの怒気を嘘のように鎮めて目を細める。
整った少女の顔が妖艶に綻び、その壮絶な迫力にカレンは息を呑んだ。そうしたカレンの態度を気にも留めずに、滑るように彼女の元に近づいたC.C.はその力の抜けた手からナイフを奪い、
勢いよく自らの掌に突き立てた。

「馬鹿!」

衝撃に歪められた少女の顔よりも余程痛そうに、慌てたルルーシュがC.C.の手からナイフを取り去る。
そのまま自身のスカーフで彼女の痛々しい傷口を覆うが、そうする必要もないほど明らかに、見るからに傷は浅く、小さくなっていった。

「馬鹿なことをするな」

「私がしなければお前がやった、違うか」

「違う!お前がこんな方法を採るくらいなら、幾らでも別の方法を考えてやる」

「約束しろ」

互いを気遣う応酬を聞きながら、カレンは自らが呼吸を止めていたことに気付いた。
恐怖を感じないとはとてもではないが言えない。ただ、ふとC.C.の頬を伝う汗の存在に気を取られる。
気温が特別高いわけではない、恐らくあれは脂汗だ。
異常に治癒が早くとも、痛みを感じていないわけではない。
それに気付いた瞬間、カレンにとって彼らはただの人になっていた。
痛みがある、ならばそれに対する恐怖もある。そして、それでも母を庇った。それは紛れも無く人間の行いだった。
少なくとも、カレンが必死に守らなければならないと考えていた…そして同胞を商材にしていた「日本人」よりも。
掛けるべき言葉を探すカレンに、C.C.が言葉を重ねる。

「ブリタニアの一部の人間はとても研究熱心だよ。ヒトにも、ヒトになる前の胎児にも。
私たちだけじゃない。表に出る「成果」は違っても、こいつの妹だって、」

「やめろ!」

ルルーシュの一括は激しかった。
自分に向けられたのではないと分かっているカレンが竦み上がるほどに鋭いそれは、C.C.の言葉を封じると重く空気に溶けて残る。
何を言うことも出来ずに息遣いすら潜めるカレンの心中を知ってか、次いだルルーシュの声は重く絞り出すようだったが、比例するようにとても静かだった。

「例えお前でも、ナナリーのことをそんな風に言うのは…許さない」

「そうだな、すまない」

C.C.は謝罪の機会を窺っていたらしく、非を詫びた声は直ぐに発せられたが軽々しいものではなかった。
空気が漸く落ち着いたことに小さく息を吐き、カレンは二人をもう一度見つめる。
恐怖も嫌悪感も抱くことが無いことを確認して微笑むと、カレンは自らの本題をもう一度声にした。

「ルルーシュ、貴方がゼロ、なのね」

「そうだ」

真直ぐに見つめ返される、その瞳に嘘はない。
それが分かるからこそ、カレンに迷いはなかった。

「ならば私は、貴方と伴に」






















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